3-5 ケイの記憶 2

「まず、部隊での話。俺が思い出したのは、砂漠をただひたすらに斬り進んでいくところ。何かを斬ってたってことは刀か剣なんだろうけど、なんでもっと銃だとかミサイルだとかを使わなかったんだろうね? 侍じゃあるまいし……」

「何かを斬っていた? 人ではなかったんですか?」


 私の質問を聞いて、ケイさんは肩をすくめた。


「それが思い出せなかったんだ。斬る感触、舞う血しぶき、敵味方がぶつかり合う音……。そんな、変に生々しいところは思い出せたのに、相手の顔や形でさえも分からなかった。まあ『戦争』なんだし、人間同士で戦ってたんだろうけどさ」


 腕を組んでうーん、と唸ったケイさんが続ける。


「まあとりあえず斬っている記憶を思い出したんだ。毎日、毎日、休むことなく斬り捨てている記憶。しかもこれは、本当に思い出した。他人事みたいな思い出し方ではなくね」

「と言うことは、自分の記憶として……ですか?」


 頷いたケイさんはおもむろに立ち上がり、脚を肩幅に開いて腰を落とした。握った右手を左腰に添えたかと思うと、瞬きよりも速くその手は空を斬って右上に移動していた。ヒュン、という音に驚き、口が開いてしまった私を見てケイさんが噴き出した。


「絵に描いたようなポカーン顔だね、チーちゃん!」

「な、なんですか、今の……」


 少し照れくさそうな顔をして、ケイさんは答えた。


「なんか、戦争中はこんな風に斬ってたんだよ、刃物持ってバッサバッサとね。なんか見せるのは恥ずかしいけど……こうやって思い出して自分でその動きができるってことは、自分の記憶ものとして思い出した、ってわかりやすいでしょ?」

「は、はぁ……。なるほど……?」

「やめてくれーー、恥ずかしいからもっと『なるほど!!』って言ってー! イタイヤツみたいじゃんか!」


 『イタイヤツ』の意味がわからなかったが、とりあえずもう一度、しかし大きな声で「なるほど!」と言っておいた。


「はは、ありがと。うーん、隊のことで覚えてる他のことは……、そうだなあ。『隊』っていうだけあって隊長がいたな。厳しいけれど、リーダーシップのある、俺と歳は変わらないくらいの男の子……だったはず。でもこれはしっかりとは思い出せなかった記憶」

「要はリーダーですか……」


 ふーん、と頷いた私を見て、ケイさんも頷いた。


「まあそういうこと。というわけで俺の第二部隊編は終わり。まあ次に話すことも隊にいた時の話なんだけどね」


 そう言いながらケイさんは、今までは開けっ放しだった扉を閉めに行った。


「よし。ちょっとね、もちろんリンにはもう話したんだけど他の人にはあんまり聞いて欲しくなくてさ」

「そんな話、私にはしていいんですか……?」


 私のそばにある席に座りなおして、再び腕を体の前で組んだケイさんは視線を上に向けてこう言った。


「……リンがチーちゃんに話せって言ったから、なにか理由があるんだと思う。チーちゃんの旅の目的を思い出させるためとか、そう言うこと以外で……。いいんだ、他のみんなにもいずれ話さないといけない日が来るかもしれないし、話すよ」


 一呼吸おいてから、ケイさんは再び自分の過去を語りだす。


「部隊にいたときに、俺が一時的に班長になって、隊の仲間を何人か連れて、新しく《ハーフ》にする子どもを探しに行く命を受けたんだ。もちろん戦場に出たがる子どもなんていないし、出させたい親や保護者もいないから使える手段を使って無理やり連れて帰ってたんだけど……」

「無理やりって……?」


 私の問いに困ったように笑い、ため息をつくケイさん。体の前で組んでいた腕を頭の後ろで組みなおして口を開いた。


「武力行使。子どもが嫌だと言ったって、保護者が子どもの手を離さなくたって、連れて行くんだ。子どもさえ連れて帰ることができたら、保護者を殺したって、家を焼いたっていい。《ハーフ》に下された命令は絶対、戦争は絶対。そういう世界だった」


