第4話 商人を助ける

 商人は護衛を引き連れて町まで荷を運んでいた。本当は雪の降り積もる冬場の運送などしたくはなかったがお得意先の頼みとあっては仕方がなかった。


 だがここで問題となったのは荷を運ぶルートだ。本来ならボランチ山脈は迂回するのが正解だ。この山脈はモンスターの数が多く、よほどのことがない限りボランチの山越えルートなど選ぶものはいない。


 だが今回に限ってはそうもいかなかった。なぜなら迂回ルートは現在道が塞がってしまっている。なので必然的にボランチ山脈を越えるルートしか選ぶことが出来なかった。


 なのである程度この山脈に詳しい冒険者を護衛として雇い行くことにした。彼らの話によると確かにボランチ山脈を越えるのは危険を伴うが、冬場であれば冬眠しているモンスターも多く、慎重に行けば雪の降らない季節よりも安全に済む可能性もあるとのことだった。


 勿論冬山を行くルートだ。雪も積もっており馬車にも雪用の馬具が必要となり経費も嵩むがその分の料金の上乗せは認めてもらっている。


 なので今回ばかりは雪山を何度も越えたことがあるという冒険者の話を信じ、ボランチ山脈に入った。


 雪山の道は険阻であり、雪と寒さで油断していると体力もどんどん奪われていく。だが冬に慣れた冒険者の助言通り揃えた防寒具や道具を活用したおかげでなんとか進み続けることが出来た。


 馬車が走れる道を確保できたのも大きかった。尤も殆どの道では御者を兼ねる依頼主が下りて馬を引っ張って歩く必要があったがそれでもなんとかモンスターにも遭遇せずボランチ山脈を越えるルートの三分の二を踏破した。


 安堵していた。きっとこのまま行けば無事山を越え荷物も運べるに違いないと。だが、甘かった。確かに冬山ではモンスターの数は減る。上手く行けば遭遇せず山越え出来る可能性もある。


 だが、その分、冬になって活発化するモンスターに出くわす可能性だってある。数は少ないがその可能性は零ではない。


『グオオォオオォオオォオオオ!』


 遭遇してしまったのだ。あともう少しというところで驚異的なモンスターに。


「な! こ、こいつはスノーグリズリーじゃねぇか!」

「レベル30超え、B級クラスの化けもんじゃねぇか……」

「……想定外」


 護衛の冒険者達が立ちふさがった巨大なモンスターに驚嘆していた。雇った冒険者は全員C級である。商人の彼は別に報酬をケチったわけではないが、そもそもB級以上の冒険者はギルドによって数が少ない。依頼を出したからといって必ず雇えるものではないのである。しかも冬は休業している冒険者も多い。


 寧ろこの条件でC級冒険者を三人雇えたのは上々とも言えた。だが、その三人が揃いも揃って不安な言葉を口にしている。だが、商人でもその理由ぐらいはわかる。


 スノーグリズリーは肉の味はそうでもないが、毛皮の価値が高い。防寒につかわれる素材は狼系の毛皮が多いが、この白い熊の毛皮は狼の毛皮より遥かに防寒性に優れている上、氷系の魔法や攻撃への耐性もある。その為、ただの衣類としてだけではなく魔法使いなどが好んで纏うローブの材料にも使われたりする。


 狩ることが出来ればそれなりに美味しいモンスターではあるが、素材の価値が高いモンスターは大体その分手強い。


 だからこそ商人の彼にも今どれだけ危険な状況に置かれているのか理解できたのだ。


 そして、案の定、勝負はあっさり、お話にならないぐらいの早さで決まった。スノーグリズリーはなんとか対抗しようと正面に立った三人に向けて冷たい息吹を吐き出した。雪混じりの息吹によって護衛の三人の体温はあっという間に奪われ、全身が霜に塗れ、外套から氷柱が垂れ下がった。


 ガクガクと震え膝から崩れ落ち、まともに動くこともかなわない。


 終わった、と商人は今日ここで自分の命運が尽きたと悟った。世界には危険が溢れている。外に出る機会が多い商人ならば絶対な安全など保証されない。それはわかっていたが、それでも自分は大丈夫だと信じたかった。


