だれも錬金術を知らない世界で、転生した錬金術師は無双する 〜使えないと思っていた才能が、実は錬金術に最適だった件について〜

蒼乃白兎

第1話 前世の記憶

「はぁ……はぁ……」


 突如として目を覚ました。

 呼吸が乱れ、冷や汗が頬をつたう。

 脳に異物が注入されたような気分だ。


 断片的に映された記憶の数々。

 夢とは形容しにくいほど鮮明で、そして理解出来る。

 それは思い出というよりは経験に近しいものだった。


 今までに体験したことのない……いや、するわけがない、そんな出来事が俺の身に起こった。

 だからこそ自信を持って言える。



 ──俺の前世は錬金術師みたいだ。



 前世の容姿などは全く思い出せない。

 名前、種族、年齢、性別、性格。

 何も分からない。


 分かるのは、この頭の中にある錬金術の知識がとてつもないこと。



 そして俺は強くなれるということだ。



 ◇



 トントン、と部屋をノックする音が聞こえた。


「ケミスト様、朝食の用意が出来ました──おや、起きていらしたのですね」


 専属のメイドが部屋にやってきた。

 名はメアリー。

 青い髪が特徴的で仕事を優雅にこなす。

 俺なんかには勿体ないぐらいに優秀で、忠実だ。


「ひどい汗ですね。タオルを用意いたしましょう」

「……ああ、頼む」


 近づき、俺の姿を見たメアリーはタオルを持ってきてくれた。

 メアリーは俺の服を脱がし、汗を拭き取り始めた。


「なにか悪い夢でも見たのですか?」

「悪い夢か、そうだな……。そうとも言えるが、興味深い夢だった」

「……なにやら心境に変化があったようですね」

「そう見えるか?」

「はい。伊達に何年もケミスト様に仕えてはいません。それは良い変化なのだと私は思います」

「……そうであると嬉しいな」


 汗を拭き終え、着替えた俺は朝食の席に向かう。

 良い変化、か。

 今朝、経験したあの出来事は間違いなく俺に変化をもたらした。

 それは俺自身に可能性を感じさせるものだ。

 そして得た知識をもとに、今日から実験を開始する予定でいる。

 成功か、失敗かで俺の変化が良いものか、悪いものか、ハッキリと分かるだろう。


 ドアを開け、席に着くとメアリーが朝食を厨房から運んできてくれた。

 鶏肉が具材の淡白なスープと焼きたてのパンだ。


 朝食の席には俺以外の家族は居ない。

 既に他の者は、朝食を済ませているからだ。

 三男である俺だけが両親から冷遇されている。


 なぜ冷遇されているのか。

 当たり前だが、貴族は実力主義だ。

 生まれ持った才能が評価され、才能が無いと分かれば粗末な扱いを取る。


 才能の評価基準は、魔法適性にある。


 魔法は主に火、水、氷、風、土、光、闇の七属性からなる。

 これを属性魔法と言う。

 属性魔法が使えるか否かは、適性の有無で決まる。

 多くの属性を使えたり、適性が高いとされると、才能アリとみなされるわけだ。


 しかし、七属性以外にも属性は存在する。

 無属性魔法と呼ばれるもので、俺はこれに該当する。

 属性魔法は戦闘において、かなりの力を発揮する一方で無属性魔法は何も役に立たない。

 出来ることと言えば、生活を少しだけ便利にしてくれる生活魔法ぐらい。


 貴族の家系は優秀な子が生まれやすい。

 属性魔法の適性があるのは当たり前で何属性も適性を持っているのもよくある。

 無属性魔法しか覚えないというのは、まずあり得ないのだ。


 貴族家に生まれ、属性魔法が使えず、無属性魔法にしか適性が無い者は、冷遇されても文句が言えない。

 俺ことケミスト・アルヴァレズは、日頃から父にアルヴァレズ家の面汚しと言われ育ってきた。

 だが、二人だけ味方がいた。

 一人はメアリー。

 もう一人は長男のノエル兄さんだ。

 今はノエル兄さんの才能が評価され、魔法学園に入学中である。

 元気にしているだろうか。


「メアリー、今日の予定は?」

「午前中に座学、午後からは剣術をした後に礼儀作法、そして夕食後に座学でございます」

「全部取り消しておいてくれ。やることが出来た」

「かしこまりました。しかし、父上様から何かお言われになるかもしれません」

「今更なにか言われたところで気にする俺じゃないさ」

「承知いたしました」

「じゃあ俺は外に出ている。後は任せた」

「はい。いってらっしゃいませ」


 朝食を済ませた俺は、屋敷の外へ向かった。

 その途中、苦手な人物に出会った。

 10歳の俺より二つ上のアーク兄さんだ。

 燃えるように赤い髪で少し強面。

 俺と違って才能があり、その赤い髪のように火属性の適性がある。

 それに加えて風、土、と三属性に適性がある。

 貴族の中でも優秀な方で、よく不出来な俺とアーク兄さんとで比較されている。


「……ケミスト、どこに行くつもりだ? これから座学の時間のはずだ」

「アーク兄さん、俺には用事が出来ました。これから屋敷の外へ向かいます」

「はぁ……。まったく不出来な弟を持つと困ったものだ。遊びに行くつもりか。それについては俺の方から父上に言っておく。夕食は無いものだと思え」

「分かりました。それでは失礼します」


 通り過ぎようとしたときアーク兄さんは、


「ふん、落ちこぼれが」


 小さな声だが、俺に聞こえるだけの音量で、そう言った。


 どうやら今日の夕食は抜きのようだ。

 仕方ない。

 切り替えて俺は屋敷の外へ向かった。




 屋敷の裏にある山にやってきた俺は、前世の記憶を頼りに錬金術を使ってみることにした。

 錬金するものはガラスだ。


 幸い、俺自身の魔力量はそこまで少なくないことが分かっている。

 やりたいことは出来るだろう。


 地面にある山砂を手に取る。

 やや黄色く、粉状の土から粗い粒子の砂まで混じっている。

 あまり質がいいガラスは作れないだろうが……まぁなんとかなるか。


 錬金術を使うには、無属性魔法の適性が無ければならない。

 驚くことに、俺自身の無属性魔法の適性は前世よりも高いように感じる。

 魔法適性の判定が終わったとき、無駄な才能を持つな、と父に怒られた記憶がある。


 果たして、この才能は本当に無駄なのだろうか?


