終焉の零れ子たち

風凛

第一章

1-1 出会い

 砂漠、砂漠、たまに建物。その建物も半壊していたり、鉄骨がむき出しになっていたりとボロボロになっているものばかり。正直なところずっと同じ景色なので面白くない。それでも私はこの世界で旅をしていた。


「うーん、ないなぁ……」


 ボロボロの建物の中にあるボロボロの箪笥の中を覗く。かなり古い箪笥だったようで、開くと同時に細かな木のかけらが床に落ちた。


「全然探し物も見つかんないし、相変わらず人っ子一人もいないし。誰かとお話できたらちょっとは楽しいだろうにな」


 そんなことを脆くなった箪笥に話しかけても仕方がないので箪笥の引き出しを閉じようとした。しかし歪みが酷く、どれだけどうやって押しても上手く元の通りには閉まらない。結局引き出しは嫌な音を立てて亀裂が走り、そして崩壊してしまった。


 長い年月をかけてこの枯れ果てた世界を歩き、旅をして来たが、人には一度として会ったことがなかった。たまに鳥が飛んでいたりするのを見たことがあるくらいだ。


「もう暗くなって来てるし、今日はここで寝ようかな」


 どれだけボロボロの建築物でも、砂漠の砂に埋もれて寝るよりはマシだと本日の寝床を決めた。適当な場所に腰を下ろし、一息つく。緩んでいた靴紐を結びなおして、ついでに髪を結いなおす。私は寝る時も頭の後ろでまとめたポニーテールは解かない。砂漠の真ん中で寝るときは邪魔にはならないし、今日のように床であっても横を向けばいいだけからだ。起きてすぐに結うのが面倒くさいという理由もある。


 私は一度浅いため息をついてから体を横たえた。普段は星空の下で寝ることが多いのだが、今日は違った。


「あれ、この建物屋根残ってたんだ。珍しいな。うーん、おやすみ……」


 誰に言うでもない就寝の挨拶をして、眠りについた。





 外が明るくなって来た気配がして私は目を覚ました。まどろみながらむにゃむにゃと何かを呟き、寝返りを打つとぺち、と手が何かに当たった。


 寝ている間に箪笥の残骸がある場所まで転がってしまったのかと驚いて目を開ける。


「んん……??」


 私の手に当たっていたのは物ではなかった。だった。


「んんん?!」


 そう叫んだ私は飛び起きて距離をとり、なぜか正座をする形で様子を窺う。私が声を出して驚いた理由は二つ。一つ目はその顔の近さだ。目が覚めて視界に映る景色の大半が人の顔だったら誰だって驚くだろう。そして二つ目は――


「ひ、人ッ……、女の子……?!」


 人間に会えるとは少しも思っていなかったのだ。私という人間が存在しているのだから他に人がいても何らおかしいことはないのだが、何せ数年間すれ違ってもいない。結果、私の中で人に会う可能性が勝手にゼロになっていたため心の準備というものが全くなかったのだった。


「どうしようこれは起こして話しかけるべき? それとも逃げるべきなのか……?」


 落ち着きなく独り言を話していると、眠っていた少女が目を覚ました。


「うーん、よく寝た……、あれ? あ、おはようございますー……」


 普通に話しかけられた。思いがけない人間との出会いに身の安全も測れず身構えていたのに、このユルさに拍子抜けしてしまった。


「あ、ええとはい、おはようございます……」

「えへへ……お隣で寝させてもらっちゃいました」


 話を聞くと、この少女はこの世界に生きる生き物を探して旅をしていたらしい。目的は違えど、私と同じような旅人がいたということに少し喜びを覚えたので、彼女にその感動を伝えた。


「まさか同じ旅人さんに会えるなんて! というかそもそも私以外人間に会えるなんて思ってなかったから、なんと言うか……嬉しいです」

「こちらこそお会いできて嬉しいです! でもまあ、旅人と言っても拠点があってそこから行ける範囲で、行ける時だけなんですけどね」


 どこか恥ずかしそうに頬を掻いて、少女は再び口を開いた。


「実は私、友だち、いや、仲間……ですかね、と一緒に生活してて、私を入れて四人なんです。だからあなたも入れて、現時点で少なくとも五人はこの世界に存在してますよ!」

「ええ?! すごい、ずっと歩いてきて一人たりとも会わなかったのに! 会わなさすぎて生きてる人間この世界で私だけなんじゃないか、なんて思っていたくらいで……」


 驚いて思わずまくし立てる私に少女は優しく微笑んだ。


「ふふ、確かにわからなくもないです、それ。全然いないし見ないですもんね、生き物も植物も」


 少女の同意に頭を縦に振りながら、しかし私はうっとりとしたようなため息を漏らした。四人もの人が一緒に暮らしているとなれば、探せばこの世界にももっと人間がいるのかもしれない。


 おっとりとした雰囲気を持つ彼女は少し長めの髪を一つの三つ編みに結っていた。しばらくその三つ編みの先を軽く弄んでいた少女だったが、ふと顔を上げると思い切ったようにこう言った。


「えと、もしよければ、私たちが住んでいる家に寄っていきませんか? 案内しますので……」

「い、家……!」


 驚き、思わず上ずってしまった私の声に二人で笑った。一呼吸置いて気持ちを落ち着かせた私は再び口を開いた。


「家があるんですね! しかもそこでもっとたくさんの人に会えるだなんて……、ぜひ連れて行ってください! この旅を中断することはできないのでゆっくりとはできないかもしれませんが……」


 私の返答に少女は嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうな顔を輝かせて見せた。


「やった! 嬉しいです、みんなもきっと喜びます! じゃあ行きましょう!」


 そうして建物の外に出た私たちは車に乗り込んだ。私の背丈を優に超えるほどに大きな車だった。建物でさえボロボロになっているのがほとんどなのに動く車があるとは、とまたも感動する。


「出発しますね!」


 エンジンが唸り、砂漠の砂を蹴って車が走り出した。今まで廃棄されている車は何度も見たことがあったが、車に乗り、移動するというのは初めての経験だった。ここまで速く走れるものだとは思ってはいなかったので高速で流れてゆく景色に目を見張る。


 三つ編みの少女が運転する車は大きなエンジン音をあげて走っていたので彼女に話しかけることはできなかった。しかし私はこれからどんな人々に会えるのだろうかと久しく感じてこなかった『何かが楽しみだ』という感情に頬を緩ませていた。この車が辿り着く先に暮らす三人と少女はどのように出会ったのだろうか。複数の人に会うとどんな気持ちになるのだろう。いろいろなことが気になって少しそわそわしてしまう。


 しかしどれも目的地に到着すれば聞くことができるし自ずと分かることだろう、とのんびりと待つことにした。

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