第27話 勇者アキレス




 四階の梯子をアーノルス様が先陣を切って登る。

 私はその後ろに付き、一段一段上がっていく。

 素早く登り切り、アーノルス様の横に付いた。

 そこは広々とした……コロシアムの中央舞台……?

 空は暗雲が渦巻く。

 観客は魔物たち。

 唸り声や威嚇する声が地響きのように会場を揺らす。

 結局、我々が全員『舞台』に揃うまで魔物たちの怒号は鳴り止まなかった。

 ……だが、なるほど……処刑場としては素晴らしい舞台だな。


「……アキレス」

「!」


 静かに、アーノルス様が呟いた。

 慌てて観客席から真正面へ視線を戻す。

 灰色のみすぼらしい布を纏った一人の青年。

 青い髪が靡く。

 顔立ちは美しく、優しげに微笑む姿は知的な感じがした。

 あれがアキレス様?

 え? アキレス様……ええ⁉︎


「生きておられたのですか⁉︎」

「え! 自分は死んだ事になってたんですかぁ⁉︎」

「……。……はい」

「あらぁ〜。……あははははははは!」


 ええ⁉︎ わ、笑う⁉︎

 そこで笑う⁉︎


「ところでアーノルス様、お久しぶりです。あなたなら登ってきてしまうと思っていました。キニスンが無礼を働いたようですみませぇ〜ん」

「いや、構わないよ。君の無事が確認出来た。我々の目的の第一段階はこれで完了。次だ。アキレス……聖剣は?」

「持っていますよ。取りに来たのなら申し訳ない。……ミュオールに聖剣は返せないんです。極々個人的な理由で」

「……そうか」


 ……やはり、アキレス様はミュオールへの抗議の為にこのダンジョンに……。

 しかし、アキレス様が現れた途端魔物たちが一気に静まり返ったな。

 どういう事なのだ?

 ……まさか、やっぱりアキレス様はナナリーのように『魔物化』してしまったのか……?

 だとしたら……今の我々では……っ!


「ねーねー、聞いていたよりもまともな人だねー?」

「そ〜だね〜。リリス、この国の勇者は変人だって言ってなかった〜?」

「……そうね、表向きはまともよ」

「……あ……たち悪いタイプですねー。把握」

「理解〜」

「…………」


 なんか後ろで気になる事話してる……。


「ところで、キニスンは? 彼女に聞きたい事があるんだ」

「彼女? ……ああ、キニスンなら今一人反省会を……、おーい! キニス〜ン! ご指名ですよぉ〜!」

「普通に呼ぶのか⁉︎」


 という事はアキレス様とキニスンはやはり知り合い……いや、仲間?

 アキレス様が後ろの方へ声をかけると、客席の魔物たちがちらちらと一箇所へ顔を向ける。

 その視線の中心に縮こまっていたメイドが立ち上がり、こちらをじとりと睨む。

 きゃ、客席にいたのか……気付かなかった。

 不機嫌そうにしながら客席よりふんわりと降りてくる。


「……帰ってくれなかったんですね」

「彼は勇者だから帰りませんよぉ。アーノルス様が来たら通していいですよって言ったのにぃ」

「嫌です! 貴方以外の勇者は信用なりません!」

「おやおや、そんな事を言っていいんですかぁー? キニスンが今着ている服は別にこの国の民族衣装なんかではないですよぉ〜。給仕の女性が着るメイド服〜。つまり女装でぇ〜す」

「え」



 え。



「……、……、……騙したんですかーー⁉︎」

「いや、だってまさか信じると思わなくて」

「ぬぁぁあああぁぁぁ! んもおおおおお! 貴方という人はぁぁぁ! どうしてそう息を吐くように嘘ばかりいぃぃぃ‼︎」

「あははは」


「…………」


 胸ぐらを掴んでガックンガックンと。

 ……え? え? え……?

