第27話 氷都の舞姫と黄金の竜姫
オーロラ揺らめく、光の道。
ドリームウェイを、四人のナイトウェア姿な女子が光の速さで翔けてゆく。
SFの話じゃない。
夢渡りは、全ての夢を見る人が毎晩知らずに体験している
ドリームウェイ=オーロラの道は、北欧神話で九つの世界を内包する世界樹ユグドラシルの「根っこ」や「枝葉」に相当するネットワークで。それらで結ばれた世界が九つでは足りず、もっと無数にあるとイメージすれば理解が早いだろうか。
「すっご〜い!」
「わわっ!レティたち、渡り鳥にでもなっちゃったの?」
現実離れした景色に、無邪気に喜ぶ中華少女パンと。
もうとっくに大人なのに、まだ自分を名前呼びする少女趣味な弓使い娘レティス。
この二人は、初めてハッキリと知覚する夢渡りに驚きを隠せない。
熟練者のマリスとマリカが振り落とされないように支えつつも、四人はますます。どこまでも限りなく加速してゆく。
「ちょっと、速過ぎじゃない?」
「エルルちゃんの召喚対象、レオニダスとベルフラウがどのへんにいるか分からないから、特定個人じゃなく広域に引き寄せをやってる影響だね」
今は、エルルの「お願い」が夢魔法の力で広域に発信されている状況だ。なので、夢渡りの民であるマリスとマリカの二人には、大音量でスピーカーから叫び声が飛んでくるに等しい。決してスマートな方法ではない。
マリスが懸念を示すと、マリカもこの方法ではまずいとうなずく。
「余計なものまで引き寄せちゃう前に、対象を特定してあげないとね」
「毎晩、こんなことやってるの?」
レティスが「夢を見る人々のほとんどに、夢渡りの記憶が残っていない」理由を察してマリスを見ると。
「今回は異常事態だよ」
苦笑いを浮かべて、答えが帰ってきた。
「ホントの
マリカの語るそれこそが、多くの人々が夢渡りの記憶を忘れてしまう理由。
地球人にも、目の前の現実を正しく認識できずに流されてしまう人は数知れない。かつてマリカの属する「
いつの時代だって、正論は少数派で受け入れ難いものだ。夢の世界でさえも。
「うわっ、まぶしいっ!?」
限界を超えて加速した、四人の目の前がパッと白くなると。突然、目の前の光景が一変した。
見るからに寒そうな、見渡す限り青白く凍りついた石作りの街。四人はその上空に浮いていた。精神体だからなのか、ナイトウェア姿にも関わらずみんな凍えてない。
「ここ、どこ?」
「永久凍結世界バルハリアの、ローゼンブルク遺跡だよ」
あたりをきょろきょろするパンに、マリスが都市の大通りを指差すと。
その先には、巨大な氷狼と戦う冒険者たちの姿があった。
「あ、ミキちゃん!」
レティスが見つけた、ミキの姿は。
神々しい
「派手にやってるね!膨大なドリームエナジーの発信源は、アレかぁ」
マリカも、全身派手な金色になったユッフィーを面白そうに見ていたが。
「ミキちゃんはいいとして。なんで他の子まで、あんなに滑れるの!?」
マリスのもっともな疑問の答えは、彼女ら四人が飛んでくる少し前にさかのぼる。
◇◆◇
覚悟を決めて、巨狼の正面に飛び出したミキとユッフィー。お供のボルクス。
自分の書いた小説のヒロインと、並び立って共闘している。少し前のイーノからはとても信じられないような光景だった。
「舞姫としての身のこなしは、わたしがサポートします。それがミハイル先生と練り上げた、わたしたちの切り札です」
「まだ完全ではありませんけど。参りますわよ、ボクちゃんも」
目の前の敵を見据えながら、ミキが一同に伝える。オグマとゾーラも、物陰から飛び出すタイミングをうかがっていた。
ボルクスも一声鳴いて、主人のそばでゆっくり羽ばたいている。
二人と一匹に気付いた巨狼が振り返り、猛然と駆け出したそのとき。
「オーロラブースト、ブレイクアップ!」
ミキとユッフィーの勇敢な叫びが、二人の秘めた切り札を解き放った。
「ミキ!ユッフィーまでもか」
