5.なかなか一筋縄ではいかないようだ
夜になったが、町の方はまだ賑わっていた。
俺とホムラがいる周辺ではいくつかのテントが立てられ、すでに寝てしまっている連中もいるようだ。
ふいに、町の方からバサバサッという音が聞こえ、カリガが飛んできた。ホムラの膝に止まる。
「キキッ」
何か紙切れがついている。
「おっせーな、あいつは。楽しむ前に連絡寄こせってんだ」
ホムラが文句を言いながら紙を開いた。一通り目を通すと
「……情報は確かだな」
と呟き、俺に手渡す。
見ると、そこにはエンカが今いる場所と、反乱軍のリーダーの風貌と名前、居場所が書いてあった。
そして下には「明日の昼に迎えに来てくれ」という伝言も。
「……で、どうする?」
「うーん……」
さっき現れた、三人の男の話を思い返す。
今、俺たちが居るこの町はエークと言って、さっき現れた男たちはエークの町長の次男とその手下だった。
反乱軍を実際に指揮しているのは長男のモンスという男で、ここよりさらに西のドーという町にいるらしい。今はそこが内乱の前線で、数が足りないのでエークの町から民を募り、ドーに向かわないといけないらしい。
しかし、さっき俺にからんできたようなゴロツキもいてうまくまとめられずに困っているということだった。
それでこのエークの町をまとめるリーダーになってくれ、というのがさっきの男たちの依頼だった。
しかし、俺たちの目的は領主ルフトに囚われているフェルティガエを救出することだ。屋敷にさっさと潜入できるんなら反乱を推し進める必要はない。
第一、反乱なんてその土地の人間が成し遂げなければ意味はないし……。だって、成し遂げたあと俺がこの町を治められる訳でもないからな。
そんな訳で、俺は男たちの依頼は丁重に断った。
「反乱軍がルフトを刺激してベラとレジェルに危害が及んでも困るし……モンスには会った方がいいかもしれないな」
「なるほどな」
ホムラはその場にごろりと横になった。
「じゃあ、明日はドーに向かって出発するか。ソータはテントを使っていいぞ」
「ありがと。後で交代するよ。……それにしても、エンカは何で明日の昼まで帰って来ないんだ?」
俺が首を捻っていると、ホムラは
「あいつのことだから、ちゃんとしたベッドで寝たいってだけだよ」
と呆れたように言った。
* * *
「あ、こっちこっち~」
昨日のメモの場所に行くと、エンカが機嫌よさそうに手を振った。
「……ったく、我儘な奴だな」
ホムラが不機嫌そうに呟く。
「いやー、野宿が続いて身体が痛くてさ。久し振りにちゃんと眠れてよかった、よかった」
エンカは屈託なく笑う。……何だか憎めない奴だ。
「それに、ちゃんと聞き出してきたからな」
満足そうにそう言うと、エンカはダマに乗り込んだ。俺もその後ろに乗る。
俺たちはエークの町を出て、ドーに向かって出発した。
町を離れてしばらくしてから、エンカは昨日の出来事を語り始めた。
「えーと、昨日一緒にいたのは俺が適当にナンパした女性なんだ」
「えっ! 商売してる女じゃなくて?」
「そう。俺、玄人には手を出さない主義。裏に何があるか分からないからね。それに、全然面白くないじゃん」
よくわからんポリシーだが……まぁ、そうか。ハールの領主の息子だもんな。
「ナンパって言っても、酒場の女店主でね。たまたま入ったらさ、すごく奇麗なおねーさんでさ。それで、酔った客にからまれて困ってたから当然助けたんだ。で、反乱軍に加わろうとして集まったゴロツキに手を焼いてるって話でさ。でも、今日モンスの部下が来たからどうにかしてくれるかもって言ってたから、その場所に案内してよってお願いして……で、そのときにソータの乱闘に出くわしたんだ。だからすごく助かったよ。俺とソータなら今のこの町の状況を何とかしてくれるかもしれないってすごく期待されて、すっかり信用してくれたからさ。それで、話が終わったら、夜にご飯食べにおいでよーってなって……」
「おい」
俺は思わずエンカの話を遮った。
「その、おねーさんの話はいいんだよ。モンスの部下に会った話をしろ」
「あ、そうだった」
エンカはハハハッと楽しそうに笑った。
「えーと、エークの民をまとめるよう次男に頼んだがなかなか来ないから派遣されてきたって言ってた。今、前線は領主屋敷の手前まで来てるみたい。ルフト側の兵士は結構倒したから、人海戦術でぐるっと囲みたかったらしいんだよ。それで人数が必要だったみたいだ」
「ふうん……思ったより進んでるんだな」
「でもさ、不思議なことに領主屋敷の入口が見つからないんだってさ。兵士が塞いでるってだけじゃなくて、どっからどう見ても、入る所がないんだって」
「……
「そうなの? ……あ、そうか。あのハールの戦いで、そんなフェルティガエに助けてもらったもんね」
つまり、領主に命令されてベラがかけてるってことだな。
「それと……その兵士もさ。だいぶん減らしたんだけど、残りの兵がさ、倒しても倒しても復活するらしくてさ。これって……あの、カガリのときと似てない?」
「……そうだな」
――ということは……やっぱり、闇にとり憑かれてるってことだよな。どこから出てきた闇なんだ?
