第32話 告白されれば誰でも
段ボールの箱に4個目が落とされた。盗聴器が二つに及び隠しカメラと思われるものが二つ。リビングのコンセントの裏から見つけてきたのはミスズだ。カーテンに隠れた窓の桟の隅から発見したのは彼女の相棒で、小さな工具を右手に持っている。
こころなしか、ヒカルの顔色が悪い。
寝室の方からは見つからなかったらしい。相棒の様子にミスズは頷いた。
「ママの持ち物も?」
尋ねると頷いたアイザックが階段を登って二階を調べに行ったのを見送る。そして、青い顔をしている双子の兄の方へ視線を向けた。
「このうち、以前にもアイクに確認してもらったことが有るのよ。まあアタシの研修も兼ねてなんだけど、その時は何もなかった。」
「・・・それっていつくらいの話?」
「ヒカルとママが旅行に出る3ヵ月くらい前かな。」
「半年くらい前か。」
「見た感じ、新しい機材っぽいし、汚れてもいないから設置されたのはまだ最近ね。」
「最近ってどのくらいだろう?」
「二か月前後ってとこかな。叔父様からの警護がなくなったのもそのくらいじゃない?」
「ん、そうかも。」
夏休みの旅行時に、ヒカルと愛子は暴漢に襲われたことがある。旅行先にいたユーフューズ・アーサー・ティル侯爵の身内と思われて誘拐されかけたのだ。その時の責任を感じたのか、双子の叔父である侯爵が、暫くの間は彼らの家を警護するようSP達に命じてくれたため、彼の所有する警備会社から警護の者が派遣されていた。その後、何事もなかったため、ほとぼりもさめた頃合いを見計らって警護を止めたのがそのくらい前だ。
青い顔でしきりに首を傾げる双子の兄を見て、ミスズはため息をつく。
兄は自分が女子の執着を煽る存在であることに自覚が足りない。父親そっくりの整った顔貌とエキゾチックな色彩で大人っぽい言動の彼はとても落ち着いているため、女子の人気が高い。ミスズから見れば少々おっとりし過ぎているだけだと思うのだが、他人から見ればそれが恰好よく映るのだろう。どことなくいつも満たされないようなアンニュイな雰囲気が母性本能をくすぐるのだと聞いたことがある。
一時期は告白されれば誰とでも付き合っていたヒカル。そして、長続きしないことでも有名だった。モニーク先生と関係があったのもその頃だ。
女子と長続きしない理由は簡単だ。ヒカルは自分から彼女を誘ったり気遣ったりすることをしない。表面的には親切で紳士的だが、個人的に交際してもヒカルからは何もしてくれないのだ。電話もメールもデートもイベントも皆無ときては、相手の女子だって大概嫌になってしまうだろう。
『ヒカルはどうして私と付き合ってくれたの?』
と相手に聞かれれば、
『君が付き合ってって言ったから。』
と答えるのだ。これで別れようと言わないほうが珍しいだろう。いくら告白されたとは言っても多少なり好意があるから交際する気になった、そう思うのが自然なのに、こんな返事では彼女の方は嫌になってしまう。
双子の妹だから何度か仲を取り持ってほしいと友達に頼まれたこともあった。実際そうしたことはあるけれど、いつもそんな感じで終わってしまうため、ミスズは引き受けるのを止めた。結局ヒカルは付き合った誰の事も好きではなかったのだ。時間の無駄である。
美術の先生と付き合っていると言う噂も聞いていた。今回の事でやはり、と思ったくらいだ。自分の兄ながら節操のない男だとつくづく思う。
けれど、夏休みの旅行からこっち、ヒカルは変わった。女子からの誘いに乗ることは無くなり、告白されてもきっぱりとその場で断るようになった。ちょろちょろと外出することがなくなったし、笑顔でいる時間が増えたような気がする。ミスズが家を出てからヒカルと接する時間は減っているのに、彼の明るい表情を見るタイミングは増えているのだから。
階段を静かに降りて来た無口な相棒が首を横に振って見せた。二階にも異常はなかったようだ。
という事は、一階のリビングダイニングにのみ盗聴器と隠しカメラが設置されていたと言う事になる。
前回来た時に家の周りは調べて置いた。特に問題はなかったようだったので安心していたのだが、家の中にこんなものが発見されたと言う事は、外の監視カメラを確認した方が良さそうだ。確か外灯の傍にあるカメラが、過去三か月分の映像を記録しているはずだった。
「・・・ヒカル、こんなことは聞きたくないんだけど。リビングやダイニングでママと事に及んだことはある?」
「ないなぁ。ハグしたりキスしたりくらいはあるけど。アイコはケジメ付けたい人だからね。やる時はちゃんと場所を弁える。」
「それは不幸中の幸い、と言っていいかわからないけど・・・。」
それならば、いわゆるその最中の映像を撮影されていることだけはないと思っていいのではないだろうか。決定的現場を押えた映像でなければ、どうとでも言い訳が出来る。ハグやキスくらいなら、親しい親子でならあってもいい。裸で抱き合ってた、などという映像があるのと無いのとでは、全く意味が違ってくる。盗聴器で録音されたものが多少きわどい会話であったとしても、言い繕う事は可能であろう。
だが、一体誰がこんなことをしたのだろう。
モニーク先生は当事者だから間違いなくあやしいが、一介の美術講師がこんなことをするだろうか。
機材を片付け始めたアイザックを横目に、ヒカルは物思いに耽る。
彼女は確かに遊び人ではあるが、火遊び相手の生徒にここまでの執着を見せるような女性でもなかった気がする。一人去れば次を探すような気楽さで生徒をとっかえひっかえしていたはずだ。
愛子との関係を知ったのは今日発見された機器が情報元となっているのだろうけれど、これを設置した人間は誰なのだろう。そしてこれで得た情報を先生に流したのは。
モニーク先生が復縁を迫る理由は大体見当がつく。侯爵家とのつながりが目当てなのだろう。多少でも野心のある人間なら大きな後ろ盾が欲しいと思わないわけがないのだ。あるいは、それを揺すりのタネにでもするつもりなのか。
ヒカルは侯爵の甥っ子にあたり、そして現侯爵には子供がいない。もしかしたらヒカルが侯爵を継ぐことだって有り得ると考えているのかもしれない。
しかし、どうにもしっくりこないのだ。
モニーク先生という人となりを知っているつもりのヒカルには、どうにも不思議でしょうがない。彼女は、こんな面倒な事を進んでやるタイプではないはずだ。
犯人が思い当たらないヒカルは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
その横で、持参してきた機材と発見した機器の類を鞄に詰めたアイザックが小さなカードを差し出す。
相棒からそれを受け取ったミスズがくすっと笑った。
「おや、まあ。ママってば。」
「何、どうしたの」
「これって絶対ヒカルのせいよ?本当に、ママが身体を壊したりしないように労わってよね?」
ミスズが兄に見せた小さなカードには、ボンドストリートにあるスポーツジムの名前が載っていた。アイコの会員証なのだろう、彼女の名前が彫り込まれている。
公務員であるためか、愛子の終業時間は比較的安定している。けれども時折残業ではなく帰宅が遅れる時がある。週に一度くらいはそんな日があるのを、深く考えもせず、大人のお付き合いだろうとヒカルは思っていた。
若い子供についていこうと努力している母の姿が想像できてしまい、どうしても微笑まずにはいられない。
そう、愛子はああ見えてとても努力家なのだ。
「寝室のクローゼットに落ちていました。」
表情も変えずにそれを拾ったアイザックが見つけた場所を教えてくれた。
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