 え? ……え? じゃあつまり……つまりキニスンは……。


「じゃあこの格好は女の人の格好なんですか⁉︎ わたしはずっと女の人の格好で過ごしていたんですか⁉︎ ひ、ひどいです〜!」

「だってお耳はともかく尻尾はズボンに穴を開けなければならないではありませんかぁ。キミ、尻尾を触らせてくれないから開けるべき穴の直径が分かりません」

「ううううううう! 尻尾は敏感なんです! 触られたくないんです!」

「だからスカートにしました! 自分が昔勤めていたところにはメイド服がたくさんあったのでデザインを覚えています! だからメイド服にしましたぁ〜」

「ううううう! そんな事するくらいなら言ってくださいよおぉ! 一度くらいなら頑張って我慢したのにぃぃ!」

「では今度の機会にでも」

「是非そうしてください!」


 ……お、お、お……男の子?


「なぁんだ、男の娘なんてボクの敵じゃあないよね〜」

「クリスちゃんはなにと戦うつもりなの?」

「もちろんジャンルと」

「なんの」


 私は突っ込みませんよ。


「あ! しまった忘れるところでした。アーノルス様、キニスンになにを聞くのですか?」

「! え、ええと……お、男の子……?」

「うふふふ! かわいいのでメイドさんになってもらいました! かわいいは絶対的な正義です。それ以上の正義は存在しません」

「そ、そんな事もないと思いますが!」


 わ、私も同意だキニスン……。

 い、いや、勿論アキレス様のおっしゃる事も分からないでもないけれど……!


「え、じゃあ本当に男の子だったのかい⁉︎ 可愛いね⁉︎」


 ……あれ? なんか今、胸がモヤッと……。

 アーノルス様とは先程手合わせしたばかりなのに……今すぐまた手合わせをしたい気分……?


「ですよね、かわいいですよね。お耳も尻尾ももふもふでかわいいですよね」

「可愛いを連呼しないでください! わたしは男です!」

「キニスン、あなたは知らないかもしれませんが幼い頃からたくさんかわいいと言われると将来ムキムキになれるのですよ」

「え! そ、そうなんですか……?」

「そうですよ。キニスンの理想はシオール様のようなムキムキ勇者なのでしょう? だから自分がたくさんキニスンをかわいいと言ってあげます」

「……そ、そうだったのですね……」


 ……そ、そうだったのか……⁉︎

 そういえば私も父によく「オルガは可愛いな。将来立派な戦士になれるぞ〜」と言われた……。


「……ホントだー……ヤバイねあの人」

「ホントに息を吐くように嘘を吐いてるね〜……」

「え⁉︎ 嘘だったんですか⁉︎」

「オルガ信じたのかね⁉︎」


 思い当たる事があったもので!


「…………」


 あ、危うく騙されるところだった。

 し、しかしアキレス様、お話に聞いた通り変わった方だな……。

 キニスンの頭をよしよしと撫でているところは優しいお兄さんのようなのに。

 ………………。

 ……はっ! 微笑ましいものを眺めている場合ではなかった!


「失礼! キニスン、君にいくつか聞きたい事があるのだが!」

「プイ」

「!」


 か、顔を背けられた!


「……アキレス、キニスンはベルチェレーシカの聖剣を持っていた。彼は、勇者なのか?」

「えーと、自分の認識で言うのならキニスンは立派な勇者です。『国の勇者』ではない分、この世界で最も自由な勇者ではないでしょうか!」

「っ」


 ……自由な勇者。

 どこかの国の勇者ではなく?

 し、しかし……。


「しかし、彼が持っているのはベルチェレーシカ王国の聖剣なのでしょう? ならば彼は……ベルチェレーシカ王国の勇者なのでは……」

「ベルチェレーシカの勇者は死にました」

「……え」


 冷たい声。

 こちらを見る事もなく、アキレス様の服の裾を握り締め、切り捨てるかのように言い放つ。

 死んだ……?