 そんなことがあってもいいのだろうかと私は思った。さぞケイさんも心が痛かったことだろうと思ったが、ケイさんはそれを後悔をしたり、悲しんだりする表情を見せず、ただ冷ややかな目をして自らの両手のひらを見つめていた。


「……これは俺が思い出した場面からの推測でしかないんだけど、俺は、孤児院みたいな身寄りのない子供が住む施設に押し入ったんだと思う。大人は数名、子どもはたくさんいる、比較的大きな建物だった……」


 ケイさんの話した内容はこうだった。建物内に入ったケイさんとその他数名の《ハーフ》は大人に事情を説明して子どもたちを引き渡すように言った。が、もちろん納得してもらえるはずもなく門前払いを食らう。しかし、やはり命令は絶対だった。ケイさんたちは強行突破して建物内に入り、そこにいる子どもたちを守る大人を次々と床に伏せさせていった。攻撃に巻き込まれて傷ついたり、腕や足を欠損した子どもも多くいたそうだ。


 あまりの残酷さに、私はなんと言えばいいのかわからなくなり口を噤んでしまった。


「なにも言わなくていいよ、チーちゃん。俺は本当に酷いことをした。……常識的に考えると。でも、その記憶をあのナイフで思い出した時……、俺は……」


 いつの間にかケイさんは、見つめる自分の両手をわななかせていた。それに呼応するように声も震える。


「俺は……頭のどこかで、俺は正しいことをしてたって……思った……思ってしまったんだ……。あれだけの命を奪ったことを、正しいって……」

「ケイさん……」


 両ひじをテーブルに置いて両手で顔を覆い、絞り出すような声でケイさんは話し続けた。


「俺の中に……戦争の最中にいたハーフがいる……。それが俺は恐ろしくてたまらない……」


 いつもの笑顔を消し、あまりにも弱々しく、今にも消えそうな声で話すケイさんを前に、私は今度こそ本当に何も言えなくなってしまった。顔を手で覆ったケイさんは、そんな私に気づかずにいた。


 そしてまた、話し出した。


「この話、これで終わりだと思うでしょ」

「違うんですか……?」


 ケイさんは両手を顔から離した代わりに指を組んで顎を乗せ、続きを語る。


「施設の中に入って大人を攻撃した時にね、俺たちはそこにいるの子どもも同時に傷つけてしまったんだ。目を閉じてぐったりと倒れる子ども、血を流す子ども、泣き叫ぶ子ども……。これなら好きなだけ新たに《ハーフ》となる子を連れて行ける。その時の俺はそう思ったらしい」

「……の……ですか……」


 ケイさんは私の声にピクリと体を震わせた。


「……察しがいいよね、チーちゃん。そう、。つまり、無傷の子もいた……。一人だけ。驚いたことに、女の子だったんだ」

「一人だけ……ですか」

「うん、一人だけ。その子は自分の足でしっかりと立っていた。細い体だったけど、その目にはしっかりと、俺への殺意がこもっていた……。倒された大人の仇とりか、施設をめちゃくちゃにされた事への恨みか……」

「……」


 返事の仕方がわからない私は、ただ黙って次の言葉を待つしかなかった。しかし数秒も待たずしてケイさんは話を続ける。


「でね、端的に言うと、さらに驚くことに俺は、その子に負けたんだ」

「負けた……?」

「そう、かなり危ないところまでボッコボコにされた。でもどうやってだったのかは思い出せなかった。刃物を持ってる俺が、《ハーフ》でもないただの女の子にどうやって負けたんだろうね?」


 ケイさんは自らを嘲笑う顔を私に向け、話し出したのは女の子の特徴だった。


「その女の子はさ、長い三つ編みをしていたんだ」

「……え?」

「だから俺は本当に驚いたんだ。砂漠のど真ん中、車の中で眠る女の子をリンと見つけた時に感じた違和感の正体に、ナイフのおかげでようやく気付いたよ」


 わずかな沈黙。私の喉が息をのむ音を大きく立てた。


「……まさか…………」

「そのまさかだったんだ。俺がアヤちゃんの保護者と、友だちを……家族をこの手で殺した……。そして俺がアヤちゃんを、《ハーフ》にしたんだ。実質的には、そういうことになる」

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