2.そして、私たちは
トーマ兄ちゃんとユズ兄ちゃんがミュービュリに帰ってしまった後――私は一度だけ、ミュービュリにいるユズ兄ちゃんに問いかけた。
私が気づいた時にはシルヴァーナ様によって二人が帰ってしまった後で……どうしてるのか、とても心配だったから。
“大丈夫……僕が、トーマを見守るから”
“シャロットは、シィナを助けてあげて”
「うん……」
“シャロットもまだ甘えたい年頃なのに……ごめんね”
「……大丈夫」
ユズ兄ちゃんの台詞にちょっとドキッとしたけど、私は慌てて首を横に振った。
そんな不安そうにしてたのかな、私。
これからのウルスラを自分たちで築いていくって……意気込んでたはずなのに。
“何かあったら――僕を呼んで。必ず、力になるから”
「ユズ兄ちゃん……」
胸の奥がほわっと温かくなる。涙が出そうになるほど嬉しかった。
でも……ユズ兄ちゃんは、イファルナ女王に警戒されている。
私がユズ兄ちゃんに連絡を取ることは、きっとよくないよね。
でも、どうしても仕方がないときは連絡してもいいんだって思ったら、何だか少し気が楽になった。
「わかった。ありがとう、ユズ兄ちゃん」
笑顔でそう言うと、ちょっと安心してくれたのかユズ兄ちゃんも微笑んでくれた。
「でも……これでよかったのかな? こんな一方的に離れ離れになって……しかも憶えていないなんて」
“もしトーマが憶えていたら、どんなことをしてもそっちに行くと言ってきかないと思う。とてつもない無茶もする。……だから、多分……先のことは分からないけど、二人にとって必要な時間なんだと思うよ”
そう言うと、ユズ兄ちゃんは誰か――多分トーマ兄ちゃん――に呼ばれたらしく、「ごめん、切るね」と言って映像が途切れた。
そうなのかな……本当にそうなのかな?
でも――時の欠片を継承する器をもたない私には、何も言えない。
私が女王になるから、シルヴァーナ様は自由にしていいよって、言えたらよかったのに。
「そうね……」
シルヴァーナ様の声で、ふと我に返る。
顔を上げると、キラキラとした笑顔のコレットとは対照的にとても淋しそうに微笑んでいるシルヴァーナ様の姿が目に飛び込んだ。
「ユズなら、いつか会えるかもしれないわね」
シルヴァーナ様が私の代わりにそうコレットに答えると、コレットは嬉しそうに
「わーい、楽しみー!」
と言ってにこにこ笑った。
コレットとは裏腹に、シルヴァーナ様の表情がさらに曇る。
「ごめんなさい、コレット。私が儀式に失敗しなければ……コレットは女王にならずに済んだかもしれないのに……」
儀式――結契の儀式。
女王が即位したあと、必ず行う儀式。
私にはあんまりよくわからないんだけど、それが済んで何ヶ月か経つと女王は女の子を授かるんだって。
シルヴァーナ様はあまり乗り気ではなかったみたいだけど、それが女王の血族の重要な仕事だから、拒みはしなかった。
いつもは私やコレットも仕事を手伝うけど、その儀式だけは手伝わせてもらえなかった。
イファルナ女王が神官にテキパキ指示している横で、まるで抜け殻のように虚ろな表情をしていたシルヴァーナ様が、妙に印象に残っている。
だけど……赤ちゃんは授からなかった。
シルヴァーナ様の母上のエレーナ様も、シルヴァーナ様を生んだのは40歳のときだったって聞いた。
だから、神官たちはシルヴァーナ様も子供を授かるのは難しいかもしれないって言ってた。
このままシルヴァーナ様が子供を――欠片を継承できる器のある娘を生まなければ、女王になれるのはコレットしかいない。
そのことを言っているんだと思う。
「え?」
コレットがきょとんとした顔でシルヴァーナ様を見上げた。
「私……女王になりたいよ?」
「えっ?」
コレットの答えに、今度はシルヴァーナ様の方がきょとんとしていた。
コレットがお菓子をポリポリ食べながらニコッと笑う。
「シルヴァーナ様の即位式のときね……シルヴァーナ様、すごく奇麗でね、バルコニーから手を振ったとき、みんなが笑顔になったの。泣いているおじいさんとかもいたの」
「……」
「それでね、私もね、大きくなったらみんなに手を振ってね……それでね、みんなを笑顔にするんだー」
シルヴァーナ様はハッとしたような顔をすると……少し涙ぐんだ。
「シルヴァーナ様、どうして泣いているの?」
コレットが不思議そうに聞く。
「いいえ……」
シルヴァーナ様は涙を拭うと、そっとコレットの頭を撫でた。
「コレットに大事なことを教えてもらったのよ。女王はウルスラの象徴だから……笑顔でみんなを見守ることも重要な仕事なのね……って」
「うん!」
「私は……いつも、間違えてばかりね」
そう呟くシルヴァーナ様は……少しだけ、悲しそうだった。
シルヴァーナ様は、女王としてすごく頑張ろうとしてる。
でも……見ていて、何だか切ない。
ねぇ、ユズ兄ちゃん……本当にこれでよかったの?