「それで、一応俺の身分は明かして、モンスと会いたいってことは言っておいた。ドーの町の中央にある、一番大きい酒場の上にいるはずだって」
「そうか……。ありがとう」
俺だとここまで情報を手に入れることはできなかっただろう。
さすが、としか言いようがなかった。
「おい、エンカ」
それまで黙って聞いていたホムラが口を開いた。
「お礼に飯に呼ばれたんなら、ソータもだろう。俺はいいが、何でソータを呼ばねぇんだよ」
「えー、だって邪魔じゃん」
エンカは口を尖らせた。
「そこから先は俺がご褒美をもらう番だろ? ソータがいたらオトせるものもオトせなくなっちゃうよ」
「……遊びに来てんじゃねぇんだぞ」
「それぐらいの潤いがないと、俺、もたないよ」
「ったく……」
ホムラはやれやれというように肩をすくめた。
二度ほど夜を迎えて、さらに西に進むと……辺りの景色が変わった。
田園風景のところどころに家が建っているのが見える。さらに進み……やがて、いろいろな店が立ち並ぶ場所に来た。
ここが、ドーの町のようだ。エークの町より少し小ぶりだが、結構にぎわっている。
さらに西の、領主屋敷がある方角を見上げて、俺はギョッとした。
――闇が纏わりついている。
前の、アブルのときと一緒だ。祠に引きつけられず、広がっているのでもなく、一つの場所を取り巻いている感じ。
多分、ルフト自身にとり憑いているということだろう。引き付けている本体が居るとすれば、それしか考えられない。
「……多分、ルフトはもう駄目だな」
俺がボソリと呟くと、ホムラがギョッとしたように俺を見た。
「闇か?」
「ああ。アブルのときと同じだ」
「……」
あの戦で闇と共に自我を無くしてしまったアブルは、結局一年後に死んだ。最後まで泣きも笑いもせず、ただ息をしているだけだった。
ホムラはそれでも、そんな弟にたびたび会いに行っていた。最期のときも立ち会ったらしい。
そのときのことを思い出したのだろう、眉間に皺を寄せ、口の端を下げて渋い表情をしていた。
俺たちはダマを降りて町を歩き始めた。町の中央の酒場とやらを探す。それはすぐに見つかった。
……かなり嫌な緊張感を発している場所だ。
ホムラは酒場を見上げて
「うーん……」
と唸ったあと、エンカの方に振り返った。
「エンカはダマを見てろ。俺とソータで行ってくる」
「えっ! 何でだよ。だいたい、俺が約束を取り付けたんだぞ」
「お前の多節棍は屋内には不向きだ。ここで見張ってろ。そして、この店に誰も入れるな」
ホムラはそう言うと、ずかずかと店の中に入って行った。
確かに、ビンビンに警戒している感じだ。
エンカがどういう風に約束を取り付けたのかは分からないが……闘いになりそうな予感はする。
俺もホムラの後について入った。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥にいた愛想のよい男が俺たちを出迎えた。
「モンスと約束があるんだが……上にいるか?」
単刀直入にホムラが言うと、周りが急にざわついた。
店主らしい男が張りついたような笑顔を浮かべたまま、黙り込む。
「エークの町で、俺の甥のエンカが伝えたはずなんだがな」
「!」
その場で飲んでいた連中がガッと立ち上がった。
「やっぱり!」
「ハールだ!」
「ラティブを守れ!」
口々にそう言うと、俺とホムラを取り囲む。
「何か誤解があるみてぇだがな。俺たちは……」
「うるせぇ!」
ホムラの言葉を待たず、一人が棒で殴りかかってくる。
「……!」
ホムラは避けて男の腕をとると、ギリッとねじった。男の手から棒が転がり落ちる。
「イテテ……!」
「話を聞け」
「そいつを離せ!」
別の男がホムラに素手で殴りかかる。ホムラは捕まえていた男を向かってきた男に突き返した。殴りかかろうとした男が慌てて仲間を支える。
「ソータ、やるぞ」
「……ほどほどにな」
溜息をつくと、俺は男が落とした棒を拾って構えた。
俺たちはこいつらの敵になるつもりはないし、殺す訳にはいかない。おとなしくなってくれればいいことだしな。
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