第82話 玉砕戦
下草の間から、野営の灯りが見えてきた。
先頭を行く男は、一旦動きを止めて様子を確認してから、それまでよりもさらに慎重に肘と膝を動かし、敵陣のすぐそばまで這っていった。
タマリスク軍の夜営地は、尾根の稜線に沿って、南北に長く延びていた。
歩哨の数は、ここから全員を数えることは出来ないが、おそらく兵士10人に一人程度。
その他は、襲撃に備えて武装した状態で眠っている。
すべて想定どおりだ。
男は、後続や、隣の仲間と身振り手振りの合図を送り合い、取り決めに従って準備を進めた。
襲撃隊の後ろに控えていた少年達が、状況を取りまとめ、山頂の防衛陣地に連絡を運ぶために音もなく闇に消え、
全ての準備が整った。
予想が正しければ、ここから1時間、待機となるはずだった。
長い1時間になりそうだった。
歩哨は、地面にうずくまり、あるいは横たわる兵士の間を歩き回りながら、その視線は概ね、山頂の岩体部の方に向けられている。
この位置からだと、山頂の西のはずれ、ウィスタリア陣営は「
月のない晩だったが、山頂のウィスタリア陣地の灯りによって、その形がうっすらと認められた。
敵の視点から自分達の陣地を見上げるというのは、何とも奇妙な気分だった。
草むらの名もない虫が彼らの恋の歌を聞かせ、山を渡る風がはるか下の絶壁に砕ける波音を運んでくる晩。
かすかな灯りを点して暗い海をゆく、巨大な船のようなあの岩山に、
朝になれば、今は平和に眠りこけている兵士達が起き上がり、殺戮を求めて押し寄せてくるであろうことも、
にわかには信じがたかった。
歩哨の一人が、口径の大きな拳銃のようなものを取りだし、弾を込めるのが見えた。
ウィスタリア人は身構えた。
作戦中断の指示は入っていない。そのときが来た。
兵士はゆっくりと腕を上げ、銃口をまっすぐ上に向けて引き金を引いた。
軽い発砲音と共に打ち出された信号弾は、推薬の火花の尾を引いて闇に高くあがり、炸裂音のこだまと共に白い光の玉となった。
それが合図だと決められていた。
密かに谷を迂回し、タマリスク陣地の背後に忍び寄ったウィスタリア人900名が、一斉に地を蹴った。
襲撃隊は3つに分けられていた。
第1隊の約150名は、3名一組で狙撃対象の歩哨1名を決め、作戦開始と同時に、確実にこれを倒す。
この隊は、通常のライフルを使用する。
次の第2隊には、初日の戦闘で獲得した、強力な自動小銃が渡されていた。
彼らの役目は、全自動連射で、出来るだけ多くの敵を倒すことだ。
素早く前進しつつ、敵陣全域の掃射を目指し、個別の目標を識別する必要はない。
今回ばかりは、弾丸の消費量には拘らず、とにかく敵の
第3隊、約600名の半分ぐらいには、ライフルや、旧式の単発銃が行き渡った。
彼らは、第1目標を撃破した第1隊と共に、第2隊の後に続き、第2隊が撃ち洩らした、あるいはまだ戦闘能力のある敵を倒す。
銃が行き渡らなかった300名は銃剣で、それすらもない者は棍棒や石を武器に敵と格闘し、相手を倒す。
作戦らしい作戦とも言えない、捨て身の総力戦だった。
数では勝っても、火力に劣るウィスタリア人は、正面きっての撃ち合いになったら勝ち目はない。
敵の懐に飛び込んで、相手が眠りこけている内に、出来るだけ多くの弾を撒き散らし、組討ちで叩き潰すしか手はなかった。
激しい怒声を上げ、岩に砕ける激流のように、ウィスタリア人は敵味方入り乱れての乱戦にぶつかっていった。
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