第79話 決闘(1)

「ちょっと〜!もう全部終わったんスから、自分の寝床で大人しくしといて下さいよ〜」

「うるせぇぞ、ガキが!オレはまだ負けてねぇ!!!」


全力で駆けてきたからか肩でハァハァと荒い息をしながら、ガルバーは闘気の篭った双眸を見開いた。

一度獲物に食らい付いたら離さない姿はまさにハイエナそのもの。何がこの獣を駆り立てているのかはわからないが、彼にとって譲れない何かがあるのだろう。


「んも〜何なんスかあれは〜!」

「フッ……要はそういうヤツだと言うことだ。一度殴り合わなければ気が済まないのだろう」


可愛らしく怒りながら文句を垂れるフィーネをやけに落ち着いた様子のイツキが宥める。まるでこれから闘うとでも言いたげな口振りだ。

とはいえ、目の前にいる男は劇場で一度蹴り飛ばし、狩人ハンターの拠点でもひと悶着あった輩。いくら追いかけてきたとはいえわざわざ相手をする意味もない。

当然フィーネもそう考えており、不満げな表情を隠しもせずに空から降ってきた狩人ハンターを指差した。


「え〜…じゃあ、あれとわざわざ闘ってあげるんスか?旦那って変な所だけ妙に優しいッスよね……」

「アンネにあれほどの仕打ちをした輩には、アイドルに手を出すことの愚かさをその身をもって感じて貰わなければならないからな。心置きなく徹底的に、そして、完膚なきまでに叩きのめすだけだ」

「絶対そっちが本音ッスよね?って、もしかしてそのためにここで待ってたんスか……?」


イツキの知られざる意図に気付いたフィーネがあからさまに嫌そうな顔をした。

情報が命の彼女にとって、既に裏で糸を引いていた黒装束の男が消えた今となってはガルバーも鬱陶しい戦闘バカに過ぎない。さっさとエルネストリアに戻って情報をかき集めたいのだろう。

だが、それこそイツキには関係がなかった。

推しだぞ?自分の推しが攫われて縛られて監禁されていたらどうする?そんなことをした相手を潰すしかないだろう!!

イツキは闘う意思を見せつけるように短剣を引き抜くと、ガルバーと向かい合うように立った。


「ハッ!やっとやる気になりやがったか!」

「お前にとっては俺の気分など関係ないだろう。あるのは闘志だけだ。違うか?」

「………いいねぇ、モグラの割にはよくわかってるじゃねぇか!ここから先は互いに命を落とすまで闘うデスマッチだ!覚悟しとけ!」


ガルバーが不敵な笑みを浮かべて、手の中にあるナイフをくるくると回転させた。

ただ闘う話になっただけにも関わらず、まるで玩具を与えられた子供のように表情がはしゃぎ回っている。あまりにも単純というか、馬鹿というか……。

だが、闘志の漲った狩人ハンターの提案を聞いた途端、イツキがどうにも悩ましげに考え込みはじめた。


「ふむ、死闘というわけか……それは勘弁したい」

「おいおいどうしたぁ?ここにきて怖気づきやがったのか?腰抜けモグラ野郎が!」

「いや、ニフティーメルのファンが野蛮な殺し合いに身を投じていると噂が流れると彼女たちに迷惑が掛かるからな………いや、待て。むしろこれを二つ返事で受ける勇姿を見せ付けた方が評判的にはいいのか?全くわからないぞ……」


そこ気にするの……?!と、フィーネとガルバーが心の中で盛大にツッコミを入れた。

そもそも狩人ハンター派閥クラン相手にこれだけの騒動を起こしておきながら、最後の決闘だけファンとしての体裁を心配する気が知れない。どうせ隣にいる情報屋に『謎の冒険者が狩人ハンターの拠点に殴り込み?!』とすっぱ抜かれるのがオチなのだから。

だが、どこかズレている元勇者はというと、周囲の目も気にせず一人でブツブツと「また嫌われたらどうするんだ……」とか「ここで闘わないわけにはいかないだろう……」とか自問自答し続けていた。


「………おい、人形のガキ。いい加減こいつの頭を何とかしやがれ」

「あたしにも無理ッス。ちゃんと闘いたいなら、諦めてこの茶番に付き合うしかないッスよ。まああたし的にはもうどうでもいいんスけど~」


もはや知ったことではないと首を振ると、フィーネはイツキの肩の上から降りて眠ったままのアンネの所へとトコトコ歩いていった。

これ以上茶番に付き合うつもりはないらしく、安全なアンネの近くで静観を決め込む気のようだ。

さて残されたのは、異様にやる気満々の狩人ハンターの男と、アイドルについてのうわ言をつぶやき続けている気持ち悪い冒険者だけ。控えめに言っても地獄絵図だ。

これで本当に闘いがはじまるのか……?とガルバーの頭の上に疑問符が浮かび始めた頃、ようやくイツキが重い腰を上げた。


「………よし、いいだろう。その提案を受けよう」

「遅ぇ!どんだけ待たせやがるんだ!これぐらい即答しやがれ!」


かれこれ5分は待った。

もう奴は闘うことを忘れたんじゃないか、とガルバーが諦めかける程度には待ちぼうけを食らっていた。

この緊迫感の中で平然と相手を待たせる度胸。もしや、既に敵の戦意を削ぐという見えない闘いがはじまっていたのか……?やはりこの冒険者は只者ではないな、と勝手にガルバーの中でのイツキの評価が一段階上がったのだった。


「俺にとっては重要なことだ。さて、デスマッチと言っていたが、何か特別なルールでもあるのか?」

「あぁ?殺し合いにルールなんざあるわけねぇだろ?何でもありの潰し合いだ!」

「そうか、了解した」

「ハッ!これでようやくてめぇと全力で闘えるってわけ―――ぐぼろぉげはっ!!」


ガルバーの腹部に強烈な拳が突き刺さり、錐もみ回転で華麗に吹き飛んでいった。ものの見事な飛びっぷりだ。

細い木々を何本もへし折りながらヘルタの大森林の中を飛び回り、巨大な樹木に激突落下してようやく止まった。

拳を振り抜いたのは、勿論イツキだ。世界を救った英雄のはずの元勇者は、会話の途中であるにも関わらず遠慮の欠片もない本気の一撃を叩き込んでいた。


「言っておくが手加減はしない。覚悟しておけ」

「開始の合図ぐらいしやがれ、このクソ冒険者がぁぁぁぁああああ!!」

「いや、お前がルールはないと言ったはずだが……」

「そういうことじゃねぇんだよぉぉぉおおお!!!」


幾重にも覆い被さった樹木を天高く蹴り飛ばすと、ガルバーが怒り狂った表情で起き上がった。そして、その様子を困惑したまま見届ける元勇者。

因縁の対決となるはずだった闘いは、どうにも締まらない形で開始のゴングが鳴り響いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る