「……で、ではベルチェレーシカの王やお妃が殺され、姫が拐われたのは……勇者が亡くなったから……」

「…………っ!」

「!」


 キッ、と強く睨まれる。

 恐らく今までで一番、強い感情が込められた眼。

 思わず口を閉じてしまう。

 なぜ、キニスンはあんな眼を……。


「……えーと、アーノルス様の新しいお仲間様でしょうか? そういえば自己紹介がまだで失礼しました。アキレスと名を頂いた者です、以後お見知り置きを」

「え、あ、は、初めまして、オルガと申します! ……マティアスティーンの勇者です」

「おやぁ、同業者の方でしたかぁー」


 同業者……いや、間違ってはいない。

 間違ってはいないんだが……なんだこの複雑な気持ち。


「とりあえず意図が分からない質問は苦手なので質問に至る経緯の説明が頂きたい感じです」

「え……、あ……、……。以前、私と共に戦っていた仲間がナナリー姫だったのです。ベルチェレーシカの、王女……。しかし彼女は魔王によって『コードブラック』にされていました。……ベルチェレーシカの勇者が彼女と彼女の両親を守り救っていたならば、そんな事にはならなかったと……」

「なるほど。けれどそれは確信のない身勝手な願い。それはキニスンに押し付けてよい責ではないですよぉ」

「う……、そ、それはそうかもしれませんが」

「それよりあなたも勇者様ならばもう一つキニスンに聞きたい事があるのではありませんかぁ?」

「…………」


 ……、この人……。

 顔はずっと、笑っているけれど……。


「まあ、別に質問に至るまでの経緯の説明は自分興味ゼロなんですけど」

「…………」


 なぜそれを今付け加えた……⁉︎


「では簡潔に……勇者として、私たちに協力してくれないか?」

「へ?」

「……」


 ?

 すごく変な表情をされた。

 アキレス様も一瞬、笑顔が消えたな?

 なんだ? 変な事なんて言ってないのだが。


「きょ、協力……? わたしになにをさせるつもりですかっ!」

「け、警戒しないで欲しい! 実は……」


 ともかく話を聞いてもらおう。

 我々が聖剣と勇者を集めている事。

 勇者と聖剣が集まれば恐らく『世界樹創世神』と対話が出来る……我々は世界樹との対話を望んでいる。

 世界樹と対話し、世界樹の願いを聞かなければ魔王を倒しても次の魔王が呼ばれてしまう事などを、出来るだけ詳しく説明した。

 私は口下手なので、アーノルス様やローグス様が色々分かりやすく噛み砕いて付け加えてくれる。

 見る見る表情が曇るキニスン。

 アキレス様は……ずっとニコニコしているが……。

 ……この人は、多分……、我々の話に興味がないな。

 なんだろう、この人から感じる、この……言い知れぬ違和感。


「ええと、だから、協力して欲しいんだ! 世界樹と対話する為には全ての国のすべての勇者と聖剣の力が必要……だと思われる! まだ憶測でしかないけれど、魔王を倒す為にも悪い事ではないはずだ、頼む!」

「君の持っていた聖剣についても聞きたい。我々には扱えない聖剣の力を君は使っていた。どうしたら使えるようになるのか、とか……」

「……。……アキレス様……」

「…………そうだねぇ……」


 にっこりと微笑むアキレス様。

 不気味だ。

 この人からはなんというか、不気味なものを感じる。

 私にはない何か。

 いや、私にはあるのに、彼には……なにか、こう……『無い』。

 それが、なぜか無性に恐ろしい。


「キミはどうしたい? キニスン」

「……! わ、わたしは……わたしの願いは……、……。……わたしの願いは、今の話を聞いても変わりません」

「では聞いてみよう」

「はい。……勇者オルガ、貴女のお話は分かりました。けれど、貴女たちは結局、魔物を倒すのでしょう? このダンジョンを消そうと、登ってこられたのでしょう?」

「? ……、……私は殺されるつもりはない。襲われるなら……倒すまでだ。それに、このダンジョンはすでに周辺に影響が出始めている。……消さねばならない」

「…………。わたしは魔物と共に生きていく世界が望みです。その為にわたしは魔王と対話し、必要ならば魔王に与する事も辞さない覚悟です! 魔王を倒し、その後は⁉︎ 魔物も一掃すると言うのですか?」

