第43話 浴場(ハマム)1
浴場は、アマリリスの村にある共同浴場と基本的には同じ作りだ。
しかし、村のそれが、脱衣所と兼用のホール、微温浴室、熱温浴室のオーソドックスな三室で構成されるのに対し、
この浴場は、微温浴室だけで三つ、それも各々に趣向を凝らした大きな部屋で、そのうちのひとつは天井全体がガラスのドームで、熱帯の植物が植えられた温室になっている。
熱温浴室は温度の違う部屋が二つ、さらにアンブロシア風の温水浴室まである。
マッサージや体の手入れを受けるための小部屋に至っては、幾つあるのかも分からなかった。
壁に施された精巧なモザイクの装飾一つをとっても、ウィスタリアにあるどんな壮麗な建物よりも豪華だった。
そして何よりもはっきりと違うのは、浴場にやってくる人達のつくり出す、場の空気だった。
アマリリスとヒルプシムは、脱衣所でおそるおそる裸になり、布一枚を腰に巻き付けて浴室へ向かった。
タマリスクやアムスデンジュンの女は戒律により、表では、人目から肌を隠そうとする。
中には、全身を黒いヴェールで覆い、外から見えるのは両目と両手だけという人もいる。
心にあるものも、外に出すのはいけないらしく、町ではほとんど喋らない。
つまらないしきたりだ、と思う。
自分がもしタマリスク人に生まれていたら、退屈と鬱憤で死にそうだと思っていた。
だから、必ずしも目に見える部分と、見えていない部分は一致しない、
ないしは、退屈と鬱憤の中に閉じ込められているからこそ、どぎつく艶やかな色を蓄えていくものがあることを知って、
なんだか頭に血が昇ったような、くらくらした気分になった。
熱温浴室は立っていると汗が噴き出してくる温度で、窓はなく、天井のドームに嵌め込まれた、ガラスの明り取りから差し込む日暮れの光は、壁の高い位置を照らすばかりで、室内の照明は主にランプでまかなわれていた。
それでもまだ薄暗い、広いホールのそこら中に、全裸の女たちがよこたわっていた。
あるものは大理石の台の上に腹這いになり、あるものはベンチの上でクッションにもたれかかり、奴隷らしい少女に扇で顔をあおがせている。
おそろしく白い肌、豊満な乳房、ふくよかな腹と腰、
物憂げな目だけが動いて、のこのこと現れたやせっぽちの少女二人を見た。
アマリリスとヒルプシムは、体を洗う布で胸元を隠すようにして、洗い場の方へ向かった。
二人が踏んだ床は汗の足跡が残ったが、熱温浴室の高温と乾燥ですぐに見えなくなった。
アマリリスは自分達を眺める好奇の目に気圧されながら、その視線の主を盗み見てもいた。
体を洗うのも奴隷まかせなのか、みな寝転んだまま、まったく動く気配がない。
汗の玉を纏った、白く柔らかい体は、歩いたり走ったり、畑の作物や鳥小屋の面倒を見たり、といった使いかたとは別のことのためにあるようで、
そこには優雅とか美しいとか、良い意味の言葉ばかりでは表しきれない、直視するのが後ろめたいような雰囲気があった。
まだ年若いアマリリスは、その甘く強い空気を、何と言って表現してよいか分からなかった。
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