エルフの村 (2)
舳先に立って先導するエルフについて行く。クローサーも同じように立って船を漕ぎ、女と言葉を交わしていた。二人の背中は何処か似ていた。大人の男と女……私は三角座りをして自分の小さな体を丸め二人の会話を聞いていた。
「自己紹介がまだだったわね、私はヒスイ。さっきも言ったように今この村は立て込んでてね、それも後二、三日で終わるんだけど。旅人を家に上げなかったのも、その儀式に魔を招くと言われてるからなの」
「それはすまない、服を縫ってもらったらすぐ退散しよう」
「いーえいいのよ、あなた達は村の賓客として迎えることにするわ。素晴らしい贈り物を届けてくれたんだから」
女は振り返って白い歯を見せて笑う。優しい穏やかなクローサーの笑みと違い、笑みに迷いがなく清々しい。まっすぐに生きている、そんなイメージを持っていた。
村は入り口から扇型に広がっていて、中心に案内された。他の藁葺き屋根の家より大きくて立派な家屋は三軒ほど橋で繋がっていた。船を縄で停泊させ、梯子を登り藁葺き屋根の家の中へ招かれた。
「おばあ! 聞いて、この旅人達が青色の糸を持っていた! 賓客として迎えるけど良いかしら?」
ヒスイが駆け寄る先に、おばぁと呼ばれた小さな老婆が一段上の座敷にいて、針を持ち裁縫をしていた。ゆっくりとした動作で顔を上げるが、その瞳は白く濁り、虚ろに宙を見上げた。老婆はシンプルな服装だったが、その服の装飾は色とりどりの模様が描かれていて目を引いた。
「では、儀式に必要なものは揃ったのですね」
「ああ! しかも貝子糸だ、この上ない極上の青。この先の海とよく似ている」
「おカイコ様かい。それはよい巡り合わせだ、旅人の方……粗末に扱い申し訳ありませんでした。二日後の儀式で皆ピリピリとしておりましたが、あなた方のおかげで解消されました。手厚く迎え入れたいと思います」
目の見えない老婆に、クローサーは跪いて頭を下げ挨拶をした。
「昨夜は無礼な訪問にも関わらず、この子の治療をしてくださり感謝申し上げます。聖地と名高いこの地でしばらく傷が治るまで滞在させていただきたい」
「許可します。ハートロックの地へようこそ」
真似をしてクローサーの横に膝を折って正座していたが、わからない単語が出てクローサーを見上げた。ヒスイが老婆の周りにあった布を一枚大事そうに抱え、私の前に持ってきた。
「この水上集落は海からの波を塞ぐように珊瑚が囲んでいるの。それが自然にハートの形をしているのよ、ハートの形の意味は知ってるわよね?」
女が持ってきた布には、森の木の上で見た海に囲まれたあの不思議な形をしていた。糸で作られたこの村の形は幾何学模様を描き見たこともない複雑で美しい光景が布の上にあった。私は言葉を失い、その模様に目を奪われた。
「綺麗……」
「この子は砂漠の先の地で保護した子です。あまり世間を教えられずに育てられたようで」
「そうなの……それで耳が」
ヒスイの顔が曇り、私は染色された耳を動かした。太陽の笑顔が陰ると少し不安になる。
「ピグミ気にしてない。この耳の色があったからクローサーが見つけやすかったんだと思う」
頭の獣耳を左右に動かし、横に座るクローサーの悲しげな顔を叩いた。糸をまた引っ張り出し、おババの前に持って行った。
「みんな耳の方を気にするけど、ピグミは奴隷の服の方が嫌。オババ縫って」
オババは大量の糸のいくつかを拾い、触れて撫でて臭いを嗅いだ。頷きながらドワーフがくれた服も調べてくれた。
「とても上質な糸。ドワーフの土魔法が込められていますね。服も大丈夫です。我々エルフは機織り作業に長けていて、この糸で破れて足りない布も作りましょう」
「布も作れる?」
「ええ、我々は女神様から状態異常の魔法をギフトとして頂きました。その力を込めつつ機をおります。さらに上質で強固な魔力を込めた布を作れるんですよ」
おババの顔を見上げた。視界には映っていないだろうがその目を見つめた。糸が、布になる。細い線の束は服にはならないが、より集まればあの可愛い服に近づける。
「半分糸あげるから、布にして。ピグミはヒラヒラした布の服が着たいの」
「まぁ、そんなことでよろしいんですか? 確かに糸は不足してますが、ちゃんとお金で買い取ろうと」
「いらない、布がいい」
おババは近くにいるクローサーの気配を探して狼狽した。
「青い糸をご所望でしたからヒールのお礼にそちらは差し上げようと思っていましたが、よろしければ他の糸も受け取ってもらえますか? 布にしていただくのは大変な労力でしょうが」
「嬉しいわ! ここは海からの行商人がたまに来るくらいで繊維の素材が少ないの、糸は特に私たちの娯楽よ。村人総出で布を作ってあげる。本当にお金を払わなくていいの?」
私は頷いてヒスイに親指を向けた。
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