「⁉︎ ……なっ、しょ、正気か⁉︎ 魔王に与するなど」

「本気ですとも。全ての魔物が悪だと決め付けるのならば、勇者であろうとわたしの敵です! このダンジョンにいる魔物たちも……みんなわたしが守ってみせる!」

「!」


 ぎゃあ、ぎゃあ、と再び騒ぎ始める観客席の魔物たち。

 なにもない場所から再び聖剣を取り出して、巨大化させるキニスン。

 まずい、このままではまた戦闘に……!


「アキレス! 君も同じ意見なのか⁉︎」


 アーノルス様!

 そ、そうだ。……アキレス様も勇者のお一人。

 キニスンと同じように、魔王に与すると言うのか?

 先程から感じる違和感。

 ……アキレス様は、魔物化している?

 それによる違和感なのか?

 正体を、表すのなら……戦闘は避けられない……⁉︎


「…………」


 剣の柄に手をかけた時、あまりにも美しく微笑むアキレス様に一瞬目を奪われた。

 優しく、慈悲深い……そんな笑顔。

 なんだ、あれは。

 人はあんな風に……笑えるものなのか……。


「それが必要だと判断したらそうします。必要ないと判断したらやりません。そして自分とキニスンは答えを出せずにここにいます。アーノルス様、あなたなら必ずこのダンジョンを踏破し、最深部たるこの場所に来ると思っていました」

「…………」

「そしてその時、自分とキニスンは答えを見出す事が出来るかもしれないとも。これは嘘ではなく本音ですよ」


 ふふふ、と笑いながらアキレス様も空へ向かって手を掲げる。

 白く、虹色に輝く空間より聖剣が現れた。

 あれが、ミュオールの聖剣…………え?


「っ!」

「!」

「な!」

「嘘でしょ……⁉︎」


 目を疑った。

 アキレス様が手にした聖剣の鍔の石は四つ、輝いている!

 キニスンの聖剣の石は三つ。

 ……アキレス様の聖剣の方が、力が解放されている……⁉︎


「まあ、自分には『本心』などありはしないので……やっぱり嘘になってしまうのかもしれませんけどねぇ」


 キュン……とアキレス様の持つ聖剣はキニスンの物とは真逆に細長く変わる。

 まるで杖のような……。

 いや、細剣レイピアか?


「待て、我々は君たちと敵対する意思はない!」

「ではこのダンジョンは放置しますかぁ?」

「そ、それは出来ないが……」


 ぐっ、と私も詰まる。

 このダンジョンは放置するわけにはいかない。

 既に瘴気が広がりつつある。


「……そうですよねぇ……あなたたちは勇者様なので瘴気を放置出来ないはずです。魔物たちにとって瘴気はゴハンなので、食べないと元気が出ないそうです。……キニスンは半分魔物なので、多少の瘴気がなければダメです。……この子は外の世界では息が詰まって大変なのだそうですよ」

「!」

「勇者様、あなたたちは……世界を救うと思います。でも自分はこの子の言う、魔物と人が楽しく暮らせる世界が見てみたいです。人同士ですら争い合い、仲良くする事もないのにこの子の理想は突き抜けてます。ありえない! ザ! 夢物語! 子どもの寝言!」

「んもおぉ! い、言い過ぎですよ! アキレス様! 酷いです!」

「でもとても見てみたい。とても。だってキラキラしているではありませんか! 子どもの夢物語、キラキラしている! とっても素敵です! ……なんにも感じない、自分の『こころ』が動いた気がしたので、自分はこの子の味方をします!」

「っ!」

「このダンジョンは、わたしが半分人なのに受け入れてくれました。だからわたしはこの場所を守ります! ……この場を荒らす勇者たち! 今度は手加減しません! このダンジョンはわたしが守る!」

「以上! 自分たちとアーノルス様たちが“戦う理由”です! やっぱり分かり合えないみたいですねぇ! あははは!」


 剣を抜く。

 なんて事だ……キニスンにはそんな事情が。

 確かに、それならばこのダンジョンはキニスンにとって生きるのに必要な場所。

 ……いや、そんな事を言えば、これまでのダンジョンや魔物たちにも……、……惑わされるな!

