2-11 充電
前髪を揺らす優しい風で目を覚ました。目を開いても世界がはっきりと見えない理由を思い出すのに数秒かかった。そうだ、確か右目がよく見えなくなったんだ。
右目のまぶたを閉じると、左目はしっかりと世界を映してくれた。そこでようやく気づく。
「あれ、なんで……」
外にいるんだろう。
私は建物の外で椅子に腰掛け、眠っていたようだった。反射的に立とうとしてしまったが、そもそも脚が動かなくなっていたことも思い出す。
「チホさん、起きましたか?」
声のする方へ顔を向けた。アヤちゃんが私の座る椅子の隣に、砂の地面に直接座ってこちらを見上げていた。
私と目が合うとアヤちゃんは何故か少し驚いたように見えた。ふと私から目線をそらして、軽く俯いて話し始めた。
「チホさんも私も、体力の限界が来てたんです。夜通しドライブ行って起きっぱなしだったのに、充電しなかったから……」
「充電……?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるとアヤちゃんが落ち着いた声で説明してくれた。
「《ハーフ》は食べ物を必要としないって話はしたのに、そういえばこの話してませんでしたね。食べ物を食べなくても、やっぱりエネルギーになるものがないと私たちも動けないんです。私たちの体力の源は、太陽の光です。今は夕方で日も落ち始めているしそこまで回復はできないんですけど、しないに越したことはないだろうってリンさんに言われまして」
「太陽の光が……」
地平線を目指して降りようとしている太陽が、私たちを照らしている。
「太陽光が自分のエネルギー源だったなんて知らなかったのに、よく今まで何事もなく旅を続けてこれたな、私……」
「太陽の下にいれば勝手に体力が回復していくようになってるからですかね。ずっと太陽の下で旅をしてきたんだと思いますし、ドライブにお誘いした時の反応からして夜は活動してなかったみたいですから、チホさんはしっかりとエネルギー管理できてたんですね、無意識に……」
何も知らなかったのに、私はなんだかんだで上手く生きていたようだ。
*
太陽がその姿の半分以上を地平線の向こうに隠してゆく。沈んでゆく太陽をゆっくりと見るのは久しぶりな気がした。
「チホさん……」
「……ん?」
私はアヤちゃんの方を向いた。アヤちゃんの顔は沈む太陽が作った私の影のせいで暗く見えた。
「私と出会って……ここに来て……後悔してますか……?」
「……それは、どういうこと?」
マルさんに《後悔してる?》と聞かれたときのことを思い出した。そういえばあのとき、アヤちゃんは驚いたように体を震わせていた。
「チホさん、目を傷つけて、脚も動かなくなって……。リンさんは直るって言ってましたけど、それこそ数日とかの話じゃないと思います」
アヤちゃんは俯いていた顔をさらに俯かせた。もっと影に隠れてしまった顔を歪めて、掠れた声でつぶやくように言った。
「あの日、私がチホさんと出会わなければ、私がここに連れてこなければ、こんなことにはなってなかったかもしれないと思うと……」
私の動かない脚をそっと触るアヤちゃん。もっとも、見ているから触られているのが分かるのであって、触られている感覚は全くない。アヤちゃんはすぐに私の脚から手を離し、その手をぎゅっと握った。
そんなアヤちゃんに、私は迷いながら返事をした。
「……アヤちゃんに出会わなくても、ここに来なくても、もしかしたら自分で目的を思い出せないのに気づいたり、暴走しちゃったり、下手に夜に活動して太陽の光が届かないところで動けなくなったりしてたかもしれないし……」
そう言うと、アヤちゃんがバッと私の方を向いて、大きな声で反論した。
「でも! あんなに続けたいって、止まってられないって言ってた旅に、その脚が直るまで戻れないんですよ……?!」
「アヤちゃん……怒ってるの……?」
感情が強くなっていく声に私は思わず尋ねた。それにに驚いたようにはっとしたアヤちゃんはブンブンと頭を横に振った。
「怒ってはないです! ……でも、自分に怒ってるのかもしれないです。なんでこんなにチホさんを酷い目に合わせてしまってるんだって……」
自分を責めるようにそう言ったアヤちゃんは再び顔を俯かせた。さっきアヤちゃんがリンさんに怒っていた時もそうだったが、これまでの元気なアヤちゃんがどこかに行ってしまったのではないかと思ってしまうくらいアヤちゃんは不安定になっている。
こういう時、なんと言ったらいいんだろう。残念なことに、ここ最近まで人と話すことが無かった私には正しい答えがわからなかった。なので、とりあえず私はアヤちゃんが今話してくれたように、自分のアヤちゃんへの気持ちを伝えることにした。
「アヤちゃん。私はアヤちゃんに出会わなければよかったなんて、思ったことない……よ? ドライブの時、車の中でも言ったみたいに、一緒にいれたら嬉しいなって思うくらいだし……」
しかしうまくまとまらず、微妙なところで言葉が切れてしまった。それでも、私の気持ちを聞いたアヤちゃんは顔を上げてくれた。ようやく見えたアヤちゃんの顔は、少し嬉しそうな、でもどこか悲しそうな表情をしていた。
「……もう……チホさんずるいです……。私……もし《ハーフ》が涙を流せるなら、泣いてたかもしれないです。ありがとうございます」
どうやら私の返事は不正解ではなかったようだった。よかった――
「そろそろ中入る?」
ケイさんが私の真後ろから声をかけてきた。まさか背後に誰かがいるとは思わなかった私は「うわあ?!」と大声をあげて驚いた。
「もしかして盗み聞きしてたんですか、ケイさん……」
「人聞きが悪いよアヤちゃん……。もうそろそろ日が沈み切るから二人をを迎えに来たら、なんかすごいシリアスな雰囲気だったからこう、話しかけられなかったんだよ!」
アヤちゃんはケイさんを怪しむ目でじーっと見たが、まあ別に聞かれててもいいですけど、と言った。
「あの、リンさん怒ってないですか……? 私、あんな風に胸ぐら掴んじゃって……」
アヤちゃんの心配そうな声に、ケイさんは「まさか」と肩をすくめた。
「逆逆。めっちゃ落ち込んでたよ、自分もアヤちゃんに酷いことしたって。二人迎えに行こうと思ったらあいつも同じようなこと聞いてきたし。大丈夫だから今から中戻っても、いつも通り普通に話しなよ」
お互い様なんだからしゃーないしゃーないと言いながら、ケイさんは私の後ろに立った。
「俺が中まで押してあげよう」
「……? 椅子を押すんですか……?」
「え、ちょっと待って、念のため聞くけど、車椅子ってわかる?」
驚いた顔をして聞いてくるケイさんに自分の中にある知識を振り絞って返事をした。
「……車と椅子はわかりますけど……あれ、もしかして『くる』『まいす』……?」
「こりゃ知らないな、チーちゃん。車椅子ってのは、こういう椅子のことだよっ」
「えっ、うわ?!」
私が座っていた椅子が、椅子にしてはやけに滑らかに動き出した。
「えっ、ケイさんが押して、え?!」
「……ふふふ」
ずっと暗い表情をしていたアヤちゃんが少し笑った。ケイさんに押されて動く椅子にまだ驚いていた私だったが、アヤちゃんの笑った顔を見て、少し安心したのだった。
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