状況開始
「私には、暗視が出来る」
中は真っ暗でよく見えないが、委員長はお得意の『なんでも出来る』能力を活用して暗視の目を得たようだ。
またOKAZも、音の反響を感知して地形を把握できるらしく、真っ暗な中でも難なく歩き始めていた。
「残念ながら、ぼくには彼らのように暗闇に適応できる能力がないから。椎橋さん、悪いけど携帯のライトで進路を照らしてくれるかな」
「了解。護衛は頼むよ」
「任せてくれ。いつでもハンドを出せるようにしておくよ」
こうして、先頭OKAZ、委員長を挟んで、ライト係の俺と護衛役のビンゴが最後尾に並んで歩くという形になる。
姫路カテドラルは3階建てのパチンコ・パチスロ店である。
1階はミドル・ライトミドルの4円パチンコとAT機メインの20円スロットのフロア、2階は甘デジの4円パチンコと1円パチンコとAタイプやバラエティ機種の20円スロットのフロア。3階は現在ホールに置くことが出来ない調整中の台などを置いておくための従業員フロアらしい。
今俺たちがいる1階は、台や仕切りの上にホコリがうずたかく積もっているものの、一部の歯抜けになっている部分を除いて思ったよりもキレイにパチンコ台が並んでいた。
フロアマップによると……エレベーターは当然使えないとして、上の階へ行くためのエスカレーターは、スロットエリアの方にあるようだ。
「番2、初まど、ハデス、バジキズ……あぁ、今となってはもう打てない機種がこんなにも……」
「……懐かしい気持ちに浸っているところ申し訳ないけれど、台じゃなく、足元を照らしてほしいな」
「パチンカス……」
仲間に白い目で見られつつ先へ進む。
閉店してから最低限の片付けなども行われないまま放置されているようで、台の部品や店内の告知パネルのようなものが床にはごちゃごちゃに散乱している。
突き当たりの壁には、平成表記で年と日付が記されたイベント日の告知ポスターが貼られていて、哀愁を誘う。
「そういえば……さっき見た映像の、ルイスTVさん……でしたっけ。彼らは、供え箱のことを『タカラバコ』って言っていましたよね」
「そうだね。どうやらタカマガハラでは、ぼくたちが供え箱と呼んでいるものをそう呼ぶようだ」
「俺らは何となく、あの箱が、忘れられて消えかけた土地に供えられたお供え物みたいに見えたから、供え箱って呼んでるんですけど。ヤツらにはあの箱が……宝箱にでも見えてるんですかね」
「宝箱……か」
まだ俺はその箱の見た目も知らないが、宝箱なんて呼び方をするってことは、開けたら何か中身が入ってたりするんだろうか。
探索を進めると、玉田中学校の時と同じく、明らかに地形が狂っている場所がちらほら見え始める。天井からパチンコ台が生えている空間や、営業時と同様に台が稼働している白昼夢のようなエリアを通り、止まったエスカレーターの階段を上り、ようやく2階へ辿り着く。
「さっき見た映像では、彼らはこの階にいたはずだ。ここからは会話も最小限に、気を引き締めていこう」
小声で囁くビンゴに、全員が頷く。
#
一方その頃、ルイスTVたちは……。
「……ねぇ。なんか、オレら以外の人の気配感じない……?」
ローリングの不安げな声に、ルイスたちが振り向いて首を傾げる。
「あん? 何ビビってんすかお前。ウケる。こんなボロボロマル〇ロメンソールなパチ屋、俺ら以外に入ってくる奴いるわけなくね?」
「ボクら以外にタカラバコを狙ってル奴がいる、って事カナ?」
「タカマガハラのメンツ以外でタカラバコのこと知っとる奴とかおりゅ?」
「そ、それはそうだけど……」
なおも肩を縮め、周囲を警戒するローリングに、ルイスはやれやれと首を横に降り、オーバーな動作で肩を竦める。
