第4話 魔女の片思い

 その少女は、俺がこの店――アヤカシ堂で働く前からの常連だったらしい。

 ウェーブのかかった見るからにサラサラしてそうな長い金髪。

 青とも緑とも言えない、不思議な色の瞳。

 色白の肌に、鼻の周辺にそばかすがあるのが特徴的だ。

 服装は真っ黒なワンピースで、フリルがついているのが上品な印象である。

 どこからどう見ても異国情緒あふれる少女が神社に来たら、俺でなくても思わず見てしまうだろう。ちなみに俺は境内けいだいき掃除中だった。

 この神社――鳳仙ほうせん神社という名前ではあるが、その実態は神社の皮をかぶった妖怪絡みの怪しい店、アヤカシ堂。

 この少女は神社だと思いこんでいる参拝客だろうか?

 少女は迷うこと無くまっすぐに社務所に向かう。参拝ではなくお守り目当てなのだろうか。

「おや、いらっしゃい」

 社務所の売り場窓口から、天馬てんま百合ゆり――鳳仙神社の巫女であり、アヤカシ堂の店主――が顔を出す。

「今日も材料を買いに来てくれたのかな」

 店長がそう言うと、少女はコクリとうなずく。

 その親しげな様子から、初めての客ではないのだな、と俺は察した。

「え、と……蚊の目玉を五グラムと……ノミの心臓を十グラム、あとは……」

 俺はその発言内容に耳を疑う。蚊の……蚊の目玉? なにかの聞き間違いか?

