第30話 ダンジョンへ向けて




 ミュオール王国。

 中央大陸の西に位置する国である。

 気候は西に位置する、といってもやや南国寄りなので暖かくカラッとした天気が続く温暖な地であり、名産はニガヤシ。

 ニガヤシは名の通り苦いヤシの実。

 苦い上クセが強く、ミュオールの料理が不味いと他国から来た者に不評なのはこれが理由と思われる。

 現地の者からすると「この苦味とクセが良い」らしいのだが、私には残念ながら理解出来なかった。

 ……この国の勇者はアキレス様。

 レベルが57だなんて、アレク様とクリス様に出会った頃の私のレベルではないか……。


「ふう……」

「久し振りの大地……ホッと致しますわね」

「そうですね」


 ミュオール王国の港町『キェミュ』。

 丸一日かけてなんとか辿り着いた港で、我々は船を降りる事にした。

 船の運賃は高いし、その船が壊れたのでは出立がいつになるか分からない。

 他の船に乗ってもいいのだろうがダンジョンの話をしてからアレク様が「それなら陸路でダンジョン潰しながら金髪勇者たちの国に行くー?」とおっしゃってくださったので……そうする事にした。

 うーん、やはりマティアスティーンは遠いな……。

 橋から降りてくるエリナ姫へ手を伸ばし、不安定な足場で転ばないようにお支えする。

 姫が降りたら次はカルセドニーだな。

 顔面包帯でぐるぐる巻きだから足元がよく見えないだ…………ろ……う……?


「ふごごごごごご!」

「カルセドニー!」


 簀巻きにされて転がり落ちてきただとー⁉︎


「なにがあったカルセドニー⁉︎ 敵襲か⁉︎」

「あ、ごめん! うっかり落としちゃった!」

「リガル様⁉︎」


 船から駆け下りて来られるリガル様。

 なんだ、どうした、どういう事だ?

 聞けば「最近カルセドニーの体重じゃ軽く感じてきたから、少し重みを増そうと思って!」と明るくおっしゃっていたので…………ん? いや、だからどういう事だ。


「カルセドニーで筋トレしていたら慣れてきたから、重り付きの布団で簀巻きにして抱えながら船の上でスクワットしていたらうっかり落としちゃったんだ!」

「そうだったのですか…………ってなにをなさっているんですか! カルセドニーは筋トレ器具ではありません!」

「え? でもエリナ姫がいいよって……」

「姫!」

「カルセドニーなど筋トレ器具になる使い道があるだけましですわ」

「エ、エリナ姫……」


 ほほほ、と笑顔で言い放つ。

 ちょ、ちょっと根に持ちすぎではなかろうか……。

 ううん、しかし…………一国の姫を、怪我をしたまま放置したのは、死刑になってもおかしくない重罪。

 だ、だが……。


「それよりもミュオール王国に来たからには、ミュオール王にご挨拶しなければなりません。我が国の勇者が貴女になった事も立ち寄る国々に周知させねばなりませんから」

「は、はい……」


 そうか、それもあった。

 そうなると中級ダンジョンよりもミュオールの首都へ行くのが先、だろうか?

 地図、地図…………、…………あった。

 ええと……ここから北東の方角のようだな。


「オルガ? 地図なんて開いてなにしているんだい?」

「あ、アーノルス様……」


 エリナ姫も地図を覗き込む。

 そこへアーノルス様が…………、……アーノルス様……。


「?」

「っ」


 柔らかく微笑まれる。

 お美しいお顔立ち……。

 なのに、この世界で最もレベルが高い剣聖。

 そんなお方に…………わ、私は…………。


「ミュオールの首都へ行くお話をしておりましたの」

「ああ、そうか……オルガが新たなるマティアスティーンの勇者であると報告も兼ねて、中級ダンジョンに挑む件もお伺いを立てなければならないものね」

「んー? ダンジョンに挑むのに王様の許可がいるのー?」

「変なの〜?」


 あ、アレク様とクリス様が来てしまった……。

 アーノルス様にきちんとお答え出来なかった……!

 あああ、私のバカ〜!