「はーあ。心臓に毛が生えたよーなオンナだと思ってたけど、意外とこーゆーとこでは怖がりッピなんすね」
「怖がりとかじゃねーし、警戒心がつえーだけだし」
「そんなに心配なら、罠張っとけバ? ローリングは得意でショ、そういうノ」
「それなオブザイヤー3年連続金賞受賞」
「……そうだね、そうする」
深く頷き、ローリングは自分のロングスカートを足元から太ももまで捲り上げ、そこに括り付けられたメイク道具の入ったミニポーチを取る。
ファンデーションをブラシに取り、自分の肌に塗るのではなく、床にクエスチョンマークを描く。
「ローリング式神業メイク、『オススメコスメ』。二つ目の技、『地雷ファンデ』」
#
2階はさらに歪みが大きくなっており、真っ暗闇の中で、電源の入っているはずのないパチンコ台の液晶が砂嵐を映し出し、ぼんやりと怪しい光を放っていた。
床に倒れた廃棄スロット台が、回るはずのないリールを回し続けている。こうなってくるともはやホラーだな……。
ぐるっと2階を一周してみたが、ルイスTVたちの姿はどこにも見当たらなかった。
「この階にはいないみたいですね。足音の反応も消えた」
「となると……上の階か」
「従業員専用フロアでしたよね。あっ、あのドアから行けるのかな?」
委員長が指さした方へライトを向けると、そこには『Staff Only』と書かれた扉があった。
従業員専用フロアに通じる道なら封鎖されているのではないかと一抹の不安が過ぎるが、特に鍵などがかかっているようなことはなかった。
扉を開けると、そこは螺旋階段の踊り場になっていた。この階段で3階へ上がれそうだ。
「……ひえー、なんだこれ」
できるだけ足音を立てないよう、忍び足で階段を上がると、3階はこれまでとは比べ物にならないほど歪みが進んでいた。
真っ暗なのはこれまでと変わりないが、床にはまるでパチンコ台そのもののように幾百という釘が刺さっている。スロット台やパチンコ台があらゆる床、壁、天井からカビのように生えている様は、『ギャンブルの森』とでも形容するしかない有様である。
「……まるで迷路ですね」
「いつ会敵するか分からない。椎橋さん、ぼくのそばを離れないでね」
「言われなくても、こんな得体の知れない怖い場所、成神にそばで守ってもらわなきゃ歩けやしないさ」
おんぶにだっこで護衛してもらうぶん、しっかりとライト係の役目を果たさなくては。
前方に向けて行く道を照らす。パチンコ玉やスロットのメダルが散らばっているのを視認し、玉を踏まないよう注意して歩く。
「ん……?」
前を歩く委員長の足元の先。床に、大きく『?』が描かれているのを発見した。
なんだ、これは……疑問が危機感へと変わりそうになったそのとき。
「うわぁぁぁっ!?」
委員長がそれを踏んだ瞬間、ハテナマークから太い植物のツルのようなものが生え出し、委員長の体を掴んで持ち上げ拘束する。
「時任さん!」
「チッ……トラップがあったとは」
ビンゴはハンドパワーを召喚し、OKAZと共に周囲への警戒を強める。
「ま、マジでかかってんぞ! おい!」
「ていうか……あれ、プロフェッサー・ビンゴとOKAZじゃない!?」
「何故こんな所に彼らガ……」
委員長の悲鳴を聞いて、3人組が台の陰から顔を出す。
さっきOKAZの映像で見た、ルイスTVら3人の成神と対面。ビンゴが殺気を纏い、深く低い溜め息を吐く。
「……どうやら、『状況開始』のようだね」
困惑顔のタカマガハラ3人組に対し、縛られた委員長と無力な俺を除き、完全に臨戦態勢の天秤座。
突入前にビンゴが言っていた『ドンパチ』が、今まさに起きようとしていた。
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