 しかし、店長は「はいはい、少々お待ちを」と言って一度引っ込むと、しばらくしてから小瓶を持ってきた。

「はい、蚊の目玉にこっちの瓶がノミの心臓ね。壊れやすいから取り扱いには気をつけて」

 少女は商品を受け取ると、代金を渡して足早にその場を離れる。去り際に俺をチラリと見てそのまま歩いていってしまった。

「店長、あの子は?」

 石段を降りていく少女の背中を見ながら、俺は訊ねる。

「あの子は魔女の末裔まつえいだよ」

「ま、魔女?」

「イギリス出身でそこで何年か修行を積んだ本物の魔女さ。なに、日本でも海外で修行を積んで魔術店を営んでいる魔女もいるくらいだ」

「そういや店長も魔女ですもんね」

 というと、店長は俺のほっぺたを引っ張る。

「魔女じゃなくて女神だって言ってるだろう」

「いででで……女神ならもっと優しくしてくださいよ」

「ふん、女神というのは気まぐれに人間を試したり罰を与えるものさ」

 なるほど、そういう意味でなら店長はまぎれもなく女神である。

「まあとにかく、ここではそういった魔女や魔術師のニーズを叶えるために魔法薬の材料も取り揃えている。いわばなんでも屋だな」

「ふーん、手広くやってるんすね」

「その材料の取り扱いにも気をつけないといけないのが骨だがな……さっきの蚊の目玉やノミの心臓なんかは特に潰れやすいし……」

 まずその目玉や心臓を取り出すのが根気のいる作業になりそうだな、と俺は苦笑する。

「ところで魔法薬ってどういうものなんですか?」

「ものによって効果は様々だ。飲むことによって変身できたり、一時的に能力を上昇させたり、あとはれ薬とかな」

「へえ……」

 本当に魔法みたいな効果があるんだな。

 正直いまいちピンとこなかったが、俺はそんな感じで相槌あいづちを打つ。

 その時は、俺には関係のない話だと思っていたからだ。

 しかし、もしかしたら俺はいわゆる巻き込まれ体質なのかもしれない。

 半妖になってしまった件もそうだし、俺の周りにはなぜか妖しいものが集まってしまうのである。


 ***


 翌日。

 宝船たからぶね高校では転校生が来るという話題で持ちきりだった。

「転校生、女の子らしいぜ」

 友人の竜宮たつみや海人かいとが俺に話しかけてくる。

「ふーん」

「なんだよ、反応薄いな」

「いや、別に……」

 正直なところ、店長という美女がそばにいるせいで、目がえてしまっているところはあった。

 あの人、性格は悪いけど顔はすっげえキレイなんだよな……。

 そういうわけで、転校生には悪いがあまり興味は持っていなかったのである。

 ――その少女を見るまでは。

「そ、ソフィア……ソフィア・スカーレットです……。い、イギリスから来ました」

 緊張気味に話すその少女は、まさしく神社に来ていたあの魔女の末裔だった。

「わー、外国人だ!」

「綺麗な金髪~! サラサラ!」

「日本語上手だね!」

 この片田舎では外国人の学生は珍しい。ソフィアはたちまちクラスメイトに囲まれてしまった。

「おー、人気者だなソフィアちゃん」

 海人は遠巻きに人だかりを眺める。

虎吉とらきちは行かねえの?」

「あんなに囲まれてたら、行っても困らせるだけだろ」

「それは同感だな」

 海人は肩をすくめた。

 ふと、ソフィアがこちらに視線を向けているのが見えた。

 やはり、神社で一度姿を見ているから、お互い気になってはいるのだろう。

 しかし、クラスメイトに囲まれた状態では互いに声をかけることも出来ず、そのまま授業が始まってしまったので、何も聞けず終いであった。


 放課後、鳳仙神社――アヤカシ堂にバイトに行くと、ソフィアがいた。また魔法薬の材料を買いに来たらしい。

 俺に気づくと、なぜか顔を赤らめて、ペコッと俺に頭を下げて石段を駆け下りていってしまった。

「おやおや……」

 店長は片肘かたひじをついて俺を見て笑う。

「店長、一人で何ニヤニヤしてるんすか気持ち悪い」

「口の利き方に気をつけろ小僧」

 額にチョップされた。

「しかし君は鈍感な方なのかな? これはソフィアも苦労しそうだ」

「は? 俺、結構鼻は敏感ですけど」

「あーこりゃダメだ、ド鈍感だ」

「???」

 店長はときどき俺にはよくわからない難しいことを言う。

「ソフィアについて、君はどう思う?」

 店長が不意にそんなことを訊いて来た。

「うーん、まだ話したことないんでよくわからないですけど……この町には魔女とか魔術師ってそんなにいるんですか?」

「この町――宝船市には、強力な魔力の流れがある。日本のみならず、世界的に見ても稀有けうな強さだ。だから、普通の土地よりも妖怪や魔術師が集まりやすい。多分君のクラスメイトにも何人か魔術師やアヤカシが紛れ込んでいるだろう」

「えっ」

 ソフィアだけでなく、他にも魔術師や――アヤカシが?

 たしかに学校でそれっぽい匂いを感じることはあったが、学校という場所柄、怪談じみたそういったものがいるのだろうと思っていた。

「ああ、アヤカシがいるとはいっても、みんながみんな有害なものではないよ。ただ人間に化けて人間社会に紛れて生きているだけで、最近の若い妖怪はそんなに人間に敵意は持ってないからね」

『若い』妖怪はね、と店長は含みのある言い方をする。

「それって、アヤカシ堂がやたら妖怪に恨みを持たれてるのと関係あります?」

「君は、そういうことに関しては鋭いんだな」

 店長は姿勢を改めて、社務所の受付に座ったまま指を組む。

「――昔、この国で妖怪が一斉蜂起いっせいほうきして人間を襲った事件があった。事件というか、もはや戦争だな。人間対妖怪の戦争。のちに『アヤカシ大戦』と呼ばれたものだ」

 そんな単語、初めて聞いたんですけど。

「人間側は陰陽師おんみょうじや魔術師、妖怪退治屋や私たちアヤカシ堂も参戦して妖怪たちと血みどろの戦争を繰り広げた。結果的に人間側が勝利して、妖怪は人間の使い魔にされたり山奥や人間の立ち入れない土地に逃げ延びたり、あるいは人間になりすまして社会に迎合げいごうしたり……まあ悲惨ひさんな結末を迎えた。思えばアヤカシ大戦が妖怪たちの最後の輝きだったな」

 店長は遠くを見るような目で懐かしそうに語る。

「なるほど、妖怪にとっては目のかたきってわけですね、アヤカシ堂」

「まあ、世代交代していくうちにそういった戦争の記憶というのは失われていくものだが……なにせ妖怪は長生きだからな。昔の記憶がある奴はアヤカシ堂を打倒しようと考える個体もいる。ただ、学校に通うような妖怪はだいたい敵意はないと言っていい。入学するときにきちんと身元を調べられているからな」