 魔力を流し、山砂の組成をいじり、ガラスの材料であるケイシャ、ソーダ灰、石灰石を取り出す。

 本来ならば高温の釜で溶かして伸ばして作るのだが、錬金術はその工程を魔法で省略することが出来る。

 前世の記憶が正しければ、これでガラスは出来上がる。


「溶融」


 手を開くと、そこには小さいが、硬く、透明な物質があった。

 ガラスだ。


 出来た、出来てしまった。

 これで俺の前世が錬金術師であることが証明された。

 そして新たに得た知識に間違いが無いこともハッキリと分かった。


「本当に出来てしまうとはな……。だが、そうでなくては困る」


 これが始まりなのだ。

 俺は10年かけてやっと一歩を踏み出したに過ぎない。

 だが遅れは取り返す。



 同様に、手の平におさまるサイズのガラスを何個も錬成していく。

 一気に多くのガラスを作れたらいいのだが、今の俺には難しい。


 魔力量が少なくはないものの、錬金術師としては全く足りない。

 今すべきことは魔力量を増やすことだ。

 俺が今欲しているのは、そのための道具。



「……こんなものか」


 その辺に落ちていた少し大きめな葉っぱを皿代わりにし、ガラスを積んでいった。

 100回目の錬成を終えたところで材料は揃った。


 錬金術の基本は、物質の性質や姿を変化させること。


 ガラスは性質の変化を利用し、錬成したものだ。

 そして俺が今から行うのは姿の変化。

 ガラスのときと同様に成功してくれればいいのだが……。


「変形」


 ガラスが組み合わさり、一つの物へと姿を変えていった。


「出来た……」


 小瓶の完成だ。

 変形は、イメージ力と魔力操作の技術が求められるのだが、なんとか上手く出来た。

 無属性魔法の適性だけは、めちゃくちゃに良いだけある。


 しかし、頭痛と脱力感が襲ってきた。

 少し魔力が足りなくなってきている。


「やはり初めに小瓶を作って正解だったな」


 山には野草が多く群生している。

 その中に薬草の材料となる魔力を帯びた《魔草》なるものが存在する。

 これを調合すればポーションとなる。


 ポーションの効果は様々だ。

 材料や調合方法でいくらでも変化する。

 今回は魔力回復の効果を持つポーションを作成しようと思う。

 これが出来れば、錬金術の使用回数が増える。

 そして、それに伴い魔力量も増加する。


 あまり知られていないのだが、魔力の増やし方は単純だ。

 魔力の枯渇状態からの回復だ。

 魔力回復の際に魔力の上限が少しだけ上がる。


 ほんと微々たる量であるため、知っていてもわざわざ上げようと思う人はいない。

 だから、ほとんど魔力量は生まれつきで決まる

 だが、俺は魔力量を効率よく上げる方法を知っている。

 今回行うのは、その基盤作りだ。





 山の中を歩き、《魔草》を見つけた。


「これだけあればポーションには困らないな」


 この山はアルヴァレズ家の領地であるが、全くといいほど使われていないみたいだ。

 たまに兄様達が野生動物の狩猟を行うぐらいだろう。


 だから俺は一面に広がる《魔草》を見て、嬉しくなった。

 ポーション作り放題、使いたい放題だ。


「品質は──普通か。いや、少しだけ悪いな」


 しかし野生ものにしては上出来だ。


 近くに流れる小川で水を小瓶に入れる。

 その後、魔草を3つ引き抜き、錬金術で乾燥させ、木の板のうえですり潰す。

 それを小瓶のなかに入れる。


「抽出」


 魔草の中に含む魔力回復を促すものだけを取り出す。


「不純物除去」


 それ以外のものはポーションの効果を妨げるため、除去する。


「濃縮」


 回復効果を引き上げるため、ポーションの濃度を上げる。


「よし、完成だ」


 頭痛と脱力感で苦しい。

 どうやら魔力が尽きかけているようだ。

