第31話何も言わないわ(百合編)
タクシーは病院の玄関口で止まる。母と一緒にタクシーを降りて、病室がある六階までエレベーターであがる。角部屋にある個室の扉を開けた。
「百合が来ましたよ。お父さん」
母の一言で父は目を開けた。父は点滴につながれた状態でベッドに横になっていた。
「百合。お前、よく戻ってくれた」
その言葉に私は素直に答えることができずいた。
「世話をかけるな。百合」
父のその言葉は以前とは違い、少し弱々しかった。
「なあに、時期に良くなる。しかし久しぶりだな。元気か?」
「ええ、まあ」
そんな端的に話す私に父は怒ることもなく、しばらく椅子に座り父の様子を眺めるだけだった。
「話したいことは、いっぱいあるんだが、なんせこんな状態だ。すまんな」
「わかってます。うちに戻れと言いたいんでしょう?」
「百合、今はやめておきなさい。お父さんも」
母が二人を諭す。病人を目の前にしてする話ではないと言わんばかりの口調だった。
病状はあまり芳しく無い。吐血したことにより、昨日も検査をして、今日も夕方に検査の予定が入っていた。和やかに話そうとそれするほど、父と私は少しぎこちない会話になる。だから二人無言になる。
それを見かねてか母が私に飲み物を買って来るようにと言う。1階へ降りて自販機コーナーで飲み物を購入していると、玄関口からスーツの男の人たちが通り過ぎるのが見えた。
よく見るとそれは高津の後ろ姿だった。多分社員数名を連れて父の病室向かうんだと思った。私は思わず自販機の陰に隠れてしまった。
高津と面と向かう勇気もなく、自販機近くにあるカフェスペースに座り、高津たちが帰るまで病室に行こうとはせず、待ちぼうけていた。
淡々と時間だけが過ぎた。三十分ぐらいした頃、中々病室に戻らない私を心配してか、母と蓮がカフェスペースに突然姿を見せた。
「見つけた。蓮も待ちわびちゃって、中々戻らないからジュース取りに来ちゃったわ」
「母さん……」
「どう? 蓮、お姉ちゃん今お悩み中なの。いい答え教えてあげて?」
「お姉ちゃん、悩み中? どうしたの?」
「ううん、なんでも無いわよ。蓮〜!」私は蓮と戯れながらごまかした。
そんな私に母は真剣な眼差しで私の気持ちを解放しようとした。
「百合、お母さんは何にも言わないわ。ただあなたが思う方へ進みなさい。それが一番幸せだから。その代わり、お父さんとの話し合い、検査が終わってからね」
「うん、ありがとう」
「母さんは知ってるわよ。あなた、好きな人いるでしょう?」
「えっ!?なんで」
「ううん、ちょっとそう思っただけ。フフッ……。高津さんと顔合わしたく無いものね?」
「まっまさか、高津さんが何か?」
「違うわよ。お父さんが高津さんをあなたの元へ送った時にちょっとそう思ったのよ」
「えっ?」
「女の勘ってやつかな。いるならいるで、ちゃんとしないとね。フフッ」
「……」
「図星って顔ね。わかりやすい。まあ、あとはあなたの思い通りにしなさい。母さん高津さんのこと嫌いじゃ無いけど、あなたにはあの人の少し強引なところが気に入らないみたいだから?」
「お母さん」
「まあ、高津さん、お父さんと良く似ているところあるからね? フフッ。表現が下手くそなのよねー。って言っても仕方ないか。気にいるかは当の本人だから、頑張れ百合。母さん先にもどってるから、蓮とゆっくりしておいで」
病院の自販機があるカフェスペースで蓮と二人少し感慨の時間だった。小一時間ぐらいゆっくりしたあと、父の病室へ戻ると高津たちはいなくなっていた。
父は少し疲れたのか眠っていた。時刻は十六時を回ろうとしていた。看護師たちが、父の病室に現れて、ベッドの移動をすると父は検査室へと消えて言った。
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