第21話スーツの男

 百合がモデル。しかも夏の装いって、これほぼ水着じゃないか。モデルをしてるからか、最近三隅目当ての客が増えたってことかと、納得していた。


 休憩時間に雑誌をボケェっと眺めては、自分とは住む世界が改めて違うんじゃないかと思って過ごすようになっていた。

 週明けからの一週間がまた始まったが、心はどこか浮ついた状態だった。夜電話で話す百合との会話も何処かギコチナイ。それを察してか、百合が問う。


「どうしたの? 何考えてるの?」

「えっ、なに?」

「私の話聞いてないでしょ」

「聞いてるって。だから……」

「ほら、聞いてない。どうしたのよぉ」

「あっうん、実は、モデルやってたこと」

「ごめん。別に黙ってたわけじゃなくて、聞いてこなかったから、言ってなかった。ごめん」

「俺のいつも癖やな」

「そうよ。聞けば教えたのに」

「………」

「ダメ?」

「いや、全然ダメとかじゃなくて、いいと思う。応援したい。けど」

「けど、何?」

「なんか、住む世界が違うってか。すげぇなって単純に思いすぎて、訳わかんなくなって」

「気にしすぎなんじゃない? なんか悪ことしてるみたいに聞こえるよ」

「ちゃうって、そんなつもりじゃなくて……」

「もう何よ。はっきり言ったらどう? 嫌ならさぁ?」

「違うって、嫌とかじゃないねん。とてもスゲーことやし」

「なんか煮え切らないね。また思ってない? 釣り合わないとかって?」

「………」


 その言葉を聞いた後から、もう何を話してたか、どんな言葉を言ったかなど覚えてなく電話を切った。図星だった。百合とは住む世界が違いすぎる。それはご令嬢だとわかった時だってそうだったのに、更にそれが大きな差だと感じたのだ。


 出勤日まで三隅との連絡はしなかった。こちらからしなくても、以前ならかかってきていたという安心感もあったからあえて電話はしなかった。だが、それがあんなことになるなんて思いもよらずにいた。それは百合が出勤日に起こった。


 いつもなら元気よく挨拶をして、楽しそうに仕事をする百合だったが、今日この日は、俺を無視したような仕草。勝田店長もそれに気づいたか「彼女と喧嘩でもしたの?」と振ってくる。

 喧嘩をしたような記憶は俺にはなかった。だが、俺は百合を怒らせていた。

 それに気づくには遅すぎた。


「なぁ、今日ちょっとツンケンしてない?」

「別に……」

「ほら、いつもならさ、楽しげに仕事してるやん?」

「そう、別に」

「あっ、あのさ」

「今忙しいの。後にしてくれない?」

「……はい」


 明らかに百合は怒っていた。そんなギコチナイ空間から脱するため、フロアで接客をしていると、玄関口で店内を物色するようなグレーのストライプのスーツの男たち。


 何やら怪しげな連中が店舗に来たと警戒心を強め、様子を伺っていた。するとキッチンから百合がフロアに出て食事を店内の客に持っていくと、男たちはそれを確認したかのように、店内に入って来た。

「いらっしゃいませ」


 一応通常のマニュアル通りの対応。怪しいと踏んだ客たちだったが、一様に列に並ぶ。再度「いらっしゃませ」と促し、


「ご注文は如何なさいますか?」


 と普通を装うと、男たちの中の一人が、「百合さんがいてるだろう?」と聞いてくる。

 俺は「えっ?」と聞き返す。強引に店舗のカウンター後ろに入ってこようとする男たち。


 俺はそれを手で止めながら「ちょっと困ります。お客様。今彼女は仕事中です。お客様はどちら様でしょうか?」と男たちに促した。


 すると男の一人が、後ろから悪かったとばかりに頭を下げながら、名刺を差し出して来た。そこには高津オリエンシティ、高津義昭こうづよしあきと書かれた名刺を渡された。


「すまんが、君。ちょっと彼女と話をさせてくれないか」

「今は仕事中ですので、後にしていただけませんか」


 俺は、以前百合が話していた男だと気づいた。この銀縁の眼鏡の男が高津だと初めて知った瞬間だった。

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