2.『ゴッドワークス、或いはトレイターズスカウト』
CAUTION!!
「……と、ここまでで質問はあるかな?」
消滅危惧地区の保護活動とは、ただ地区の見回りをするだけではない。
いくつかある活動内容の中でも、主となるものは、地区の『核』である『
供え箱。昨日玉田中学校で見た、いくつも浮いている立方体と見た目は似ている。
ただ、無闇矢鱈に湧き続けるそれら偽物(供え箱と区別して『
残滓の箱は持ち出すどころか触れさえできないが、供え箱には触れることもできるし、持ち出すことさえできる。そして、供え箱を持ち出された消滅危惧地区は、核を失い完全に消滅してしまう。
何の目的か、近頃消滅危惧地区に押し入っては、そこに出現している供え箱を持ち出す輩がおり、そういった輩を実力行使で懲らしめることこそが、天秤座の主な仕事のひとつなのである。
……と、ビンゴが語ったところで。
「あの。供え箱を狙う人を懲らしめるとは言っても……そんなタイミングよく現行犯逮捕できるものなんですか? 消滅危惧地区は日本中に沢山あるんですよね?」
「いい質問だ。そこは問題ない。うちには、優秀なレーダー係がいるからね」
「レーダー係?」
と、委員長が首を傾げる。
天秤座アジト、『作戦フロア』。昨日天秤座加入の契約を交わした、ビリヤード台やダーツ盤のある遊技場のような部屋だ。
今朝、昨晩の宣言通り個室のドアを猛烈ノックして俺たちを叩き起したマヤンに連れられ、俺たちはシャワーを浴びてスーツに着替えるなどなど身支度を整えたのち、この部屋に集った。
急な泊まりの用に備えて車に入れといた肌着以外は昨日と同じスーツ姿だが、マヤンに衣服を手渡すと、彼女の神業によって、その場で一瞬で全てクリーニング直後同然の状態に洗濯・乾燥してくれた。
そういえば、彼女の母親である高瀬達子も、『タツコ・レストラン』という似たような神業を番組で披露していたっけ。洗濯以外にも、料理も一瞬で作ったりしてて凄かったな。
とまぁ、そうやって作ってもらった朝食のサンドイッチなどを振舞ってもらったことも含め、天秤座に至れり尽くせりのもてなしを受けて今に至るわけだ。
ここまで福利厚生が充実していれば天秤座の活動にいくらでも力を貸してやりたくなるというもの。一般人の俺がどう力になれるのかは置いておくとして。
「そういえばレーダーさん、まだ来ないね」
「全く困ったヤツだよ。朝弱いのは仕方ないけどね……」
「レーダー係とかレーダーさんとかって、さっきから誰なんだ?」
「その人の神業がレーダー機能を果たしてるんだよ。もう少しで来るとは思うんだけど……」
レーダーのような神業を持つ成神、か。どんなヤツなのだろうか。ハッカーとか、或いは……何だろう。ロボットの成神とかいたっけ?