「他国で活動する場合は城に上がって王へ挨拶と報告をしなければならないんだよ。……シン帝国は勇者に監視が付くらしいしね……」

「ふーん。……まあ、それはそうだよねー」

「他所の勇者に好き勝手歩き回られたくないもんね〜」

「それよりお腹すかなーい?」

「すいた〜! ねぇ、ご飯食べるところはどこ〜?」

「えーと……私もこの町は初めて来たからな……。このあたりの人に聞いてみよう」

「一緒に行くー! お腹すいたー」

「ボクも〜! お腹すいた〜」


 ……あ、相変わらずマイペースな……。

 まあ、でもあのお二人かなり食べるしな……船の上は決まった量しか食べさせてもらえなかったから、当たり前か。

 成長期なんだものな!


「さてと、我々は宿を探しておきましょうか」

「そうですわね」


 エリナ姫と気絶したカルセドニーを引きずりながら共に町の人に聞き込みし、宿を取る。

 勇者御一行という事で、思いの外早く部屋を取る事が出来た。

 さすがアーノルス様だな!

 だが、その宿での夕食時、看板娘に奇妙な噂を聞いた。


「ダンジョンに勇者が入ったきり戻ってこない……? どこの勇者だ?」

「我が国の勇者、アキレス様です。……元々少々……いや、なかなか……いや結構……かなりの……ちょっと……いえ、相当? ……まあ、あの……控えめに申し上げても……変わったお方ではあったのですが……」


 ……そ、そんなに変な人だったのか?

 言い方が全然優しさに包めていないぞ……。

 この国に以前来た時は、アキレス様は隣国ゼスルスのダンジョン攻略に協力するべく留守だったからお会いした事はない。

 リリス様とローグス様も大層嫌そうな表情で顔を見合わせておられる。

 しかし、普通に考えてダンジョンに行って帰ってこないというのは……。


「ついにくたばったのかしら? でも、そんな感じには見えないというか……」

「うむ、そんなタマではないのだよ」


 ど、どんな人なんだ、本当に……。


「あ、あの、勇者のお話ですよね?」

「ええ、一応ね……」

「勇者の資質があれば性格はそこまで真面目じゃなくても問題ないもんね〜」

「そ、そうなのですか?」

「そこに前例がいるじゃな〜い」

「ふ、ふご」


 クリス様に指差されるカルセドニー。

 う…………うーーん……。


「だがダンジョンから戻らないのは心配だな……。ミュオール王に報告してから我々もそのダンジョンに向かおう」

「……億劫ね〜……」

「なのだよ」

「ミュオールの王都かぁ〜……俺もあそこ嫌いだな〜……」

「…………?」


 リリス様たちの億劫さ全開の表情。

 アーノルス様も表情が固いように見える。

 ……しかし、この国の国王陛下はお優しい方だったように思うのだが……?

 私が不思議そうにしていたのでアレク様が「なんかヤバいの?」と言いながら焼いた魚にニガヤシソースをたっぷり付けて口に放り込んだ。

 う、うわぁ…………⁉︎ アレク様勇者!


「……………………」


 ギュッ、と眉が寄るアレク様。

 ……だ、だから言ったのに……に、苦かったんですね…………。


「うっ!」


 …………クリス様もか……。

 も、もう少ししっかりと説明しておけば良かったなぁ……。


「どうだい? 勇者のお仲間さん! うちの国の名産品ニガヤシの特製ソースだよ!」

「…………フ、フレディ兄様が好きそうな味…………」

「た…………たしかに〜……」

「だ、大丈夫ですか?」

「ジュース飲むかい?」

「ジュース?」

「ニガヤシの味を消す爽やかなトロピカルジュースだよ! 初心者さんは一緒に注文する事が多いんだ。どうする?」

「そうなのか? では……娘さん、すまないがトロピカルジュースをおかわりで……」

「はいよ! 毎度!」


 両手で口を抑えるお二人。

 我々は一度この味を味わっているのでソースは付けずに食べていた。

 リリス様が「初心者にはきついわよねー」と苦笑いしながら水を差し出す。

 間もなく、看板娘がトロピカルジュースを二つ持ってきてくれる。

 ニガヤシよりトロピカルジュースの方が絶対名産品に相応しいと思うのだが……なぜ頑なにニガヤシを推すのだこの国は……。


「ねえオルガ、お金足りるの?」

「はい?」


 もぐもぐと豪快に魚の頭をかじるリガル様。

 お金足りるの?

