町田の独白

町田の独白


カッカッカッ──


 軽やかに階段を上る足音を響かせているのは龍晶会組長、万代司ばんだいつかさ三十四歳……この若さながらこの辺りのシマを取り仕切る若きヤクザだ。今まではひどい腰痛で事務所に上るこの階段すら生まれたての子鹿のようにガタブルだったが、ある名医との出会いにより劇的に改善した。


「町田、腰の調子が良くない……いくぞ」


 事務所に着くと舎弟から報告を受けた組長はすぐさま事務所を後にする。滞在時間一時間ほどだ。仕事ができるのか、仕事をサボっているのかはご想像にお任せしよう。

 時計を見ると午後二時半……先生の午後診は三時からだ。患者は組長だけだが、なぜか律儀に時間を守っている。リズミカルなステップで階段を降りる組長に腰痛の兆しは見られないが本人がそう言うのでそう言うことだ。黒を白と言われれば白と答えるのが掟だ。


 組長は見た目は身長も高く目付きこそ良くないが昔からモテていた。女も勝手にやってきては適当に抱いているので女には全く困らないのだが、ここ最近変化が見られる。「腰がいてぇからお前とはやらねぇ」と言い出した。今までギックリ腰真っ最中でも女を上に乗せてヤッていた歩く凶器が……まったく女に興味がなくなった。それは全てあの先生のせいだろう。


 あの先生はチビなくせに気が強い。最初から組長に食ってかかっていた。女は香水をつけて体をすり寄って性欲を満たすものと決めつけていた組長にとっては新鮮だったらしい。アルコール消毒の匂いと露骨に嫌な顔をするあの先生を気に入っているようだ。


 ただ、俺たちは知らなかった。組長があそこまで独占欲の塊だったとは……。俺は幾度となく先生関連のことで地球外生命体になっている。人間は頭蓋骨を変形させられる生物だと自分の体を持って証明できた。

 先日はカーテン越しから聞こえてくる二人のエロい声に逃げ出したい気持ちになった。


(まぁ勘違いだったのだが……)


 俺と光田こうだ(キツネ)はいつも以上に神経を研ぎ澄ませて仕事をしている。


 ただ、俺たちも先生のことが好きだ。裏表もなく軟禁されているのに買い物袋を受け取るときにいつも笑顔で感謝の気持ちを伝える、そんな優しい先生には幸せになっていただきたい。……組長は何というか、狙った獲物は逃がさないタイプなんで本当にしつこいと思うけど、本当にいつになるかわかんないけど、大人しく組長の女になってほしい。それまで俺は何度も頭蓋骨の整体を受け続けるかもしれない。頭についた内出血の跡や凹みを道行く人にコソコソ陰口叩かれても、子供に「宇宙人がいるよ、ママ」と指差されても耐えていきます。


 組長が女にアプローチをかけていく姿を見たことがない俺たちは戸惑うことも多いが、先生に全く相手にされない姿は人間臭くて嬉しい。


 さて、先生の元に行く前にチラシで広告の品をチェックしないとな……。

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