 まあそういう身元を調べるのも我々アヤカシ堂や怪異対策課がやってるんだがね。

 店長は気だるげにそう言った。

 怪異対策課は二人しかおらず、アヤカシ堂も店長と鈴、あとは使い魔くらいしかいない。大変な作業なのだろうと容易に想像できた。

「アヤカシ堂はそういう恨みを持った妖怪に襲撃されたりはしないんですか?」

「一応結界は張ってるから、外部からは侵入できない。石段をのぼることは出来るが、神社に危害を加えると判断すれば一万段のぼってもここにはたどり着けんよ」

 例の、神社の意思とかいうやつか。よくわからん理屈だ。

「まあそういうわけで、悪意のある妖怪はこの神社には入ってこれないから安心したまえ。私も仕事せずにここに引きこもっていたいくらい快適だしな」

「少しは働く意志を持ちましょうよ……」

 俺は苦笑する。石段の近くに生えた木の陰から、ソフィアがこちらをのぞいていることには気付かなかった。


 ***


 翌日、宝船高校。

「あ、あの……番場、くん……」

 授業前に、ソフィアが俺に声をかけてきた。

「あの、教科書、忘れちゃって……見せてもらっても、いい?」

「ああ、いいよ」

 俺はソフィアと机をくっつける。

 ソフィアは肌が白いから、赤くなるとすぐわかるのだが、なぜ赤くなっているのかがわからない。

「あ、ば、番場くん、白髪生えてるよ」

「え、本当に? どこ?」

「抜いてもいい?」

「え、うん」

 プツ、と軽く痛みがして、俺の髪の毛が一本抜けた。

「あれ? それ白髪じゃなくない?」

「ご、ごめんなさい。光の具合で白く見えてただけみたい」

「あ、そうなんだ」

 しかし、ソフィアはなぜかその髪の毛を捨てずにチャック付きの小さなポリ袋にしまおうとする。

「なんで捨てないの……?」

「あっ、え、えっと……」

 ソフィアの行動に疑問を感じたが、ちょうど教師が教室に入ってきて授業が始まってしまい、結局聞けなかった。授業を終えたあとも、わざとらしく俺を避けているような行動を取る。

「お前、好かれてるのか嫌われてるのか分かんねえな」

 海人はそう言ってからかってくる。

「髪の毛抜かれてわら人形に入れられたりしてな」

「それ呪いじゃねえか」

 魔女に呪われるなんて、ちょっと笑えない。

 でも、ソフィアは印象だけから見ればそういう邪悪な魔女には見えなかった。

 気弱で、臆病そうなところはあるが、とても優しそうな魔女だった。

 しかし、呪い以外で髪の毛を持って帰る理由がわからない。

 俺の頭の中を疑問符が飛びった。


 放課後、鳳仙神社。

 やはりそこにソフィアはいた。

 しかし、今日はいつもの魔法薬の材料を求めているわけではないらしい。

「えっと……マンドラゴラの根っこと、不死鳥の尾羽根と……」

 いつもよりさらに魔法じみた材料を店長に告げる。

「……」

 店長はなぜか眉根を寄せた顔をしていた。

「……お嬢さん、その材料で作るのはもしかして……」

「……」

 ソフィアは店長の言葉にうつむく。

「お嬢さんがそれでいいなら、私は止めないが……良心が痛んだりはしないかい?」

「わ、私は……」

 ソフィアはおろおろと言葉に詰まる。

「店長、何やってるんですか? お客さんをいじめちゃダメでしょ」

 ただならぬ雰囲気を感じた俺は、冗談じみた口調でその場に割って入る。

「虎吉……」

 店長はジトッとした目で俺を見る。え、俺なんかした?