 ローグス様が眉を寄せ、メニュー表を手渡してくると……は、はあ⁉︎


「た、高い⁉︎ な、なんですかこの法外な値段は⁉︎」

「……オルガ、この国初めてじゃないんじゃないの? ニガヤシソースで苦しむ客に、トロピカルジュースを売りつけるのはこの国の常套手段よ?」

「え⁉︎」

「わたくしたちはトロピカルジュースを頼んだ事がありませんわ……! こ、こんなに高いのですか⁉︎」

「そうなのかい? ……ああ、でも海沿い以外だとスイーツの場合もあるよね」

「⁉︎」

「!」

「……そっちは覚えがあるみたいね?」


 顔を見合わせる私とエリナ姫。

 そ、そうだ……初めてこの国に来た時、ニガヤシソースで苦しんだ我々はその店のオススメのケーキを頼んだ。

 材料費が高いから、スイーツは高額だけど……と店員が親切に教えてくれたが耐えられない苦味だった。

 舌が痺れるような苦味に、ケーキの甘さが広がるとそれはもう癒されたのを覚えて……いるが……ま、まさか……。


「……しかし、港町ここは容赦がないのだよ……。あのソースの恐怖を知っている身としては二人がトロピカルジュースを飲むのを止める事は出来んがね……」

「うっ……」


 た、確かに……。

 水ではとてもどうにか出来るものではないですものね……!


「そもそもニガヤシってホントはニガヤシ酒っていうお酒の原材料なのよね。ニガヤシソースの方がインパクト強いけど、地元民はお酒にして料理や医療なんかに使うんですって。普通に飲んでもそこそこ美味しいのよ」

「うむ、ニガヤシ酒は消毒液や毒消しの原材料の一つなのだよ。消毒能力の高い酒だ。医療分野では注目度が高い酒なのだよ」

「あ、あれお酒になるんですか?」

「結構美味しいんだよ! ……オルガはお酒まだ飲んだ事ないの?」

「は、はい」


 ……そ、そうか……少し子どもっぽ感じはあるけどリガル様も成人されているのか……。

 そうだよな、アーノルス様の学友という話だったし……。

 リリス様も年齢不詳だが、成人はなさっているよな。


「あら、じゃあ飲んでみたら?」

「この国は十五歳で酒が解禁されるらしいからな。良い経験になるかもしれんのだよ」

「え? そうなの? じゃあ僕らも飲めるのー?」

「ほんと⁉︎ 飲みたい飲みた〜い!」

「勇者ねあんたたち……今し方ニガヤシソースの洗礼を受けたばっかりなのに……」

「え、苦いの〜⁉︎」

「普通の酒よりはいくらかね……」

「「………………」」


 やや困り笑顔のアーノルス様の答えに、顔を見合わせるアレク様とクリス様。

 トロピカルジュースは効果抜群だったようだが……立て続けによくニガヤシの酒を飲みたいなんて……。

 け、見聞を広める……?

 い、いやぁ、それはまだ知らなくてもいいような……?


「やめとくー」

「やめとく〜」

「無難ね。オルガとエリナ姫はどうする? あとカルセドニー」

「ふご! ふごごごふごふごふご!」

「なんて?」

「飲む。ここで逃げたら男じゃない、と」

「……もうオルガのカルセドニーの解読能力は一種の魔法かなにかのように感じるのだよ……」

「じゃあ頼もうか」

「わ、わたくしは遠慮致しますわ」

「オルガはどうするの? ワタシと乾杯しちゃう?」

「い、いえ、私もまだお酒は……」


 あと、初めて飲む酒がニガヤシ酒なのは遠慮したい。

 付け加えるとアーノルス様が優しく微笑まれる。


「そうだな、せっかくだし……オルガの初酒は我が国の地酒はどうだろう? フォン酒という果汁酒だよ」

「果汁酒ですか……美味しそうです」

「ええ、それならわたくしも飲めそうですわ」

「あら? お姫様は確か十六歳じゃなかった? マスキレアもお酒は十八歳からよ?」

「……わたくしはあと二年ですのね……」

「まあまあ落ち込まないで! 二年なんてあっという間よ〜。お姫様の誕生日には盛大に飲み明かしましょ!」

「明かす必要はないけど、誕生日にパーティーをするのは楽しそうだね」

「はい!」


 エリナ姫様は本来、マティアスティーンの王女として盛大に城でパーティーを開いて祝われるべきだ。

 魔王討伐のためとはいえ……姫様が大切な青春時代をこのように過ごされるのは心が痛む。

 せめて成人なさる時は私も出来る限りの事をしてお祝いして差し上げたい!