 ……あと少しで魔力が枯れて、気絶してしまうところだった。

 では早速ポーションを頂くとしよう。


「……まずい」


 吐き気を覚えるほどの最悪の味だ。

 味まで工夫するだけの余裕が無かったため仕方ない。

 これで我慢するしかないか。

 しかし、おかげで魔力は4分の1ほど回復した。


 少し躊躇してしまうが、あと3回ほどポーションを作成し、頂くとしよう。






「……おぇ」


 合計4つ目のポーションを飲み干したとき、思わず口を押さえた。

 吐いてしまっては意味がない……。

 ゴクンッと気合で飲み込んだ。


 魔力の殆どが回復した。

 これで再び錬金術が行える。



 ◇



 ポーション作っては飲みを繰り返し、時間の許す限り動いた。


 魔草の生えている場所に柵を作り、栽培することにした。

 これで魔草の品質が上昇すれば、効果の高いポーションを錬成することが出来る。


 あとガラスをたくさん作り、ガラス玉を錬成した。

 性質を変化させた特製のガラス玉だ。


「これさえあれば魔力の底上げが超効率的に出来るようになる」


 無属性魔法の使い手にしか出来ない、まさに裏技とも呼べるテクニック。

 今日からでも実践していくことにしよう。

 だが、もう日は暮れている。

 すぐに屋敷へ戻らなければ。




「ケミスト、今日のお前は授業をサボり、遊び歩いていたらしいな」


 屋敷に戻った俺は父上に呼び出された。


「いえ、やるべきことが出来たので、それを行なったまでです」

「遊びと何が違うのだ? ただでさえお前はアルヴァレズ家の恥さらしなのだ。もう少し身の程をわきまえなさい。領民からバカにされでもしてみろ。領主である私の立場が無いではないか」

「申し訳ございません」

「ふん、出来損ないめが。分かったら下がっていろ。変な気は起こすなよ」

「分かりました」


 父上の書斎から出て、俺は自分の部屋に戻った。

 夕食はアーク兄さんの言っていた通り無いみたいだった。

 空腹だが仕方ない。

 ガラス玉を取り出し、ベッドの上に置く。


「悠長に錬金術を楽しんでいてはいられないな。下手すれば家から追い出されるなんてこともあり得そうだ」


 俺がこのまま自由に行動していると、父上ならやりかねない。

 だからこそ、早急に実力をつけていかねばならない。

 そのための秘密兵器が……このガラス玉だ。


 このガラス玉は魔力がかなり通りやすくなっており、同時に魔力を溜めることが出来る。


 そして無属性魔法なら溜めた魔力を取り出し、回復することが出来る。


 これは属性魔法には出来ない芸当だ。


 属性魔法が放出する魔力は、純粋な魔力と違い、属性なる不純物が混じっている。

 それを身体に取り込むのは自らを魔法で傷つけるようなものだ。


 無属性魔法はその点、純粋な魔力に近いため身体に取り込んでもダメージは無い。

 この現象こそが戦闘に不向きと言われている理由の一つである気もするが。


 まぁいい。

 実際にやってみるとしよう。


 手をかざして、魔力を放出する。

 ガラス玉は魔力を溜め込み、透明だった中に何かモヤのようなものが発生した。


「ぐっ、あ、ああ」


 頭痛が襲ってきたところで魔力の放出を一旦停止させる。


「次は、こいつを取り込む……」


 ガラス玉が砕けない程度に握ると、段々、身体に魔力が戻ってくるのを感じた。


「ハァ……ハァ……」


 息が乱れた。

 だが、これを繰り返せば短時間で大幅に魔力は増やすことができる。


「それぐらい容易いな……」


 もう自分の才能に絶望することは無くなったのだ。

 これぐらいどうってことない。




 ──錬金術師として一気に成り上がってやる。




 そう誓い、俺は寝る間も惜しんで魔力を増やすのだった。

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