第53話 おてんば娘(5)
「俺に目を付けた、というのはどういう意味だ?」
「そのまんまよ。あんたが卑劣な悪者じゃなくて、ただの冒険者ってわかったから注目したわけ」
威圧感のあるイツキの問いかけにも、メイナは落ち着いて言葉を返した。この質問も予想通りということなのだろう。
そして、『ただの冒険者だから目を付ける』という意味を図りかねていたイツキの様子を感じ取ると、順を追うようにその意味を説明しはじめた。
「確かにあんたは冒険者に間違いないわ。でもね、それにしてもあんたの強さは尋常じゃない。これでもメイは冒険者のことならそれなりに見てきたつもり。中には名を馳せた剣士や魔法使いもいたけど、メイの見立てだとあんたが断トツで強かった。これで疑うなって方が不自然じゃない?」
さも当然と言いたげなメイナの口振りにイツキも一瞬眉をひそめるが、その時メイナの声に微かな違和感を覚えた。
声音は普段通りだが、努めて平静を装っているようで、言葉の節々が微かに震えていた。
疑念……?いや、違う。賭けに出ているのか?
イツキは姿の見えないメイナの僅かな気配の変化を感じ取っていた。他人の機微を伺うことが苦手なイツキだが、探り合いの心理戦なら幾度となく切り抜けてきた経験がある。
「………確かにそうだな。だが、俺はアンネを通じて恩人から正式に依頼を受けた冒険者だ。何も小細工はしていない。強いから疑われるとは皮肉なものだな」
「別にアンネを疑ってるわけでも、あんたの強さを疑っているわけでもない。ただ単に不自然だって言いたいだけよ」
「お前の言わんとしていることは理解できるが、可能性の話であれば、俺がただの冒険者で依頼を受けただけというのが妥当じゃないのか?」
イツキが純粋な疑問をぶつけた。
さっきから話しているメイナの理論にはあまりにも穴が多過ぎる。何せほとんどがメイナの感覚頼りだ。無茶苦茶にもほどがある。
しかし、彼女の言葉にはどこか確信めいた気配があった。イツキにとってはそれだけが気掛かりな要素だ。
だが、そんなイツキの疑問にも、メイナは想定済みと言いたげにうんうんと頷く。
「そうね。それも考えたわ。でも、あんたは絶対に合理的な選択をする。デリカシーはないし、言葉は雑だし、いつも小馬鹿にしてきてイライラするけど、少なくとも自分に利益が全くない場面で妥協するヤツじゃないわ。あんたにはね、たとえ相手が恩人であっても自身の選択を貫き通してみせる強さがあるもの」
「結局メイと似た者同士なのよ……」とメイナが自嘲気味につぶやく。
そこでイツキは確信した。この
だが、そんなメイナの断定的で一方的な答えを一笑に付すことができなかった。なぜなら、その言葉が的を得ていたからだ。
「その証拠に、今日もメイが散々我が儘を言ったのに依頼を投げ出さなかったじゃない?我ながら滅茶苦茶なことばっかり言ったけど、あんたは文句を言うだけで全部受け入れてくれた」
「お前………自覚があったなら少しは自重しろ」
「まあいいじゃない。でも、あんたがメイの我が儘を受け入れてくれたってことは、この依頼がそれ相応に大切だってことでしょ?そして、ここからが本題よ」
そこでメイナはいったん言葉を切ると、気持ちを落ち着かせるように深く息を吸い込んだ。抑え込んでいた緊張感が溢れてきそうになるが、悟られないよう必死に押し殺す。
そして、壁を隔てた向こう側にいる
「イツキ、あんたの思惑がメイたちニフティーメルの解散を防ぐことなら、ここで手を結ばない?」
「………………何が目的だ?」
「別に、メイはニフティーメルを解散させたくないだけ」
イツキの静かな問いかけに、メイナがいじけたように口を尖らせて答える。
それまで微塵も感情が込められていなかったメイナの言葉に、ようやく重苦しい陰りの雰囲気が表れてきた。
「ノエルはこの街を離れられないの一点張りだし、ティルザは別の街に行けばいいって楽観的だもの。結局、面倒事はみ~んなアンネが抱え込んじゃってる。それが許せないのよ」
メイナは脱いだ練習着を胸に抱いてうずくまっていた。
さっきまでの理性的な口調とは打って変わって、その不満げな口振りはうじうじと悩む思春期の少女そのものだ。
姿は見えていないが、声音と気配だけでイツキにもそれがすぐにわかった。そして、
「まず結論から言うが、俺がお前とは手を結ぶことはない。絶対に、だ」
イツキは必死に練り上げてきたであろうメイナの提案を真っ二つに切って捨てた。無残にも、あっさりと。
その“話にならない”とでも言いたげなイツキの口調に、さっきまで落ち着いていたメイナが急にガタンと音を立てて立ち上がる。
「な、なんでよ!メイの予想は当たってたでしょ?!」
「たしかに良い推測だ。ここまでよく観察しているとはな、正直見直したぞ」
「それなら……なんで……?!」
「仲間を想う気持ちはよくわかった。だが、お前はまだまだ子供だ」
「なによ!子供だからダメだって言うの?!」
「時間というものは案外侮れないものだ。神様以外に誰も動かすことができない時の流れだからな。それに俺がお前の断った理由は他にもある」
思惑通りに進まずに苛立ちを隠せないメイナに対して、イツキは変わらず冷静なまま受け答えをする。
そして、想定通りじゃなくなった途端に感情的になるところもまだまだ子供だな、と心の中でため息をついた。
「前にも言ったと思うが、ここは美談が拍手喝采される物語の中じゃない。お前は何の為に舞台の上に立っているんだ?お前が危ない橋を渡って、親友のアンネが喜ぶとでも思うのか?劇場が無くなる不安感や仲間への信頼と不信感に囚われるな。お前がすべきことはもっと他にあるだろう」
「それは……………」
イツキの有無を言わさない絶対的な声遣いの前に、メイナは口をつぐむことしかできない。そして、そのままイツキは畳み掛けるように言葉を続けた。
「子供と言っているのは何も馬鹿にしているわけじゃない。たしかに侮蔑的な意味もないわけではないが、それ以上にお前には可能性が秘められている。時間は貴重だ。それをむざむざ捨てる理由はないだろう。それにこういう汚れ仕事をこなすために
「…………なによそれ。カッコつけてるつもり?」
「格好つけているつもりはない。適材適所というやつだ」
「いや、それ全然意味違うじゃない……」
最後の最後でどこか外れたことを言ってのけたイツキに、メイナも思わず引き気味に苦笑いを浮かべた。
ちょっとカッコイイなと思ってしまった自分の淡い気持ちを蹴り飛ばし、このバカ!!と苛立ちの感情がむくむくと諸手を挙げて湧き上がってくる。
だが、その引き攣った笑みには冷たい感情はなく、どこか温かな安心感がこもっていた。それがメイナ自身にとっても少しだけ心地が良かった。
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