「まあ……皆さま……、……うふふ、楽しみにしておりますわ」

「ふ、ふごふご……」

「お黙り」

「……ひ、姫様……」


 恐らくカルセドニーも「姫様……」とお声がけしたのだろう。

 カルセドニーの方を見る事も、笑顔を崩す事もなくエリナ姫はカルセドニーを黙らせる。

 む、無理ない事とはいえ……あわわわわ……。


「…………」

「? どうしたのアレク〜?」

「……いや……なんか、ほら…………あれ」

「…………?」

「お二人ともどうかされましたか?」


 アレク様が店の外を指差す。

 数人のボロ布を纏った年端もいかぬ少女たちを連れた二人組の男。

 少女たちはまだ十代前半……かなり幼い。

 靴も履いて良いないし、無表情で俯いて男たちについて行く。


「…………アバロンで見た事ある光景だねー……」

「あ〜……」

「? クリスちゃん、アバロンって?」

「うちのお隣の大陸の国だよ〜。気高き白き竜への祈りと感謝を忘れて大地が半分になった国々〜」

「だ、大地が半分? それに、竜、ですか?」


 それって魔物……?

 しかし、気高い魔物?

 魔物への祈りや感謝って一体……。


「…………。女の子がああいう顔をしていると……気分が悪いねー……」

「アレク様?」

「殺さないようにしなよ〜? アレクは手加減上手いから大丈夫だと思うけど〜」

「勿論。簡単に殺しちゃったらつまんないでしょー」

「へ?」


 物騒な⁉︎

 にこやかに立ち上がり、店の外へと歩いて行くアレク様。

 あんな物騒な発言の後では追いかけないわけにいかない。

 クリス様とローグス様とエリナ姫を残して、私たちもアレク様を追う。


「アレク様、お待ちください」

「あれ、みんな来たの?」

「なにを見付けたんだい?」

「あれ」


 アーノルス様とリガル様がアレク様の指差す方を見る。

 ニヤついた男二人に挟まれるように歩く三人の少女。

 それで察したらしいアーノルス様たちが表情を歪める。


「奴隷商人だわ……」

「やはりそうなのですか」

「ふご……!」


 噂には聞いた事がある。

 姫やナナリーは可愛いから奴隷商人に気を付けろって……ミュオールに初めて来た時に、国の役人に忠告された。

 シン帝国にすら奴隷はいないというのに……なんておぞましい。

 け、けれど確か奴隷制度はミュオールでも廃止されていたような……。


「やはりって事は……」

「ミュオール王国とゼスルス王国の一部には奴隷制度があったんだ。我が国と国交を行う間にゼスルスは奴隷制度を廃止したのだが……」

「ミュオールが奴隷制度を廃止したのはつい最近なんだよ。ほんの二年くらい前!」

「二年前? ……あー……それでまだああいう奴らがうろついてるんだねー」

「そうね……。……仕方ないわ、見付けちゃったからには放って置けない。役人を呼んで来ましょう。オルガたちはあいつらが逃げないように見張っていてくれる?」

「分かりました」

「え、殺しちゃおーよ」

「すごくダメなやつです」

「…………ぶぅー」


 物騒ですアレク様。

 一体どうなされたのだろう?

 いつものアレク様ではないような……。


「ふごふごふごふごふごごふごふごふごごご」

「なんて?」

「それに奴らをやっつけても女の子たちをどうするつもりだ、と」

「あー、確かにねー。そこまで考えてなかった」

「あら、アレクちゃんにしては冷静さを欠いてるわね?」

「ああいう人種を見ると殺したくなるのー」

「…………オルガ、アレク君を頼むよ」

「はい……!」


 アーノルス様とリガル様とリリス様が手分けして役人を探しに行ってくれる。

 我々は男たちと少女たちの行方をこっそり追跡した。

 木製の家が多いこの町は、あまり広くはない。

 しかし家々は密集していて、その隙間を縫うように男たちは少女らを連れて進む。

 そうして辿り着いたのは船着場だ。

 ま、まずい…………まさかあいつらあの少女たちを船で運ぶつもりでは……!