 凍りついた三人に近づきスノーグリズリーはその巨大な顎門をこじ開けた。抵抗できなくなった三人を先ず食べる気なのだろう。その次はきっと自分だ。


 ならば三人に興味を示している内に逃げようかとも考えた。冷たいようだが冒険者はあくまで護衛。いざとなれば自分の命を犠牲にしてでも依頼人を助ける、そういうものだ。その観点で言えば商人がここで逃げても誰も文句は言わないだろう。


 だが、逃げられなかった。申し訳ないという気持ちもあったであろうが、それ以前にスノーグリズリーの放つ威圧に完全に気圧されてしまっているのだ。


 足がすくんでしまい、どうしても動かない。そしてそれはモンスターにとって計算通りでもある。スノーグリズリーは知っていたのだ。弱きものは強き物の放つ威圧には決して抗えないことを。だから後回しでも問題ないとそう考えていた。


 尤ももしここで無理してでも商人が逃げようとすれば矛先を変えモンスターの鋭い爪が彼を襲ったであろうが。


 そしてスノーグリズリーの牙が今まさにブルブルと震え身動き取れない冒険者の頭に喰らいつこうとしたその時――


「グボオオォオオ!?」

「は?」


 商人の男が思わず間の抜けた声を上げる。なぜなら目の前で大口を広げていた白い巨熊が真横に吹っ飛んで言ったのである。


 スノーグリズリーの体重は優に千キロを超える。それだけの重量があるモンスターを吹っ飛ぶなどそうそうあるものじゃない。だが実際それは起きてしまった。


 ポカーンとする商人の視線は、モンスターをふっ飛ばしたそれに向けられた。


「球?」


 ようやく発した言葉は疑問にまみれた。球だった。それがポンポンっと数回弾んだ後、コロコロと転がった。白と黒で構成された球だ。見たこともない意匠である。大きさは商人の顔と同じぐらいだろうか?


 しかし何故こんなところに球が? まさかこれが今のスノーグリズリーをふっ飛ばしたのか? などと疑問がつきない。


 改めて商人は顔を巡らせ飛んでいったスノーグリズリーを見たが、動く様子が全く無い。舌がだらんとだらしなく飛び出ているのがわかった。


 気絶しているか、もしくは死んでいるか――全く動きが見れないので死んでいる可能性が高かった。


 だが、だとして、一体誰が、しかもたった一撃で? 色々と疑問が尽きない商人であったが、その時だった、何かが雪煙を上げながら斜面を滑り落ちてきて、そのまま奇妙な格好で商人たちの下へやってきた。


「ふぅ、意外となんとかなるものだな。しかし便利だな地滑刈スライディング衝撃タックルというのは――」


 立ち上がったその男をポカーンとした顔で見続ける商人である。






 一方キングはサッカーボールとなったボールを蹴弾シュートし、モンスターが吹っ飛んだのを確認した後、漫画で見た地滑刈スライディング衝撃タックルを行使し、ここまで下りてきた。

 

 尤も斜面といっても、傾斜角三十度以上はあり普通なら登ることすら困難な程だ。ほぼ崖といってもいい程であり、ましてや雪の斜面である。

 

 通常より勢いが増すのは当然のことであり、熟練した冒険者でも先ずやらない行為だが、キングは滑り下りて来てからも涼しい顔をしておりかすり傷一つ負っていない。


「あ、貴方は?」

「むっ! 少し待ってもらおう。そこの冒険者はかなり危険だ」

 

 そう言ってキングはガタガタと震える冒険者の傍に寄った。スノーグリズリーの驚異が去ったことで多少は緊張が解れたのか、その場に座り込んでしまっているが全身が激しい凍傷状態に陥ってしまっている。


「何か薬はあるか?」

「塗り薬なら……しかし効果はあるでしょうか?」

「塗り薬か……」


 傷を癒やす薬には患部に塗るタイプの傷薬と飲むタイプのポーションがある。効果はポーションの方が大きいか価格が高い。

 

 そして傷薬は価格は低いがその分かなり性能が落ちる。見たところ商人が運んでいるのは冬用の毛皮などのようだ。この山を抜けた先にある町にでも届けるのだろう。


 その町周辺では良質な毛皮を有す動物やモンスターが少ない。勿論この山に入れば別だが、本来この山は凶悪なモンスターが多く、そう簡単に足を踏み入れられる場所ではないのである。


「とりあえず私の手持ちを使おう。ボール頼む」

「キュ~」

「え?」


 商人は目を丸くさせた。何せ今まで変わった球だと思っていたものが突如一匹のスライムに変化したのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る