第6話 絶対に手に入れたい素材
(やったぞ! 上手くやればアレが手に入る!)
助けた商人から話を聞いたキングは浮足立っていった。何故ならその道を塞いでいるモンスターから手に入る素材が、キングがいずれ欲しいと思っていた道具の材料にピッタリだったからだ。
いや、むしろそれ以外考えられないと言うべきが。そう思えば、魔物に襲われていた商人や冒険者を助けたのは正解だったと思える。
情けは人の為ならず――元は異世界から入ってきたことわざというものだが、まさにそのとおりになったというべきか。やはり人助けはしておくものだと思いつつ、キングはボールを蹴りながら全速力で冬山を駆け抜けた。
あれからボールと共に山で修業を続けた。冬山の鍛錬は足腰を強くしてくれた。その結果、どれほどの雪でも例え道が凍っていたとしてもキングは足を取られることもなく、馬車よりも遥かに速く走ることが出来る。
これは風よりも速く駆け抜けるとされるユニコーン馬車よりも更に速いことだろう。しかも球を蹴りながらこの速度である。
しかも本来人が通れないような道も何のその。垂直の崖もボールを蹴りながら登り、夜の闇でも関係なく、山超え谷こえまさに最短のルートを一直線に疾駆した。
その結果――熟練した冒険者の脚でも3日は掛かる距離を僅か半日で走破し、太陽が昇り始めた明け方、キングは崖の上から件の谷間に鎮座するモンスターを発見した。
「良かった……どうやらまだ誰にも討伐されてないようだ。しかし、まさか本当にお目にかかれるとは、あのゴンダーラに!」
ゴンダーラ――ゴーレム系のモンスターであり、しかしそのレベルはゴーレムを遥かに凌ぐ。そして大きな特徴はその体を構成する石、通称ゴンダーラ石と呼ばれる特別なものだ。
ゴンダーラ石はとにかく固くそして重い。故に柱の素材として重宝されたりもするが、とにかく重い。通常の岩石と同サイズでもゴンダーラ石は百倍重いのである。
なので、普通の冒険者はこれを厄介と判断する。素材を持ち帰る手段が限定される上、相手はかなりの強敵だからだ。特に今は冬であり、あの商人や冒険者が言っていたように、わざわざこんな戦いにくい時期に敢えて挑もうとする酔狂な冒険者などはいない。
だが、それは逆に言えばキングにとってはチャンスでもあった。今なら誰にも邪魔されることなく、このゴンダーラを狩れるからだ。
「とは言え、つい嬉しくなって勢いで来てしまったが……俺に勝てるだろうか――」
今更だがそんなことを考える。冷静に考えてみればキングの現在のレベルは25、一方でゴンダーラのレベルは45である。レベル差が20もあれば普通なら単騎で挑もうなどと考えられない。死ににいくようなものだ。
だが、何故かキングにはそこまでの不安はなかった。口ではこうつぶやいたが、何故かゴンダーラを見てもそこまで怖く感じなかったのだ。
「……ここまできて何もしないわけにはいかないな。よし! やるかボール!」
「キュ~!」
キングの足元でポンポン跳ねてやる気を見せるボールに、キングも眉を引き締めた。そしてボールは手の中に収まる程度の大きさの球に姿を変える。
「実戦では始めてだな、野球は――」
独りごちるキングである。ボールの姿は掌に収まるサイズで赤い縫い目の入った白球に変わっていた。
これはキングの言う野球で使われていた球である。そして今回の敵を相手するのにどうしても使いたかったものでもある。
そしてこの場所は位置的にもゴンダーラがよく見える。ゴンダーラよりも高い場所で、それでいて間にこれといった障害物もないベストポジションだ。
「さぁ、見せるぞ俺の魔球を!」
気勢を上げるとキングの瞳がメラメラと燃えだした。これはキングが読んでいた【巨人が欲しい】で見られた描写であった。漫画は背が高く巨人と呼ばれていた主人公が野球に目覚める話である。
図体がデカイだけで臆病でのろまと馬鹿にされていた主人公だが、野球のピッチャーなら才能を開花できると知り努力を続け遂にドラフトであの巨人が欲しい! と指名されるまでになるというそんな話であった。