「ねー……」

「ダメです。殺してしまっては」

「なんでー」

「ふごふごふご」

「なんてー?」

「えーと、他にもいるかもしれないと。……つまり、奴らの仲間や、他にも捕まっている子どもがいるかもしれません」

「そっかー……」


 ざ、残念そう……。


「というか、アレク様はなんでそんなに奴隷商人が嫌いなのですか?」

「え、奴隷商人好きな奴とかいないでしょ」

「それはそうですがアレク様は嫌いすぎでは……」

「…………僕らの国の民にも手を出すんだもの。嫌い」

「…………」


 ……ものすごく王子らしい理由だった……。


「船沈めちゃおうよ」

「ふご」

「……アレク様、とりあえずアーノルス様たちを待ちましょう? ね?」

「チッ。分かったよー。……クリスがいれば下半身石化の呪いでもかけて下から少しずつ砕いてやったのに」

「………………」


 クリス様ってそんな怖い事も出来るんだ……っ。

 絶対に怒らせないようにしなければ…………アレク様も考える事が怖い!


「オルガたち今『なにその考え怖』とか思ったでしょー」

「普通に怖いですよ。思うに決まっているではありませんか」

「言っておくけど一番上の兄様はもっと怖いからねー。首から下を凍らせて、痛覚を麻痺させてから四肢の先端を割り砕き、凍ったところを溶かす…………するとどうでしょう…………痛覚がゆっくり戻ってきて……じわじわと……」

「ひいいいぃ!」

「ふごおおおおぉっ」

「お待たせ。………………なに? こんな状況で怪談話でもしてたの?」

「リリス様〜!」

「ふごおおおぉっ」


 アレク様のお兄様怖い!

 と、私とカルセドニーが縮み上がっていたところに役人を連れたリリス様とアーノルス様、リガル様が到着した。

 船の方を見ると、男たちが少女たちを船へ乗せようとしている。

 まずい! 早く助け…………。


「………………」

「どうしたんだい、オルガ?」

「……………腰が抜けました」

「ふご……」

「え? そ、そんなに怖い話ししてたのかい? 大丈夫かい、オルガ。君が腰を抜かすなんて……」

「なんでこのタイミングでそんな怪談話してるのよ〜……」

「ごめん。すごいごめん」


 私とカルセドニーは腰が抜けて立てなくなっていた。

 アレク様のお兄様すごく怖い。

 いや、実話ではないのかもしれないけれど、一国の王子の拷問と考えるとありそうだし…………。

 アーノルス様が腰に手を添えて撫でてくれるが、それでなんとかなる腰ではない。


「まあいいや。もう殺してもいいよね?」

「生け捕りよ」

「他にも捕まっている女の子がいるかもしれないよ! アレクくん!」

「そうか。じゃあ…………『永遠追雷縛エタームス・ジ・ゲツルド』!」


 アレク様のお国の言葉?

 この世界の言葉とも、これまで聞いた強化魔法の術名とも些か違う響の魔法を唱えるアレク様。

 両手を掲げ、術名を叫びその両手を大地に叩きつけるようにすると、手のひらが光る。

 その手のひらの側から出てきた無数の光が、暗い闇夜を照らしながら男たちの元へと向かっていく。

 ひい、という男の声。

 逃げ出した二人の男を、瞬く間に捉えて拘束する光の帯。

 更に、その帯には追加効果があったようで…………。


「ぎゃああああああ!」


 え…………。

 ひ、悲鳴? な、なぜ?

 転がった男たちが突然叫ぶ。

 その、苦悶の表情たるや…………な、なんだ⁉︎


「はーい、動くと電気が流れまーす。逃げようとすると痛い事になるよー。自殺防止効の電撃心臓マッサージ機能付きだから諦めて洗いざらい吐いちゃった方が幸せだねー。…………そのあとゆっくり手足を痺れさせて両目を潰してあげるよー。うちの国で奴隷商人は目を潰すのが法律で決まってるんだー」

