ふたりごと

創心

第1話 鏡の中の青年

 鏡の中に他人の姿が見える。

そんな経験ってないだろうか?


大きな姿見用の鏡の前でセーラー服を着た少女は呆然ぼうぜんとしていた。

それもそのはず、鏡の中に本来写っているはずの自分の姿が見当たらない。

どころか、目の前に写し出されているのは全くの別人なのである。


「え、えぇぇ???」


試しに右手を上げてみるものの、

鏡の中の青年らしき人はニコニコ笑っているだけ。


次に自分の姿を目視で確認する。

手を開いて、にぎる。自分が着ているのは青年と違って自分の通っている高校の制服の物だ。


 胸ポケットに入れていた鏡を取り出してのぞいてみると、そこには困惑こんわくしたような自分の表情がしっかりと写し出されたている。


もう一度姿見の方を振り向くと、今度は青年がこちらに手を振っていた。


「やぁ、おはよう。今日は良い天気だね」


 いけない、幻聴げんちょうまで聞こえてきてしまった。


「うーーーん」


 直視ちょくししたくない現実に思わず頭をかかえてうなる。これは幻覚?幻聴?

もしかして自分の頭はどうにかなってしまったのではないだろうか......


「おはようってば。何、聞こえてないの?

 あれだけガン見しといて??」


「うるさいっ

今頭の中を整理してるとこなんだから邪魔じゃましないで!!」


「おお怖っ」


 しまった。つい怒鳴どなってしまった。

これでは青年の思うつぼではないか。


ニタニタと変わらず笑顔を浮かべる彼を無視して耳をませてみる。


下の階からかすかに食器を洗うカチャカチャした音と母の鼻歌、父がいつも見ている朝のテレビ番組の音が聞こえただけで

私の声に気づいた様子はない。


 安堵あんどに胸を下ろして時計の針を見る。

まだ時間の余裕はあるようだ。

意を決して大きな鏡に向き合い、家族には聞こえないようにおさえた声で話しかけた。


「あなたは何?」


 20代ぐらいだろうか、鏡の中で立ち上がった青年の身長は私より頭一つ分高く、

こうしてみると見下ろされる形になってしまううえ、白いワイシャツに黒いジーパンを履きこなしている彼のスタイルの良さに少し腹が立った。


自分もこんな風になれたらなぁ、なんて考えを頭の片隅かたすみに追いやる。


「おばけみたいなもんだよ」


 青年が座り込んだので同じようにクッションの上に座り込む。


「じゃあ、おばけさん。何で私の鏡の中に居るの?」


「おばけさんって呼ぶのは止めてよ、ちゃんと名前があるんだからさ。


あ、ここにいる理由?それがボクにも分からないんだよねぇ」

飄々ひょうひょうとした口調にあきれ返る。


訳も分からずこんな所に居るのでは私が困る。鏡の中に他人が見えるなんて家族や友人にバレたらなんて言われるか......


「じゃあ、名前を教えて」


 当分の間、彼の事は誰にも教えるつもりはない。当たり前のことだろう。

けれどお互いを認識するのに名前は大事なので、あまり関わりたくはないがこればかりは仕方がない。


とお日月遠ひつきとお。君の名前は?」


しずく。ひ......日月雫ひつきしずく。遠さんはもしかして御先祖さまだったり?」


同じ苗字みょうじ。気のせいかもしれないが心做こころなしか目鼻立ちも似通にかよって見える。


「御先祖さまじゃぁないし、遠でいいよ。

よろしくねしーちゃん」


 気のせいとは思えないが気のせいだったようだ。鏡の中で差し出された手に、戸惑とまどいながら自分の手を重ねて握手の代わりにした。


鏡の中に写ったものなら、鏡の中でだけ自由に使えるらしい彼と

部屋に持ってきた朝食を一緒に取りながら話し合っていた。


聞き上手で話上手な遠と話していると不思議と心地の良さを感じて、

友達にも言えなかったことも、なんでも話せてしまう。


「しーちゃんは優しいんだねぇ」


 ニコニコしながら、遠は泣きそうになったり、笑ったりしながら話をする私に付き合ってただうなずいていてくれた。


怪しい人に見えていたが、害のないどころか良い人のようで良かった。

 結局その日は体調が悪いと両親に嘘をついて、一日中不思議な青年とお互いのことを語り合った。


 いわく、彼は自分のことをおばけのようでそうでないものと呼んでおり、鏡からは出られない、けれど人の頃の記憶は持ち合わせているようで特に仲の良かった妹のことが心配で忘れられないでいるのだと、

もしかしたらそれが原因でこのようなことになってしまったのかもしれないのだと語った。


 私は良い相談相手が出来たかのような感覚でこの不思議な青年を受けいれたのだった。







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