汝自身

「この世界に ' 王の試練 ' の者がやってくることを、わしは待ちかねていた。」


まったく預言というものはあてにならぬ。


「' 西のドラゴン・大蛇ドラクレア ' ももう死んでしまったよ。」と西域の王と呼ばれる老王は言った。


預言ではドラクレアが死ぬ前にクロは来るはずだったのである。


「王様、ドラクレア様はもうお亡くなりに?」


「イチジよ、すべての時を見る者よ、ドラクレアが死んだことを知らぬのか?」


「はい。存じ上げませんでした。」


「そうか、まあドラクレアは人前に出ることを好まなかったからな。知らぬのも致し方のないことなのかもしれぬ。」


「ドラクレア様がいないとなりますと、この ' 王の試練 ' では神託を得ることができませんが。」


「神託なら俺が出してやろうか?」とシロは言った。


老王はシロのことは無視して、


「いや、そもそも、神託などというのは政治の道具でしかない。' 王の試練 ' を受ける者にとっては不要なものだ。」と言いクロを見た。


「お前がクロ・ト・ジュノーか。ジュノー王家の者を見るのも久しぶりだな......。と言ってもずいぶんと古い時代の者のようであるが。」


いにしえのジュノー王家の者よ。わしは先王に『汝自身を知れ』と言われた。しかしこの歳になっても自分自身のことなど分からぬわ。」老王は言った。


「自分自身でございますか?」クロは聞き返した。


「そうだ、自分自身だ。大きくも見えるし、小さくも見える。まことに分からぬな。何故わしはこの世に存在しておるのか。」


なぜ自分はこの世に存在しているのか?クロはそういったことを考えてみたことはなかった。クロは少年であり、哲学的なことに思いをめぐらす程にはまだ精神的に成熟はしていなかったのである。


「ああ、すまぬな。老人の繰り言であるよ。」西域の王はクロをすっと見てそう言った。


クロ・ト・ジュノーは歴史に暗黒王としてその名を残すことになる。もっとも今彼らがいるこの時代にはその歴史はとっくに忘れ去られていたのであるが。


しかし、この老王の言う『汝自身』を知ることができたなら、クロはもしかしたら暗黒王とはならなかったかもしれない。


「ところで、イチジよ、頼みがある。この国で僧侶として働いて欲しい。いまこの国に僧達を束ねることのできる者がおらぬ。」


「はい。その未来は存じ上げております。それがワタクシの運命なのでございましょう。お引き受けいたします。」とイチジは言った。



***



。なに階段を下っていくだけじゃ、恐れることはない。そこでお主は何かを見るであろう。」


その何かが ' 王の試練 ' だ。と ' 西域の王 ' は言った。


地下の遺跡の入り口まで、王とイチジはついて来てくれた。


「わしらはここまでじゃ、クロ王子、とそちらの白蛇しろへび殿、この階段を下っていきなされ。」


老王はクロとシロを見て言った。シロを見たときには心なしか忌々しそうな顔をしたように見えた。



≪登場人物紹介≫

・シロ ・・・ 本当の名をゲンカイ・ナダという。白蛇と呼ばれることがある。

・クロ ・・・ 本当の名をクロ・ト・ジュノーという。ジュノー王国の王子。

・アオ ・・・ 本当の名をアポトーシス・オルガという。〈死神〉と呼ばれることがある。

・ニジュウヨジ ・・・ オアシスにいたカモノハシ。アオの能力により少女の姿になっている。イチジの名を継いだ。


・灘よう子 ・・・ 東京で探偵をやっている。

・鴨木紗栄子 ・・・ 灘よう子に仕事を依頼する。

・鴨木邦正 ・・・ 鴨木紗栄子の伯父。植物学者。

・黒戸樹 ・・・ 鴨木紗栄子の夫だった人物。

・蒼井瑠香 ・・・ 医者。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る