波に思いを乗せて

 橙色に大きな太陽は雲に隠れながら、青色を縁取る水平線へと沈んで行こうとしている。

 突然の突風。私の髪を靡かせる。


真澄ますみ! 行くぞぉ!」

 真斗が私を呼ぶ声。

「待ってヨォ! この潮風にまだ吹かれていたい!」

「じゃあ俺車で待ってる。あと10分だけだぞ!」


 真斗は手を上げて砂浜から堤防の階段を上がっていく。私は気持ちの整理がつかずに、ただ風に吹かれ想いをこの海へと解き放つ。


 私たちにとっての思い出の場所。この海には悲しい物語が眠っている。あれから2年経った。

 あの日の今日は、この日と同じで台風明けの少し波が高い日だった。サーファー仲間と揉めていた。海まで来たものの波が高い事で、私と真斗は悠人を止めたのに……。


「これぐらい乗り越えないとプロにはなれないよ!」

「バカ! プロはこんな事しねーよ!」

「そうよ。やめよう?危ない……」


 私たちの制止も聞かず悠人は海へと入っていった。一瞬の突風。大きな波が待ち受けていた。意気揚々と手を上げて乗りこなす波が彼を襲った。

 そこからの記憶が曖昧。真斗が叫び、私も叫んだ。真斗が海に入ろうとするが私が止めた記憶。

 レスキュー隊が駆けつけて沈む彼を引き上げた。息をしていない。必死の救助活動。


 だが……。


 彼は戻ってこなかった。

 いくら泣いたって、幾ら叫んでも彼は戻る事が無かった。


 学生仲間が大勢参列した葬儀。真斗と私はご両親に頭を何度も下げた。真斗はその時言った。


「彼の分まで僕が引き受けて、大きくなってみせます!プロの世界で大きく!」


 その言葉を言った数日後。海に現れた真斗のボードは、以前悠人が使っていたボードの色違いへと変わっていた。彼の父親が整備をしてくれたらしいと真斗は言った。それで波を乗りこなす真斗。


 力をつけたのは悠人の魂が込められたお陰なのか。真斗は見る見るうちに頭角を表し、プロの階段を駆け上がる。


 その1年後。突然私の元へ現れた真斗。プロ生活の忙しい最中なのに、ちょうど今日この日に現れて海に私を誘う。


 もう来る事が無いと思ったこの海に連れてきたには意味があった。風が吹き、なびく髪。夕日を見ながらの唐突の真斗の言葉。


「真澄! いや、真澄さん。悠人が見てるこの海で俺は君に言いたい事がある」

「……何?」

「俺と一緒になってくれないか?」


 ずっと友人関係を続けてはいた。だが、突然の対応に戸惑いを隠せずにいた。真斗はそれと見越して続ける。


「この1年。ずっと君の悲しむ顔を見てきた」


「まぁ話すのはスカイプの中が多いけど、君の事はずっと見守ってきた」


「君が、男を作らないのは悠人の面影をずっと追っているから」

「……」

「だったら、俺が悠人の代わりになる!」

「えっ!?」

「忘れろなんて言わない。ずっと悠人に気持ちを持ってても構わない」


「このボードと一体化した俺と一緒になってくれないか?」

「えっ?」

「俺はこのボードのお陰で、プロにもなれた。そして優勝もした。その次の展開が待ってる」

「次?」

「あぁ、来年、俺はこのボードを手に海外のビッグウェーブに挑戦する」


「その時、悠人の想いを乗せた君も一緒に居て欲しい。来年からは海外だ」

「……」

「悠人の事は忘れなくていい。ただ俺と一緒に悠人の夢を叶えよう」


 悠人? もう来年はこれ無いかもしれない。

 けど……。真斗を見守ってて。

 私は真斗の想いを受け入れる。だから私たちの後押しをして…。


「だからあなたも見守って……。真斗が怒るといけないからもう行くね」


 さよならは言わないよ。だっていつも一緒だから。あの青いサーフボードと共に。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

youtubeチャンネル、毎週木曜日21時更新。

「語り部朗読BAR|北条むつき」にて「波に想いをのせて」の朗読動画絶賛公開中!

下記リンクよりご覧いただけます。

https://youtu.be/vJAgCYYh3RI

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