第12話 解雇
「あいつは実の親から覚醒剤を打たれた人間」――
瓦製パンでは、源治の噂で持ちきりである。
『覚醒剤に手を出した人間の末路は地獄』だと先人は口を揃えて言う。
源治は直接的に覚醒剤を打ったわけではないのだが、周囲の偏見は凄まじく、多分また覚醒剤を打つのだろうとの噂が立っているのだ。
源治は美希と別れた後、源が計らったのか、源治はそのまま、今までやっている包装工程のライン作業、美希は事務作業へとの配属となり、会社でも全く口をきかないまま水の中で重りがつけられているかのような、40度高い高熱のインフルエンザにかかっているのかのような苦痛の感覚が長期に渡って流れる時間が二週間ほど続いている。
腐れ縁の翔太はどうかと言うと、源治が覚醒剤を打たれた事を知ってから疎遠になり、会社で会ってもほとんど口をきかずに、飲みに誘っても「用事があるから」と断っているために自然に口をきかなくなってきた。
『ショットガン』にも、事件以降全く足を進めておらず、正志とも疎遠になってしまっている。
薬に手を出した人間は、必ず孤独になるという、源治は自分から覚醒剤に手を出したというわけではないのだが、体に覚醒剤を打たれた時の後遺症で禁断症状が出てしまうのには変わらない。
いつもの様に夜勤をしている時のことだ――
*
あんぱんがベルトコンベアで運ばれており、源治はそれを包装するのだが、今日の源治はいつもとは違って体が気だるく感じられる。
まるで、プールの中に入って体を動かしている様な、重く動きづらい感覚。
目の前にはあんぱんが運ばれてきている。
袋に詰めようとしたその時だ――
『シャブを打ってやろうか?』
耳元から宗輔の声が聞こえ、源治は思わずバランスを崩し、あんぱんの運ばれてくるベルトコンベアの上に倒れる。
運が悪い事に、それはたまたま故障が続出している部分であり、源治の体重で『ガシャン』という音を立てて壊れてしまった。
「どうしたんだ?」
源治が発作を起こして痙攣を起こしている時に浮かぶのは、宗輔が自分の腕に覚醒剤を打とうとする姿――
*
会議室には、現場監督の美千代、部長の清水という頼りない中年の男、そして、社長の源がいる。
30畳程のスペースにはプレゼン用のパソコン機器と長テーブルと椅子が置かれていて、新製品や重要な会議、重大なことが起きた時にこの部屋を使うと美千代から源治は聞いていたのだが、まさか自分が重大なミスを犯し、裁判を受ける重犯罪者の様な羽目になるとは思ってもみなかった為、かなり緊張した様子で源治は椅子に座った。
源は正面に座る源治を見、いくつかの質問を与える。
「……では、君は昔親に打たれた覚醒剤の禁断症状が出てしまって、ミスを起こしたんだね?」
源は源治に冷ややかに尋ねる。
「はい、発作が起きました」
「そうか、その禁断症状は一生治らないのかな?」
「はい」
「そうか……では、仕事上にそれが出たら損害が出てしまう可能性があるから、辞めてもらうしかないね」
源は源治に冷淡に言い放つ。
源治は立ち上がり、胸のポケットから退職届を取り出して、源の目の前に置く。
(こんな時の為に、書いておいてよかったぜ……)
報道があった時に浮かんだのは会社の退職、もしも自分が会社に居づらくなった時の為にネットで調べて用意しておいた書類。
一人前の社会人は何かあった時の為に退職届を用意しろと、とあるビジネス本にはそう書いてあった、その何かあった時が、この時。
源治の瓦製パンの社員人生はこの瞬間で終わりを告げる、その終わりはあっけない線香花火の様なものだった。
*
平凡な日常でも必ず終わりはやってくる。
それが幸せだろうが不幸せでも、誰にでも平等に普通の日常生活の終わりはやってくる。
――あれから源治は瓦製パンがクビになり、失業保険すら満足にもらえない状況となってしまい、早々に転職活動を余儀なくされてしまい、ハローワークに通う日々となり、目星のついた企業や派遣会社に面接を受けにいく日々。
だが、ネットやニュースで覚醒剤使用経験があると周りに知れてしまった源治をどこも雇うことはなく、門前払いを喰らう毎日。
駅前の喫茶店で、御子柴と源治は会っていた。
「源治、お前はこの街にいないほうがいい、この街にいるとお前の足を引っ張ろうとする輩が出てくる、遠い街で暮らしたほうがいい」
御子柴は複雑な表情を浮かべて源治にそう伝える。
「そうですか、では、そうします」
こんなクソの様な街にずっといるつもりはないな、と源治はタバコを灰皿に押し付けて、緩くなったコーヒーを口に運ぶ。
源治はこの街にお別れを告げる羽目になった――
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