「不慣れな者には危険ゆえ、あえて教えんかったのに」
道化の要請で、謎の女神が空間に投影しているフリズスキャルヴの映像から。
異変はすぐに、クワンダやアリサたちにも伝わった。
レオニダスとベルフラウが、勇者の落日で「運命の三人」ことクワンダ・アリサ・ミキを逃がすために使った。自らの加護を削る諸刃の剣の奥義。
個人の特性を極端に尖らせた「個性の爆発」を起こす逆転の切り札。
「オーロラブースト『シンクロナイズ』の効果はいかがです?みなさん」
ミキからあふれ出したオーロラの奔流が、ゾーラとユッフィーとオグマをまるで…運命の赤い糸のようにつないでいる。その光の帯は全て、ミキの胸元に残る×字の傷痕から伸びているものだ。
「これがミキっちの滑りっすか?」
「すごいですの!」
「まさかわしまで、舞姫の真似事をすることになろうとはの」
ミキから伸びた光の帯が、四人の動きをシンクロさせ。強制的にでなく、道を示すように他の三人をアシストしている。素人でも、それをなぞれば上手く滑れる。
全員が、ミキの魔法のスケート靴から力を与えられて。靴裏に氷のブレードを生やしていた。
その効果は、道化が操るアニメイテッドにも一部似ているが。本質的には別物だ。格闘で最強な戦う舞姫が、自らの武勇を誇らずに仲間を支えたいと願い修錬を重ねた結果。世にも稀な、他者サポート型のオーロラブーストに結実したのだ。
「あれは、ワタシの…!」
「技を盗ませてもらいましたよ、道化さん!」
勇者の落日のとき。ミキの
道化が鎖を通じてミキを拘束しようとするも、そのつながりを逆用されて妨害を受けた。だからエネルギー供給カットを覚悟の上で「へその緒」を切った。
その体験は、ミキが新たなオーロラブーストを編み出す着想を与えていたのだ。
どんな失敗でも、手痛い挫折でも、忘れたい過去でも。それは必ず、未来を切り開く武器になる。
「地球には、シンクロナイズドスケーティングって競技があってね。まだまだ、発展途上なんだけど」
新たな切り札を閃いたとき。コーチのミハイルに相談したミキは、彼からそんな話を聞いていた。
「集団で動きを合わせて、フィギュアスケートの演舞を披露する。今度の星霊光臨祭の演目に、ぜひ取り入れたいですね!」
地球でのクリスマス、正確には
今、マリスたち夢渡り組が目を見張って注視しているミキたちの戦いは。その祭りの縮図そのものだった。
巨体の割に、巨狼も素早いが。ミキのサポートを受けた三人の動きは、元が経験の浅い予備役冒険者と、手足の短いドワーフとは思えないほどに滑らかだ。
こうなると、小回りの効く冒険者たちは四方八方から敵を引っかき回し混乱させ。まるで牛にたかるアブのようだが、しかし決して非力ではない。
ミキの蒼の民としての眼力が、他の三人にアニメイテッドの弱点を指し示し。
ゾーラの戦鎚が、オグマの刻魔剣グラムが。そしてユッフィーの大鎌に変化させた夢尽杖ヨルムンドが、ミキが両手に形成した氷の
道化も次々と糸を再生させるが、次第に回復が追いつかなくなってゆく。
◇◆◇
「オーロラブースト『
ミキと同時に、ユッフィーもボルクスと練り上げた切り札を発動させていた。
一人の姫と、一匹の夢竜の周囲が。万華鏡のような幻想空間へと変わる。強大な夢の力が、現実を塗り替えているのだ。その中に浮かぶ、一人と一匹のシルエット。
「人と竜の力を、今こそ合わせるとき」
ユッフィーの影が、ボルクスの影を抱え上げて鼻先にキスをした。すると両者の影が重なりあい、一つとなる。
ユッフィーの頭から、ボルクスのカールした山羊角が両脇に生える。背中にも夢竜特有の蝶の羽が生えて、周囲に放たれるドリームエナジーが爆発的に増加する。
最後に竜の尻尾が生えて、一人と一匹は融合を果たした。先端がハート型になっている尻尾は、どことなく