「アレク君、アレク君、ここはミュオールだから! ミュオールの役人に任せてくれないか⁉︎」

「じゃあ片目で許してあげるよー。僕、奴隷商人だーぁいっ嫌いー。命を取らないだけマシだと思えー」

「アレク君!」


 アーノルス様がなんとか引き止めて、アレク様が肩を竦める。

 その間に役人が五人ほど駆け寄って、男二人を縄で拘束し、少女たちを保護した。

 普通ならここで一件落着…………なんだが……。


「アレク君、もう魔法を解いても大丈夫だよ」

「というか、そんな魔法で拘束してたら役人の人たちがきちんと縛れないわよ、アレクちゃん」

「他にも捕まった子がいるかどうか調べるんでしょう? この魔法は術者の任意で電撃を味あわせる事が出来るから素直に答えてもらおうよ」

「鬼なの? 奴隷商人になにか恨みでもあるの? さっきから奴隷商人にあたりきつすぎない? アレクちゃん⁉︎」

「うちの国でも奴隷商人が幅を利かせててねー…………見付け次第両目を爆破するのー」

「素直に吐いた方が身の為の様だぞ、君たち」

「話します話しますお話しさせてください!」


 アーノルス様が見下ろしながら奴隷商人の男二人に告げる。

 う、うん、あれは喋りたくなるな。

 アレク様、始終笑顔で怖すぎる。

 涙ながらに男たちは洗いざらい、役人やアーノルス様が聞いた事に答えていく。

 アジトの場所、仲間の人数や特徴、奴隷の売買ルート、価格や取引相手に至るまで…………なんか段々可哀想になってきた…………。


「…………なかなかの規模の様だな。まだ奴隷制度が廃止されて二年……、……この国では奴隷が根強いというわけか」

「ミュオールの王様に会う時、苦言という形で釘を刺しておいた方がいいわね。今出た名前って確か……」

「ああ…………」

「どうしたんですか?」

「オルガ! 腰はもう大丈夫なの⁉︎」

「は、はい、リガル様…………もう大丈夫ですよ」


 なんだろう……最近リガル様の背中に尻尾が見える。

 幻覚なのは分かっているんだが、なんでかな?

 あ、いや、それよりもリリス様とアーノルス様の深刻な表情が気になる。

 奴隷を買い付けている取引相手の名前…………ええと確か……。


「その、ゲテムという名前がどうかしたのですか?」


 聞くとアーノルス様たちよりもミュオールの役人たちが分かりやすく目を逸らす。

 ……これは、なかなかの大物……なのか?

 役人たちがこの反応って……まさか…………。


「ゲテム……ゲテム・ルッスドーリスというこの国の大臣の息子だ」

「! 大臣の…………」


 それは役人たちも目を逸らすわけだ。

 ……いや、ではなく……。


「大臣の息子が奴隷の売買に関わっているのですか⁉︎」

「さらりとヤバい事知っちゃったわね〜。……まさかアキレスはこの事を知ってダンジョンから帰ってこないのかしら?」

「ありえるな……」

「? この国の勇者がなんでそこに関係してるのー?」


 アレク様が首を傾げる。

 ……私はこの国の勇者と面識はないし、ほとんど存じ上げない。

 ただ、この国の勇者が選定された事でこの国から奴隷制度がなくなったと聞いた。

 勇者となったアキレス様がそれを王に望んだのだそうだ。

 それを聞いた時はなんて素晴らしい方なのだろうと思ったけれど……。


「……この国の勇者、アキレスはゲテム・ルッスドーリスの奴隷だったんだよ。……本当にたまたま、偶然……聖剣に“触れ”……名もなき奴隷の青年が聖剣を“倒して”しまった。…………そう言われている」

「…………。……なるほど。でも、地面に突き刺さっていた聖剣は触れた程度では倒れないよ」

「ああ……抜いた私もそう思うよ。……ただ、一部の者たちはまだ彼の事を勇者と認めていないのさ。愚かな事だがね……」

「……そっか……それで彼はダンジョンに行って帰ってこないのか。なるほどねー」


 アレク様が先程とは違う意味で微笑む。

 ……なるほど、つまりアキレス様はダンジョンの中でやられてしまったか……あるいは――――。


「こ、抗議の意味も込めて、まさか、聖剣をダンジョンの中に……?」

「可能性はある。彼はそういう事を“やりそう”な人間だからね」

「やりそうっていうか、やるわよ。あいつなら」

「あはははは! 僕、そういうの好きー」

「アレク様、笑い事ではありません」


 これは、とんでもない事になっている予感しかしない……。

 勇者アキレス様……ご無事なら良いのだが……。



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