「わ、私は、どうしても欲しいものがあるんです」

 ソフィアは俺の姿を見て、何かを決意したような強い口調で話す。

「……わかった」

 店長はそれだけ言って、ソフィアの注文した商品を袋に詰め、代金と交換する。

 ソフィアは俺を一瞥いちべつしてから、また石段を駆け下りていった。

「……アヤカシ堂は願いを叶える店。客が望むならば致し方なし、か」

「何の話ですか?」

「なに、今にわかるさ」

 店長はため息交じりにそうつぶやいた。

「虎吉、明日は学校休みだろう。ここには来れそうか?」

「部活も入ってないし暇なんで給料出るなら来ますよ?」

「そうか、じゃあ来い。多分ソフィアも来る」

「ソフィアが? また買い物ですかね?」

「さて、どうだか」

 店長はもう店じまいをするらしい。社務所の受付のシャッターを下ろし始めた。

「店長、まだ営業時間ですよ」

「どうせ誰も来ないだろう、こんなさびれた神社」

「ホント働く意志がないなあ……」

「それより、こないだの肩揉みがまだ残ってるぞ」

「げっ、まだ覚えてたんですか」

 俺は思わず顔をしかめる。事件でのドタバタですっかり忘れていたのに。あと二時間三十分肩を揉まなければいけない。

「利子がつかないだけありがたいと思いたまえよ」

「そもそも働いてもいない人間の肩なんてりようがないでしょうが」

 言葉のジャブを交えながら、俺と店長は社務所の居住スペースに入ったのだった。


 ***


 その日は朝から鳳仙神社に来ていた。休日の朝は爽やかな風が吹き渡っている。

 俺は相変わらずほうきで境内を掃くという雑用をこなしていた。

 彼岸花がそこらへんに生えているので正直ちょっと邪魔である。雰囲気だけはあるのだが。

「あ、あの……番場、くん」

 女の子の声がして振り向くと、ソフィアが立っていた。

「ああ、おはようソフィア。また買い物か? 毎日魔法薬の練習してて熱心だな」

 俺はソフィアにそう笑いかける。ソフィアはもじもじと俺を見るばかり。

「あの……これ……」

 ソフィアは後ろ手に隠し持っていた小瓶を俺に差し出した。

「おっ、魔法薬完成したのか?」

「こ、これ……飲んでほしい……」

「え? 魔法薬を? これ、どんな効果があるんだ?」

「そ、それは……」

 俺の質問に口ごもるソフィア。小瓶の中で揺れるピンク色の液体。うーん、怪しい。

「えっと、飲むと何が起こるか分からないものはちょっと飲めないかな……」

「あ、あう……」

「――ソフィアお嬢さん、誘導が下手!」

 突然、物陰から見ていたらしい店長が割って入る。

「いいかお嬢さん、こういうものはペットボトルに入れて渡すんだ。『喉乾いてない? ジュース良かったら』とか言っとけばこの単純馬鹿は簡単に引っかかるというのに! 小瓶は流石に怪しまれる!」

「なんで俺『単純馬鹿』とかののしられてるんですか?」

 完全にとばっちりを食らった気分。

「店長は知ってるんですか? その魔法薬の中身」

「昨日お嬢さんが買っていった材料から、ある程度は推測できる」

 店長は小瓶を陽にかざす。ピンク色の液体は透き通っている。

「おそらくは、『愛の魔法薬』……だね?」

「――っ」

 店長の言葉に、ソフィアは顔を真赤に染める。

「あ、愛……?」

「要は惚れ薬さ」

 店長はサラッと言う。

 惚れ薬。

 惚れ薬を、俺に飲ませようとした。

 その真意に気づいて、俺もカッと顔が熱くなる。

「そ、ソフィア……お前……」

「……ご、ごめんなさい……」

 ソフィアは両手で顔を覆う。

「わ、私……番場くんが、好き、で……どうしても、欲しくて……」

 ソフィアの声は震えていた。隠した顔の下で泣いているのかもしれない。

「気持ちは嬉しいよ、ソフィア」

 俺は努めて優しく微笑む。

「じゃ、じゃあ、付き合ってくれる……?」

「いや、それはちょっと……俺、お前が魔女ってことしかまだ知らないし……」

「う、うう……」

「虎吉……お前ほんと恋愛ごとに関しては容赦ようしゃないな……」

「こういうのはハッキリ言っといたほうがお互いのためでしょう」

 呆れた顔をする店長に応酬おうしゅうしていると、ソフィアがプルプル震えだした。

「ううう……番場くんにフラれた……もう転校するか番場くんの髪の毛を藁人形に入れて燃やすしかない……」

「いやマジで呪うために髪の毛抜いたの!?」

「魔女に体の一部を渡すとか何考えてんだお前」

「不可抗力ですって店長!」

「そんなことはどうでもいい! お客様、神社で藁人形は困ります! 本当に勘弁してください!」

 ひと悶着もんちゃくあって、なんとかソフィアを落ち着かせた。

 整理すると、ソフィアは俺に一目惚れらしい。が、俺はソフィアには現状、恋愛的な興味はない。

 ソフィアは結構極端な性格らしく、俺と付き合えないなら転校するか俺を呪い殺すかしか選択肢がないらしい。もっと選択肢増やそう。

 まあ色々あって、結局ソフィアは転校も呪殺もせず、物陰から俺を見守る姿勢で落ち着いたようである。見られているこっちは落ち着かないが仕方ない。

 今日も宝船市は平和です。


〈続く〉

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