 首を振る。

 魔物たちは、確かに中には人に有益なボアのような魔物もいるが……それでも戦う力のない人々にとっては脅威だ。

 魔物と共生……そんな事は不可能!

 魔王を倒さねば、もっと人が襲われる。

 我々は魔王を倒し、この世界を以前のような平和な――。


「あなたの考えてる事当てましょうか」

「……」

「魔物がいなくなれば今度はまた、国同士が殺し合いますねぇ」

「くっ!」


 いつの間に!

 接近された事に気付かなかったなんて。

 振られた細剣は難なく跳ね除けられた。

 パワーなら私の方が上という事なのか、まだ小手調べか。


「……穏やかなる風よ、今だけ我が願い聞き届け、全てを刈り取る白刃となせ! ザ・テンペスト!」

「魔法⁉︎」

「オルガ! そのまま! 防御壁バリア!」


 私たちの周りを竜巻が覆う。

 クリス様の防御壁バリアのおかげで一瞬でズタズタに切り裂かれるのは避けられたが……。

 こ、こんな大技を、たったあれだけの詠唱で……!

 いや、それよりも……細剣となった聖剣の刃が光った!

 アキレス様の聖剣は魔法の補助が出来るのか⁉︎


「うぐぐぐぐっ」

「クリス様⁉︎」

「どうしたのクリスちゃん⁉︎」

「す、す、す……掬い上げられるっぅぅ!」

「「えええ⁉︎」」


 ふわ、と足元が浮き上がる。

 え、えええ! クリス様の防御壁ごと……⁉︎

 そしてゆっくり回転し始まる。

 防御壁内の我々はあまりの事態にあわあわと手足をばたつかせるが……。


「防御壁ごと吹き飛ばそうなんて……ずるぅいぃ〜!」

「うわあああ!」


 HPへのダメージはないが、球体の防御壁内にいる我々は竜巻の回転に巻き込まれて上下左右がぐるぐると……回る〜⁉︎

 くっ、勇者が魔法を使うなんて……!


「あだ!」

「あっはっはっ」


 風が止むと防御壁がバウンドしながら落ちる。

 風船の中のような状況だったので落ちた衝撃はそれほどないが、防御壁がパァンと消える異常事態。

 クリス様の防御壁が割れたぞ。

 しかも風船みたいに。

 な、なんという事だ。

 こんな事があるなんて。

 くっ、地面に転げる我々をアキレス様は腹を抱えて笑っておられる。

 なんなんだこの人本当にもう!

 戦闘中なのにあの緊張感のなさ……!

 調子が狂う!


「砂かけダッシュ!」

「しまった!」

「わぎゃ!」


 落ちたところをキニスンの『砂かけダッシュ』!

 命中率低下の付加。

 ぐぬぬ、視界が歪む!


「いかんのだよ、オルガとリガルが『砂かけダッシュ』にやられたのだよ!」

「どうでもいいけど技名に力抜けない? ワタシだけ?」

「しっかりするのだよ! 猫系の魔物は技名や容姿で猫好きを魅力してくる事もある強敵だ! 我輩も猫派故に物凄くやり辛いが、魅力されている場合ではないのだよ!」

「眼鏡がやたらと帰りたがった理由それじゃないよねー……?」

「いけませんわ、光魔法を使えるローグス様が魅力により『全体弱体化』にかかっています!」

「くそぅ! これだから猫は! っていうか既にあんたが魅力でやられてんじゃあないのよ⁉︎」

(魔女のおねーさんのキレ具合がいつもよりヤバいんだけど、クリスー)

(察してあげなよ~、アレク……)


 まさかローグス様まで弱体化に⁉︎

 これは普通にまずいのでは……。

 やはり先ほどローグス様に言われた通り、一度町に戻り態勢を立て直すべきだったか……!

