エルフの村 (4)

 



 結婚式が始まった。村人総出でボートや飼い慣らした海の生き物に乗り、環礁の外に出る。夕凪の海は穏やかで、水面はキラキラと光っている。私とクローサーはおババ達と大きめな船に乗り、式が始まるのを待った。


 先頭のカズラはボートから降りると、水面に立った。驚く私にクローサーがシッと指を口に当てた。白無垢姿のヒスイの手を引いて、同じように海面に立たせ、私たちに背を向ける。そのまま夕日に向かって滑らかに進むと止まり、手を繋ぎ見つめ合うとそのままゆっくり海に沈んで行ってしまった。驚く私とクローサーに長老は静かに頷いた。


「マンタを使い、海の底にある祭壇に向かったのです。大丈夫、我々は海の民。子供の頃から水と戯れるので、少しの間息を止めることには長けています」


「驚きました……海底に教会があるので?」


「ええ、先祖が波に荒らされないようにと祀りました。水底で根を張る海藻やサンゴは海の森です。森は神聖な場所、女神様と世界樹の恩恵は水の中にもあります」


 感心するクローサーは少し興奮しているようにも見えた。綺麗なものや珍しい光景が彼は好きなんだと思う。私は船の縁から海中を覗こうとしたが、青すぎて奥底は何も見えない。


「祭壇でなにしてるの?」


「死んで生まれ変わって来ているのです。本当に死ぬわけではありませんよ? 本来白い着物とは、祭事に使われる色。赤ん坊の産着や死者の死装束……白無垢とは結婚前の自分は一度死んで、生まれ変わるという意味を持っているのです」


 クローサーがぼんやりとした顔をしておババを見上げた。


「一度死んで生まれ変わる」


「ええ、その意味も込めて私たちの教会は息を止める水の中にあります。そろそろですね……」


 二人が沈んだところから泡が浮き上がってきて激しくなる。海面に影ができると、二人が勢いよく空に跳ね上がり夕日の光を逆光に浴びた。空気に当たると真っ白だった白無垢がゆっくりと溶け、刺繍が残って青いドレスに様変わりした。


「白はあなたの色に染まる、婚家に嫁いで生まれ変わることを意味しているのです。今あの子は生まれ変わりを遂げました」


 歓声と共に水しぶきを豪快に撒き散らし、平べったいマンタが二人を背中に乗せ海面に着地した。


 水に濡れて光輝く貝子糸の綺麗な模様を描き出した長いドレスを着て、ヒスイ達は住民に手を振りながら戻ってきた。その煌びやかなワンピースの模様とレースのヒラヒラに私はまた心を奪われた。クローサーが話しかけていても私はしばらく気づけないでいた。


「ピグミ大丈夫か?」


「……うん、すごかった」


「ああ。素晴らしい光景だった」


 二人で夕日を眺めながら夢見心地だった。船は村へ戻り、海底の教会から離れて行く。


 ポーッとした顔のクローサーを見上げた。潮風が髪を揺らし、瞳に映る夕日を眺めた。一度死んであなたの色に染まる……おババの言葉が頭から離れなかった。



 宴会は村の中心の筏を繋げあった水の上で行われた。夜のハートロックの海底は宝石サンゴで光り輝き、美しい夜だった。


 私はまた夢中で宴会の食事に食らいつく。エルフの里は鱗の美しい魚料理が多く、真珠や貝殻を使い見た目も繊細な料理は崩すのがもったいないほど美しい。


 ドワーフの達の宴会のように騒がしくはなかったが、潮風の吹く場所での酒は人を気持ちよく酔わせてくれている。クローサーも珍しく酒を飲んで、気持ち良さそうにその場の雰囲気を楽しんでいるようだった。


 足を伸ばして満天の星を見上げるクローサーは、私が串に刺さった魚を食べながら彼の髪をいじって遊んでも無反応でどこか上の空のようだ。


 二人でいると、海からの光を反射させた青いドレスを着たヒスイが裾を引きずらせながら現れた。裾がこすれると貝子糸の青い模様が生きているように蠢いて美しかった。


「どう? 楽しんでくれてる?」


「うん、魚の肉もうまい」


 カズラもやって来て、新しい料理を運んできてくれた。クローサーは大人しく、酒に酔ったのかぼんやりとしている。何か考え事をしてそうな瞳はサンゴ礁からの発光を受けて薄く光をともしている。


 追加の酒を受け取ったヒスイがお礼を言ってカズラの唇に自分の唇を合わせた。


「ねぇ、それなに?」


「ん? キスのことかしら?」


 二人は寄り添って座り、カズラがヒスイの肩に腕を回した。


「そうね……大事な人への挨拶、好きですよって合図かしら?」


 見つめ合って二人は微笑みあった。ヒスイとクローサーは似ていると思ったが違うようだ。どちらも美しい笑い方だが、ヒスイの笑い方は幸福に溢れ自信に満ちている。クローサーのは逆だ、儚くて美しい。私達奴隷は命だけが自分のものだった。体も労力も主のものだったが、空腹から逃れるため、死なないよう命は守った。彼は、捨てず、捨て方もわからず彷徨う。その命の灯火の弱い事、頼りないことが儚い。


「夫婦は一番近くにいるパートナー、キスは心を込めるからとても大事よ。言葉は言霊、魂を持つ。言葉は口から出るでしょ? 接吻は魂を分け合う。命をあげてでも側で生きて欲しいってね」


「そうか……夫婦って命をあげれる、パートナーのことか」


「まぁそうね。命を一つにして生きて行くのよ」


 ヒスイがカズラの肩に頭を乗せ、寄り添う。私は串を置いて立ち上がり、体を跨いで上の空の彼の顔を両手で掴んだ。


 上を向かせるとクローサーの瞳に一瞬光の線が通り過ぎた。私の頭の後ろの夜空に流れ星が流れ、彼の瞳に写ったのだろう。その瞳から目を逸らさず、私はキスをした。自分の唇から彼へ魂を移した。


 固まったままのクローサーが目を見開いた。目に光が宿ると私の肩を掴み、ジタバタして離そうとするが私は渾身の力で彼の頬を挟んで固定した。しばらくそうしていて、もう充分だろう時に顔を離した。


「な……っ何をするんだピグミ!?」


「目が死んでたからピグミの命をあげたの、生き返ったでしょ」


 意味を解釈できない顔でクローサーが眉を顰めてヒスイたちを振り返った。二人は手を叩いて声をあげて笑っていた。


「アハハ、年の差もあるんだから命を分けてもらいなさい。なんて素敵な光景だったのかしら。可愛いカップルの誕生ね」


「よしてくれ、ピグミに変なことを教えるのは」


 茶化す二人にクローサーは口を曲げている。機嫌が悪い彼の頭を両腕で包み込んで後頭部を撫でる。私が機嫌を崩すと彼がしてくれたように。


「クローサーがピグミを土から剥がして生き返らせてくれた。俺と生きませんかって言った」


「いや、ピグミ待て……そういう意味じゃない」


「一度死んで人は夫婦になる、そうでしょ? クローサー、ピグミの命で生きて」


 目を極限まで見開いたクローサーにまたキスをしようと迫ったが、腕を突っぱねて拒否される。私たちの力づくの攻防をヒスイとカズラは声をあげて笑う。


「いいじゃないの、ここは愛の聖地。誓いを立てるにはいい場所だわ」


 エルフ達の宴会は続く。私の誓いを祝うように、水面に流星がいくつも走り、海の彼方に降り注ぐ。星よ、世界中に知らせて。彼は私だけのものだと、ずっと一緒に寄り添うと。



 

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