爺の襲来
清々しい朝だ──。
その日も郵便受けから新聞を取ろうとドアを開けたが、いつもとちがう風景が広がっていた。
「お邪魔しました」
一旦ドアを閉めるがもう一度ゆっくりと開けてみる。もう一度開けてみるとドアの真ん前にベンチが置かれ、そこに白のパッチにラクダ色の腹巻をしたおじいさんがまさに私が取りに行こうとした新聞を読み漁っていた。サングラスをしていて白髪を角刈りにしているおじいさんは私と目が合うと新聞をたたんでニカッと笑った。金歯と銀歯がキラリと光る。
「あ、どうも……」
周りを見渡すといつも見張っている(見守っている)舎弟の姿がいない。こんなことは初めてだ。
「先生、ワシ、腰が痛いんじゃが、診てくれるか?」
どうやらこのおじいさんは患者さんのようだ。いつから待っていたのだろうか。部屋に通すとベッドに座ってもらい話を聞く。どうやら長年の腰痛に苦しんでいるらしい。しかし年齢の割には筋肉もしっかりしていてトレーニングされているようだ。名前は#万代 武雄__ばんだい たけお__#さんというらしい。
「先生は名医だと聞いた。若いのに丁寧で美人じゃ。噂を聞いてきてよかったよ」
絶賛の嵐に照れ笑いする。
「では、上着を脱いで頂けますか?」
「うむ、これでいいか?」
目の前に広がるのは綺麗な菊の花と龍の鱗……背中から二の腕にかけてびっちり入っている。笑顔のまま固まる。
うーん?うん、なるほどね、おじいさんこちらの方なのね。
「あはは、そうですね、ではうつ伏せで──」
バァァァンッ!
ドアが大きな音を立てて開け放たれる。ドアの向こうには奥歯を噛みしめるギリっとした音が聞こえてきそうなほど怒りの表情をした組長だった。いつものスーツではなく黒のシャツに黒のパンツスタイルだ。
「間に合ったか……いいかげんにしろよ、爺」
爺?え?ジイ?
「お前が独り占めするからじゃ。先生、こんな孫よりワシんとこに来ないか?ん?」
孫?え?マゴォ!?
「明日にでも死にそうな男んとこなんて嫌だろ?先生……」
「いや、なんで二択?」
進むも地獄退くも地獄とはこの事だ。どちらに転んでもヤクザからは逃げられん。
「まったく、おちおち治療もできん。先生、今度またお邪魔させてもらいますね」
腹巻の中にきちんと下着を入れるとペタペタとサンダルの音を響かせながら帰っていった。
ようやく静かになった院にどことなく気まずさを 感じていると組長が珍しく神妙な面持ちでこちらを見ている。
「先生、爺はああ見えて絶倫だし、まだ現役だから夜寝かしてもらえない可能性が高いし、性癖──」
「いや、心配しなくても嫁がないから。しかもマイナスポイントの着眼点偏ってない?」
組長を見ると慌てて駆けつけてくれたんだろう。服もいつもと違うし町田も光田も居ない。
「治療、しましょうか?」
「他のことも、してくれるのか?」
「今すぐ帰れ」
やっと組長は可笑しそうに笑った。シャツを脱ぎいつものように横になった。
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