ユッフィーのまとう衣装も、手足の鎧は白銀色から黄金に。ドレスとその下のレオタードも金糸で織られたものに変わってゆく。あたかも戦うヒロインの変身シーンの如くに。中の人がおっさんでも、魔法少女になれる時代だ。
「あれぞ、あまりの貪欲さのために竜と化したドワーフ…ファフニール」
黄金の竜姫。そう形容すべきユッフィーの姿を見て、オグマがつぶやいた。
地球のファンタジー系の創作物では、ドラゴンの一種とされるファフニールだが。元を正せば、古のドヴェルグのひとり。竜に変身するドワーフは、ありそうで無かった
そのファフニールの名を、切り札に冠したユッフィー。中の人イーノは、果たしてどんな「貪欲な」望みを抱いているのか。元からドワーフっぽいと自認する彼らしいセンスかもしれない。
「『黄金を抱く者』の真価、ご覧あそばせ!」
ミキとユッフィー(中にボルクス)。オグマとゾーラ。四人と一匹の、奮闘の末。
ユッフィーが飛びかかってきた巨狼の突撃を、その小柄な身体一つで受け止める。30m級の巨体を、身長わずか120cmの女の子がである。うわようじょつよい。無論、格闘に秀でたミキのサポートあってのものだが。
「糸を切っても再生するなら。しばらくそこで、黄金になっていて下さいませ」
単なる怪力とは思えない、理由のつかない不思議な力で抵抗を封じられた巨狼の鼻先に、ユッフィーが抱きついた。
よくあるドラゴンの典型的なイメージに、洞窟の奥にいて金銀財宝を抱え込んでる印象があるが。ユッフィーの場合はハグだった。
「…あ!」
ゾーラが見ている先で、巨狼を操るアニメイテッドの糸が金色に染まっていく。
邪眼による石化ではなく、ギリシャ神話のミダス王が受けた呪いを想起させる黄金化の力。例によって氷像本体はそのままだが、弱点の糸は黄金化に抗えない。
「ゾーラ様のおかげで、とっさに思い付きましたの」
「お役に立てて、何よりっす」
ユッフィーも、最初からこの手を用意していたわけではない。鏡で反射されない、邪眼に近い無力化の手段を求めた結果たどり着いた答えだった。
「動きさえ鈍れば…!」
巨狼に向かって、滑走で勢いのついたオグマが跳躍する。漆黒の長剣グラムを振り上げると、思い切り額の赤い結晶へ叩きつけた。
案の定、後から生えてきた部位だけあって。結晶はアニメイテッドの本体と違い、オグマの一撃で容易に砕け散った。
身動きの取れない巨狼が苦しみ出す。
そう思った途端、前足が元の女神像の手に。恐ろしげな牙の並んだ口が女神の端正な顔立ちへと戻ってゆく。
「オオカミさんが、めがみさまになっちゃった!?」
元の経緯を知らないパンからすれば、そうなのだが。
「こっちの道化は、あんなことやってたんだね」
道化の分身体は、本体が滅びた今でもあちこちの異世界で暗躍している。マリスとマリカもまた、色々な個体を見てきたのだろう。
「ミキちゃ〜んっ!!応援に来たよっ」
巨像を無力化させたミキたちに、レティスが手を振る。
見上げれば、屋根の上にはベビードールにパジャマやネグリジェ。一見して現実感の薄い、明らかに精神体と分かる四人の女子が。彼らには寒さも、遺跡の呪いも関係ない。
「…もしかして、レティちゃん!?」
「おおっ、絶景かな」
思いがけない再会に驚く、ミキの隣で。
オグマが、マリスのセクシーな黒のベビードール姿に鼻の下を伸ばしている。
しょうがないなと、オグマの後ろでエルルとユッフィーが顔を見合わせて笑った。
「ほらほら!早く助けに行ってあげなよ」
「あたしも手伝うよ、ユッフィーちゃん」
マリスに急かされて。ミキたち四人は、エルルの所へ急ぎ滑走してゆく。
「助かりますの!マリカ様にマリス様、それと…」
「レティちゃんと」
「パンちゃんだよ!」
さすがに、会うなり「変なおっさん」呼びを控えてくれたマリカに。
ユッフィーの中で、内心ほっとするイーノだった。
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