第15話 上機嫌の息子
クラシックのピアノ演奏の音が聞こえる。
あの人のピアノの音だった。録音しておいたものを、今も着信時の音声に使っているのだ。あの人はピアノがとても上手だった。
体中が痛くてたまらないので、腕を伸ばすのさえ骨が折れる。近くで鳴っているのがわかるので、届かない場所ではないのに、中々辿り着かない。
すっと誰かが端末をこの手に握らせてくれた。骨ばった白い手は、ヒカルのそれだろう。
「・・・はい」
「ママ?お早う。朝から随分疲れた顔をしてるのね、大丈夫?なんか声もおかしいわ。」
画面の向こうで、金茶の髪をアップにした娘が心配そうに尋ねる。
「大丈夫、よ。・・・ミスズ・・・どうしたの。」
声が出にくい。少し咳き込んでしまった。
「今日資源回収の日じゃない。お勝手のパックした奴全部出していいの、って聞きたくて。」
「・・・ええ、いいわ。ありがとう。出しちゃって。」
そうだった。月に一度の資源回収の日だ。
朝の9時までにいつもの場所へ持って行かないと回収してもらえない。キロいくらで回収協力費が支払われるのでわずかながらも大事な収入源だ。
「わかったわ。明日までに台所も綺麗にしとくから、期待してて。」
「・・・凄く期待しておくわ。ありがとうミスズ。」
普段は家事など全く手伝ってくれないけれど、やると言った時には徹底してやってくれるのがミスズだ。
「ヒカルは?元気?」
「ええ、元気よ・・・」
ハイティーンの若者が元気じゃないわけがないだろう。少なくともアラフォーの自分よりは随分と精力溢れている。血色のいい息子に端末を手渡して、再び枕に顔を埋めた。
双子の片方が楽しそうに通話する声が聞こえるが、すぐに聞こえなくなった。意識が遠ざかっっていく。
いけない、起きて、ホテル内にある医務室へいかなければ。
そしてアフター・ピルを処方してもらって、すぐにでも服用しないと。
ヒカルが通話を切ると同時に、やっとの思いで上体を起こす。鉛のように体が重いのは、寝不足と慣れない運動のせいだろう。特に下半身が辛い。
「まだ寝ていていいよ、アイコ」
こちらの動きが余りにも億劫そうに見えたのだろう、優しくそう言って肩に手を添えたヒカル。
「そうはいかないわ。・・・アフター・ピルを飲まなくちゃ・・・」
「そんなことしなくていい。そんなことさせるくらいなら、初めからちゃんと避妊するよ。いいじゃない、出来たら産んで?僕と一緒に育てようよ。」
まるで浮き立ったような声でそう言って愛子の頬に軽くキスをする。
愛子はそんな息子を睨んだ。
「馬鹿言わないで。貴方はまだ学生なのよ?」
「それがどうしたの?学生結婚なんて珍しくも無いでしょう?」
「私が働けなくなったら誰が稼ぐのよ・・・!」
「お金ならあるじゃない。父さんの遺産がそっくり眠ってるの、僕知ってるよ。貴方が少しも手をつけてないだけ。」
「あれは、私が手を付けていい財産じゃないのよ・・・!」
双子の父親はかなりの額の貯金を遺している。それは侯爵家からの財産分与などではなく、彼らの父親とその姉が生前貯めて置いたものだった。双子の将来のために手つかずの状態で銀行に預けられているそれは、利息も手伝って、彼らが一生遊んで暮らせるくらいの金額になっているのだ。
愛子はそれに全く手をつけていない。あくまで、自分の稼ぎだけで双子と一緒に生活してきた。彼らの将来のためにそっくり置いておくために。
「僕らのためのお金だったら僕が使って何が悪いの。・・・部屋から出る元気があるのなら、またするよ?」
言葉の最後の方に艶を含ませて言われ、愛子は青くなった。
とてもじゃないが、アラフォーの自分では十代の性欲を受け止めきれるものでは無いと思い知ったのだ。
一晩で、5回とか、あり得ない。
それも、愛子にとっては十数年ぶりで、もうすることも無いだろうと思っていた行為だ。
明け方まで攻められて、何度音を上げても許してもらえなかった。
休ませてくれと、どのくらい口にしただろう。今朝になって声が変なのは昨夜嬌声を上げ過ぎたせいだ。娘が不審に思うのも無理はなかった。
体中が悲鳴を上げている。くそぉ、遊び人め。息子がここまで経験豊富だなんて重ねてショックだ。
セックスってこんなに疲れることだっただろうか。若い頃の数少ない経験の記憶では、こんなに疲労困憊するものでは無かった気がするのだ。若かったからだろうか。
一晩に何度もとか、まったく覚えがない。
「・・・なんでそんなに元気なのよ。」
ぼそりと言って再び枕に顔を埋める。
ろくに寝ていないので酷い顔になっている。起き上がるのだって本当はとても辛いのに。
あれはされた方も辛いけど、する方はもっと体力消耗すると思うのだが。なんでヒカルはそんなに涼しい顔をしているのだろう。やっぱり若さですか。
若い息子の方は顔色もよく上機嫌でニコニコしていた。
備え付けだったバスローブを着て室内をうろうろしている。またシャワーを浴びたのだろう、髪が濡れていた。
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