ドワーフの村 (3)

 



 糸の染色を頼み、村の中心に戻ると女性陣に手を掴まれクローサーから引き剥がされそうになった。


「湯浴みの準備が出来たわ。疲れた体を癒してちょうだい」


 私は彼に抱きついて首を降った。


「ピグミ、大丈夫だ。綺麗にしてもらって来い」


 私は彼の腰に顔を埋め首を振った。さらに力を込め、引き離されないようにした。


「……すまない、この子の湯あみは任せてくれ。まだ人里は慣れていない」


「そう、わかったわ。任せるわね」


 村で用意された風呂は木の上にあり、木が光を求めて歪曲したものの深いくぼみを加工して浴槽になっていた。滝の水を貯め太陽の光で温められたものだそうだ。


 暖かいお湯に体を浸からせることに一瞬驚いたがすぐに体は湯に溶け、心地よい水に体が包まれるということに癒された。


「天然の入浴剤だ、手の傷にもいいだろう」


 枝の葉が屋根になり青透明の雫の形をしたものが実っていた。立ち上がり身をもぎ取って湯に浸けると跡形もなく湯に溶けた。私の育った場所では湯に浸かることもなかったし、植物さえも珍しい。


 不思議なものだと感心した。爽やかな香りが湯気で舞い上がり肩の力が抜けた。縁にもたれ掛かり、クローサーが空を見上げた。


「いい村だな……自然にそのままに生きている」


「私はこの村に置いてかれるの?」


 私の言葉に空から顔を戻し、クローサーが湯から半分出した私の顔を見つめ返した。


「いや……ここはドワーフしか住めない。心配していたのか」


 背を向けて村を見下ろすクローサー。その背中には痛々しい程の裂傷のあとが無茶苦茶についていた。


 同じような傷は私の体全身にもあった。亜人の強みは体だ。傷は体を休ませれば回復に向かう。それを屋敷の主もわかっていた。加減を考えて体を痛めつける。


 クローサーは私のように高くジャンプはできないし、きっともっと脆い体だ。


 同じ強さでも痛みの感度はみんな違うだろう、ましてや体の弱いヒューマンだ。自分で傷を欲したのは痛みからか罪の証拠を残そうとしたかったからか……


 湯あみが終わると、ドワーフが服を用意してくれていた。簡素なものだったが、皆と同じように染色された蒼い色を持っていた。だがあの子の持つような心から着たいものではなく、あの胸を掴むような形ではなかった。


「可愛くない」


「大丈夫。糸があれば紡がれて次は布になる。そしたら自分で着たい服にもなる」


 口を尖らせて目を座らせた。素材があるだけではダメなのだと、人の営みを私は垣間見た。すぐ手に入らない、工程が面倒だとも思った。



 ***



 ドワーフの宴会は酒と笑い声に溢れたものだった。私は並べられたいくつもの種類の食事を無心で食らいついた。


 噛みごたえのあるもの、柔らかく味の濃いもの。硬いパンなどなく、濁った水に浸して食べて無理やり腹を膨らませることもない。ネズミや土の虫を見つけて飛びついて食べるご馳走では無い。


 ドワーフの住民が、笑顔で鍋をかき混ぜ、焚き火で肉汁が音を鳴らす。食事とはこんなに素晴らしいものだったのか。


 小さめな椅子に座り、クローサーがドワーフに歌を披露した。喝采を受け、ドワーフ達は機嫌が良くなりヘンテコ動きで火の周りを囲んで地面を鳴らし泥だらけになりながら、いたるところで踊り出した。長老が半ケツで踊る姿を見つけ私は吹き出した。


 疲れたのか、ズボンを直しながらこちらに近づいてくる。汗を拭きながらクローサーにお礼を述べていた。


「私達の染色技術を気に入っていただいたようで、私どもには身の余るものまで頂きました。村がまた発展することでしょう」


「ええ、大変素晴らしい技術でした。この子がとくに気に入ったようで」


「うん。自然の色っておっさんが言ってた。クローサーの髪みたいな色で綺麗。今着てるの色は好きだけどダサいから嫌」


 戸惑うようにクローサーが身を揺らしたが、長老はそうですかと何度も頷きながら微笑んでくれた。老人の瞳は火の光が反射してガラスのように光った。さっきのひょうきんな姿と違い、全て溶かしてくれるお湯のような柔らかな爺さんだと感じた。


「決められた木とこの地の泥、それが合わさるとまたとない色になってくれる。私たちの目にも見えない小さきもの達の働きがきっとあるのでしょう。不思議な作用です」


「見えないものたちの働き……」


 いつもまっすぐ目を見て話す彼が長老の話を聞き終わると顔を下げた。楽器をビン、ビンと不規則に鳴らし彼は俯いていた。


「あなたの歌声もそうですな、見えないものの魔学反応。体を自然と揺らし、活力をくれる。声は見えませんが、体に染み込みます。体に組み込まれた見えないものたちが、勝手に反応し体が踊る。あなたの素晴らしい技術です」


 クローサーは弦を不規則に鳴らすのをやめ、宴会を続けるドワーフを眩しそうな顔をして眺めた。二人の話は難しく、満腹になった私はクローサーの膝に頭を置いて休んでいた。


 お腹が満腹になると目が重くなる気持ちよさを味わっていた。彼は寝かしつけるように私の髪を撫でてくれ、それに任せるように私は目だけを閉じて優しい手つきに癒される。


「そうです……染色技術も生活に彩をつけるもの。自然の出す美しい色を忘れないもの。決して奴隷の証として人の色を決めつける為のものではありません。その子の来たあの地は特に酷かった。世界樹の怒りが大地を腐らせたのです」


「……見つけれませんでした。幼い時間がどれほど大切なものか私は知っているのに」


 歌を歌っていないのに、彼の声は悲しげ。嘆かないで、歌でしかあなたのその声は聞きたくないんだ。


 


 ***



「これが完成したものだ。手で紡いで絹糸にして染めたからな。動物性の糸が植物性の車輪梅で染められ、鉱物性の泥で仕上げる。三種をもつこの糸は丈夫な代物、孫子の代まで使えるぞ」


 出発の朝、私は出来上がった滑らかな糸の束を受け取った。ドワーフも驚くほど、カイコガイの糸は上質な素材になったそうだ。


 色味は指定した通りの深い褐色の青の他にも色を揃えてくれていた。私は少し眺めるとクローサーの鞄に押し込んだ。あの形には程遠い。糸の束は着るものではない。


 この村のドワーフの服とサンダルもくれた。誇りの技術を持ち、その色が世界を旅する。私は汗を流して笑顔で信念を持って働く職人達が印象的だった。営みというものを初めて見た村。


 そしてあの可愛い形の服。服は寒さを凌ぎ暑さを塞ぐだけのものではなかった。その衝撃は深く、私に人間性を芽生えさせていた。技術の輪っか、人の輪の最初の始まり。



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