そんなことを考えていた時、不意に、ガコン、と、エレベーターの方から音がした。
「……聴こえてましたよ、マヤンちゃん。誰がレーダーさんですか」
エレベーターの扉を開けて出てきたのは、もじゃもじゃというよりかはクシャクシャと形容した方が正しいような毛量の多い天然パーマと、それを上から押し潰す大きなヘッドフォンをつけた青年だった。
彼は、目を覆い隠すほど伸びた髪の間から覗く鋭い目で俺たちを見据えると、軽く頭を下げた。
「初めまして。俺は……んー……本名教えんのはもうちょっと仲良くなってからで。とりあえず芸名教えときます。
見た目に似合わず理屈っぽい喋り方だな。
OKAZ……最近の音楽には詳しくないが、かなり有名なミュージシャンのはずだ。月曜夜の恋愛ドラマの主題歌を手がけたことで一躍有名になった……みたいな紹介のされ方をしてた気がする。
あまりメディア媒体には出たがらないため、過剰に神聖視されているフシがあり、『世界の全てを音として捉えられる』『神の聴覚を持つ男』とか言われてたような。いや成神なんだからそりゃ神の聴覚だろって感じだが。
OKAZは、ふぁ〜あ、と大きな欠伸をしながら部屋の中を歩き、ビリヤード台の角に腰を落ち着かせると、ヘッドフォンの側面に触れて音量調整をした。
彼のヘッドフォンからそこそこ凄いボリュームでズンチャズンチャとロックミュージックみたいなものが音漏れしているけれども。この状態で会話になるのだろうか。
「遅刻だよ、カズ。君の体質上、集合時間を朝に設定したこちらの落ち度でもあるが……せめて遅れる旨の連絡くらいしてほしいな」
「へーへー」
「へーは1回!」
「へー」
「うん! ヨシとします! あれ、でもこの場合って1回? それともさっきの2回を含めて3回?」
「うん。ありがとうマヤンちゃん。ちょっとあっちでダーツでもして遊んでてくれる?」
「うん!」
……どうやら問題なく会話出来てるみたいだな。
マヤンが意気揚々とマイダーツを持ち、ダーツ盤に向かったところで、ビンゴから自己紹介を促される。
「時任神奈子です。昨日からこちらでお世話になることになりました。えっと……私はある事情があってこの天秤座に置かせて頂くことになったんですけど……」
「あー。その辺の事情は大丈夫。こっちもちょっと、あんまり人には話したくない事情があるので、お互い深く聞かないことにしましょう。よろしくお願いします」
「そうでしたか。こちらこそよろしくお願いします」
「俺は椎橋涼です。時任と同じく昨日からお世話になってます、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。ここ、変人……てか
変神扱いされたビンゴが一瞬ムッとした気がするが……まぁ、うん。できるだけ期待に応えられるよう、一般人なりに頑張ろう。
「で? アツ。自己紹介するために集まったってわけじゃないだろ?」
「アツ?」
「気にしないでくれ。ぼくはコイツのことカズって呼ぶし、コイツはぼくのことをアツって呼ぶんだ。あだ名みたいなもんだよ」
「……そういうことにしといてやるよ」
ビンゴとOKAZは、お互いやれやれといった感じで肩を竦めた。さっきから遠慮のないやり取りを交わしている印象だが、腐れ縁という感じなのだろうか。
「さっきまで、消滅危惧地区と供え箱の話をしていたんだ」
「あーね。だからレーダーとか言ってたのか」
「OKAZさんの神業がレーダーみたいな役割を果たしてるんですか?」
「そんな感じですね。細かいことはまた今度話しますけど、消滅危惧地区を狙う輩がいたら、俺がそれを感知して、天秤座のみんなに伝えるってゆー」
「昨日、玉田中学校にぼくが現れたのも、カズから連絡を受けたからだよ」
まさかミュージシャンとは想定外だったな。成神の神業は、大概はその人物ならではの性格や職種に依存するものなのだが、彼の場合は性格が反映されているのだろうか?
説明を終えたOKAZは、ふぅ、と溜め息を吐くと、「おい」と細い目でビンゴを睨む。
「まさか、この説明のためだけに呼んだんじゃねーだろーな……」
「自己紹介と、この説明のため、だよ。これから働いてもらうにあたって、仕事内容の説明は必要だろう?」
「……信じらんねー。早起きして損した」
……なんかよく分からんが、俺たちのせいみたいで申し訳ないな。
文句ありげに前髪をかきあげたOKAZの目が、その時初めてはっきり見えた。中学生のノートに引かれている執拗なアンダーラインを思わせるひどいクマが、両目の下に垂れ下がっている。
「たまの休みを何だと思ってんだ全く」と悪態をつき、OKAZはエレベーターの方へ歩き出した。
「はぁ……帰って寝るわ、お疲れ」
「OKAZさんはここで寝泊まりされないんですか?」
「あー……事情がありましてね。静かなとこじゃないと寝れないんで、いつも寝る時は別荘に帰ってるんですよ」
と、OKAZが壁のスイッチを押して、エレベーターの前で待機し始めたその時。
OKAZの頭に装着されたヘッドフォンの右側の小さな液晶が、ビロビロビロ、と不吉な音を立てて、『CAUTION!!』の文字を表示する。
「……チッ。よかったなアツ、新人さんたちにお仕事の紹介ができそうだ」
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