そして物語では数多くの魔球が飛び出すのも特徴であり、魔球を投げる際には必ず瞳が燃えていたことから、キングは魔球を扱うには瞳を燃やす必要がある! と判断し、修業によってそれを可能としたのである。
キングは大きく足を振り上げた。漫画を読み様々な魔球を自分自身でも編み出した、そんなキングの第一投が今放たれる。
「超冒険者ボール1st!」
そして遂にその手から白球が離れ――かと思えばボールが消えた。
「ゴルゥウウゥウウ!?」
その瞬間、衝撃音と共に響くゴンダーラの叫び声。その中心部には白球が突き刺さり、命中した箇所を中心に放射状の亀裂が走っていた。
「よし、成功だ!」
キングがガッツポーズを見せる。ちなみに超冒険者ボール1stは超回転を加えたボールを放ることで空間に歪みを生じさせボールそのものが別空間に移動し消えたように見える魔球である。
キング曰く消える魔球だが空間を突切り消えたと思った瞬間には目標を捉えているため正確にはワープボールともいえる。空間を歪ませる程の魔球であるがゆえ目標地点に到達した瞬間空間爆発を引き起こし範囲内に強烈な衝撃を発生させるのが特徴であり、頑丈なことで知られるゴンダーラの胴体に亀裂が入ったのもこれが要因と言え――
「ゴウォ、オ、オォオオオォオオオオオ!?」
しかもその亀裂は更に全身に広がりを見せ、かと思えばゴンダーラの体がバラバラになり地面に落下していった。
「……うん? な、なんだ? どうなっている? まさか、倒したのか?」
その光景に魔球を放ったキング自身が驚いていた。まさか魔球の一投でこうもあっさり倒せてしまうとは思ってもいなかったからだ――
「キュ~♪」
「おう、ボールご苦労さま」
崖を滑り落ち、バラバラになったゴンダーラの前までやってくると、ボールが嬉しそうに跳ねながらキングの胸に飛び込んできた。
キングは労う意味も込めてボールを撫で回した。ボールは凄く嬉しそうである。
そうして一頻りボールを撫でた後、改めてゴンダーラの残骸を見た。
ゴンダーラはかなり盛大に砕けており、ゴンダーラ石となりそこいらに散乱している。とはいえ、元々この素材は加工して扱うものなので、細かくなってくれた方が扱いは楽になる。一つ一つのサイズも丁度良さそうだ。
しかしキングが気にしているのは別な点であった。何せたった一発の投球で倒せてしまった。本来20レベルも差がある相手にはありえないことだろう。
そこで、どういうことか考えていたキングだったが。
「ふむ、そうかそういうことだったのか」
「キュ~?」
一人納得するキングにボールは、なんだろう? と首を傾げるような動きを見せた。
「ボール、俺の考えではきっとこのゴンダーラは既にかなり負傷していたのだ」
「キュッ?」
「うむ、そうでなければおかしいからな。あの商人や冒険者は、ゴンダーラ退治を引き受ける者がいないと言っていたがきっと事情が変わったのだろう。ギルドマスターが厳命したのかも知れない。とにかく腕利きの冒険者がやってきて俺よりも早くこのゴンダーラを相手していた。だが、あと一歩まで追い詰めたがそこで自分達にも限界が来て泣く泣く一旦引き返したのだろう」
キングはうんうんと頷いてみせた。自分の考えに間違いはないと思っていそうである。確かに普通に考えれば既に手負いだったと思えても仕方ないのかも知れない。
「だが、そうなると流石に素材を独り占めというわけにはいかないな。とは言え止めを刺してるということで今回必要な分だけ持っていくとしよう。ボール頼めるか?」
「キュ~♪」
ボールは任せて、と言ってるように体を伸び縮みさせた後、キングが必要とする分だけを取り込んだ。そのうえで、残った素材は一箇所に纏めて冒険者がまたやってきてもすぐわかるようにしていおいた。
「よし、こうしておけばゴンダーラが倒されたこともわかることだろう。よし、それならいくとするか」
「キュ~」
そしてキングは踵を返しその場を後にした。だがキングは気がついていなかった。そのゴンダーラは決して手負いなどではなく、紛れもなくキングの一撃で粉砕されたのだということを――
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