* * *
「シャロット。……大事な話があるの」
コレットが神官に呼ばれてしぶしぶ部屋に戻り……私はシルヴァーナ様と二人きりになった。
いつも扉の前に控えている神官もいなくなる。シルヴァーナ様が人払いを命じたからだ。
……何があったんだろう?
「剣について、何かわかったことはある?」
神官が遠ざかる気配を確認したあと、シルヴァーナ様は小声で言った。
「ううん、まだ。あの書庫……だいぶん放っておかれてたみたいで、年代順にもなってなかったから……」
「そうなの……」
「でも、前に見つけた本には祠とか東の塔と西の塔からの抜け道については書いてあったけど、肝心の剣については書いてなかった。……っていうよりね、何か破ったような跡があって……誰かが意図的に捨てちゃったんじゃないかなって……」
「んー……困ったわね……」
「シルヴァーナ様、何かあったの?」
「……」
シルヴァーナ様は黙ったまま、ティーポッドからお茶を注いだ。
私はそのまま、次の言葉を待った。
シルヴァーナ様はふう、と溜息をつくと、お茶を一口飲んだ。
「……予言が、あったの。まだ……神官にも伝えていないんだけど……」
女王が受け取った予言は神官に伝えられ、神官から民に伝えられる。――女王の秘密に関わること以外は。
つまり、民に伝えるのを躊躇してしまうような内容だったんだ。
「……あのね……」
シルヴァーナ様が躊躇いながらも口を開く。
“ウルスラが闇に覆われる
もとの場所へ還る 異国の民と共に”
「……えっ!」
ウルスラが闇に……。えっ?
ちょっと待って。どういうこと!?
「だって、剣は、祠に……」
「イファルナ様がご存命の間は大丈夫だとは思うの。でも……多分、あまり長くないのではないかと……」
シルヴァーナ様が両肘をテーブルにつき、頭を抱えた。
「この予言の前半部分は……イファルナ様にもしものことがあったら剣が再び暴れ出すってことだと思うの。だから……どうしたものかと……」
「うーん……」
だからと言って、イファルナ様が死んだら剣が暴れるから気をつけてね、なんてことを神官や民に言う訳にもいかない。
イファルナ様が死んだ時のために事前に準備を進めるというのも不敬だし……。
それに、剣が暴れたら……今度はどうしたらいいんだろう。
トーマ兄ちゃんは、もういない。あの剣を持てるのは、トーマ兄ちゃんしかいないのに。
シルヴァーナ様でも結界は張れると思う。でも、闇を再び剣に封じ込めることはできない。
「だからこれは、私とシャロットの二人だけの秘密よ。どうやって被害を最小限に留めるか、一緒に考えてほしいの」
「……うん」
女王が授かる予言は、
ウルスラが闇に覆われるという事態は、避けられない。
それを防ぐことは無理――つまり、そうなったときに対応するために、どのような準備をしておかなければならないか。そのことを、考えなければ。
前は、母さま自身にとり憑いたから、王宮内だけで済んだ。母さまは民に対してはきちんと女王代行の務めを果たしていたし、あの騒動については四つの国にも完璧に伏せられている。
だけど、今度はそうはいかないのかもしれない。「ウルスラが」って言ってるんだし。
でも……。
「あの、後半部分の意味は? もとの場所へ還るって……」
「そうね……。だから、剣について何かわかったことがないか聞きたかったの。もとの場所がどこを指しているのか知りたかったのよ。でも……シャロットも知らないのね」
「うん。古文書ではまだ見てない。全然調べられてないから、何とも言えないけど……」
「もう一つの『異国の民』っていうのも、とても気になるの。大変だと思うけど、調べてみてくれないかしら?」
「わかった」
お茶を飲み干すと、私はすっくと立ちあがった。
シルヴァーナ様は「でも根を詰めすぎないでね」と言いながら、部屋から出る私を見送ってくれた。
それにしても……『もとの場所』も気になるけど、それより『異国の民』ってなんだろう。
まさか、ミュービュリのこと?
それとも……ウルスラの外には見知らぬ国があるってことなのかな? その国の人が剣を持ってっちゃうとか……。
そこまで考えて、私はぶんぶんと頭を横に振った。
とりあえず調べなきゃ。不安に感じてる場合じゃない。
私は女王にはなれない。でも――私にしかできないことがある。
今は……一生懸命に書物を調べて、シルヴァーナ様の――ウルスラの役に立つことだ。
そう強く心に決めて、窓の外を見る。
ウルスラ王宮の中庭。
色とりどりの花が咲き乱れ、素晴らしい香りを運んでくる。
予言の実現までどれくらいの時間が残されているのかは分からない。
でも、頑張らなきゃ。
――この、美しい国を守るために。
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