第23話激昂

 高津は激昂し、メガネを下へずらし、俺を睨みつけた。

 睨みと同時に胸ぐらを掴む。俺はその行為にも動じずに、垂れた拳を自分の胸ぐらを持った高津の腕を更に上から握り潰すように強く握った。


「ウッ!」

 一瞬の唸りとともに、高津は俺の胸元から腕を離した。

「キッ貴様が百合の彼氏だと!?」

「あぁ、さっきからそう言っている」

 俺は動じずに真剣な目つきで高津と対峙した。


「貴様判っちゃいないな。俺はこの百合さんと婚約しているんだぞ?」

 高津は屋上で声を張り上げた。

「……知らんもんは知らん」

 その言葉を言った時、隣の百合がびっくりした様子で俺を見た。それを見た高津は収拾がつかないのか、俺に罵声を浴びせながら食い下がる。


「貴様がこの女の彼氏だと誰が認めるものか!」

 そんな言葉に俺は、百合に問うた。

「俺さ、百合の彼氏やろ?」百合は何も言わず俺の手を持ち頷いた。

「だってさ。高津さん、どうなさいますか? それでも百合の手を引いて帰りますか?」俺は高津に聞き返した。

「フンッ!こんな店の誰かもわからん奴が百合さんの彼氏だと? 君は誤解しているようだね。どこの骨かも判らんやつに百合さんが惚れるとでも?」

「高津さん?百合も頷いたんやで、認めらどうですか?」

 俺は声を張った。すると高津も更に息巻く。


「何処の馬の骨かも知れん奴に百合は渡さんよ。俺も、そして、百合さんのお父様も。それぐらい覚悟はできてるんだろうな!? 君は勘違いしている。住む世界が百合と君とでは違うんだよ。いいかい? 雇われ社員と私とでは住む世界が違う。ましてや百合さんとはね」


 その言葉は、百合がさっきキッチンで言っていた言葉だと思った。電話で気になっていた。

 モデルとしての住む世界が違うと感じた俺と百合だ。だが、今の気持ちは違っていた。たしかに百合には百合の世界がある。

 それは認めていい。けど今は、百合を守りたい一心で言葉が自然に出た。


「勘違いはアンタだよ高津さん。今、百合は、ここのクルーだよ。それは百合が選んだ道なんだよ」

「何が、選んだ道だ。百合さん。金が欲しいなら言ってくれればいいのに。君もかい? 百合さんに近づいたのは、金が欲しいからか? ご令嬢だもんな」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の怒りは頂点に達した。


「良いすぎやろ。百合に謝れ」俺は高津に突っ掛かった。

「君も金が欲しいなら、そういえば良い。幾らだ」高津が胸ポケットを探る。

「ええからそんなもん要らん言うてるやろガァ! 帰れ!」


 俺は堂々と百合の目の前で、高津を威嚇した。


「クッ! 貴様ぁ、誰に向かってぇ……」


「高津さん、それ以上はよろしいでしょう」


 高津が激昂した時、後ろから勝田店長の声がした。


「てっ店長、いつから!?」


 俺は後ろを振り向き叫んだ。

 その言葉に高津は我に帰ったかのように、咳き込んだ。そして店長が続ける。

「高津さん、今日はあなたの負けのようですね。この二人の気持ち、組んでやってくれませんか?」

 すると高津が俺に口を開く。

「君、名前は。なんて言うんだ」

「教えちゃダメ……」

 そう諭す百合の言葉を無視して俺は答えた。


「鶴見恭吾や」

「いいでしょう。鶴見さん。今日はあなたたち、そしてそこの店長さんに免じて帰ります。但し、このままでは終わらないですから。それだけは肝に命じておいてください。フンッ」

「………」

「行くぞ」

 高津は相方二人を連れて、屋上の階段を降りて行った。

 その姿が見えなくなると、勝田店長は俺に対し、拍手を送った。

「よく言ったねえ。男らしい。俺も惚れちゃうかも? でもいいの? あそこまでいっちゃって……」

「ええ、だって彼氏ですから」

「おっ、カッコ良いねえ」


 少し茶化した店長の言葉が少し清々しい。

 その言葉に、百合も俺の手を握り返して笑顔になった。だけど、これはこれから始まる出来事の序章に過ぎなかった。

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