 し、しかし!


「…………」


 しかし、これは、どうしたら……。

 ダンジョンはキニスンにとって必要な『瘴気』があるという。

 とは言えこのダンジョンをこれ以上放置は出来ない。

 人と魔物の共生など、不可能だと思っていたが『それ』を望む勇者……。

 彼らが魔王に与するのだけは絶対に阻止しなければならない!

 ……ならば倒すのか?

 同じ勇者を?

 少なくともアキレス様がキニスンの味方をする『事情』は少しだけ分かる。

 この国やこの国の王たちを見れば――。


 魔王を倒せば元の平和な世界に戻る?


『あなたの考えている事、当ててあげましょうか。魔物がいなくなれば今度はまた、国同士が殺し合いますねぇ』


 だから魔物との共生を?

 しかし、その為に魔王に与して良いと?

 魔王と魔王の軍勢が人々へ行う殺戮を許すというのか?


『おかしな事を言いますね。魔物の殺戮と国と国の行う武力衝突のなにが違うのですか。生き物が生き物を殺すのは変わらないではないですか。命が蹂躙されるのは変わらないではないですか。あなたはなににこだわっているんですか? 敵の姿が違うから、それが間違っているというんですか?』


 それは――。


『襲ってくる敵に殺されない為に武器を持つのなら、それは相手が人間でも同じ事ではないですか。あなたは『勇者』だから『人間』は殺さないのですか。『勇者』だって『人間』なのに」


 ……それは――。


『なら! 勇者アキレス! あなたは『人間』を殺すのですか』

『殺しますよ。人間は生き物を理由なく殺せる唯一の生き物です。魔物たちは魔王に命じられたから人間を襲うのです』

『!』

『でも人間は飽きたから、腹が立っているから、殺したいから、犯したいから、そうしたくなったから……そんな理由で『奴隷』を殺します。自分もたくさんたくさん殺されました。こころがなくなるくらい殺されました。こころがなくなればなにも感じません。奴隷はこころがない方が生きていられます。でもそれは生きているといえるのでしょうか? 自分はたくさん死にました。もうなにも感じません』


 右手が熱い。

 聖剣を持つ手から伝わる。

 痛みもない。

 なにもない。

 空っぽの『こころ』。

 視界が奪われたから感じるのか?

 これはアキレス様の……『こころ』?


『もうなにも感じません。でも、聖剣を手に入れたあとの人々は変わりました。自分に魔物を殺すように命令します。これまでと同じなのに違います。なにが違うか分かりますか? 自分は『勇者』になったから、もう『奴隷』ではないそうです。おかしいですね、『勇者』はお風呂に入り身なりを整えなければならないそうです。『勇者』はお腹いっぱい食べてしっかり休まなければならないそうです。『勇者』なので、みんな大切にしてくれました。昨日まで自分と共に外で繋がれていた者たちは同じなのに。分かりません、分かりません。自分はなにも変わっていません。彼らもなにも変わっていません。扱いが変わりました。違いが分かりません。そう聞いたら王に自分が『勇者』で彼らが『奴隷』だからと言われました」

『だから望んだのですよね……? 奴隷制度をなくしてくれと』

『いいえ。自分はなにも望んでいません。王は『奴隷』が『勇者』になったのを隠したくて、その前に『奴隷』がいなくなっていたという事にしたんです。自分が勇者になったのは、王が制度を撤廃したとされる時期より後だったのです』

『…………』

『でも人の記憶は改竄できません。噂が溢れたので、王は仕方なく自分が望んで奴隷制度を撤廃するに至ったという事にしました。自分はなにも望んでいません。不思議です。王がなにを望んでいるのか自分には分かりません。外聞が大事なのでしょうか? それは美談なのでしょうか? 名前ももらいました。でも、この名前は王や前の主人が外聞にいと後から付けられました。国の外へ知らせる為のものです。今も『奴隷』はいなくなりませんし『奴隷』は意味もなく殺されます。勇者オルガ、あなたに聞きたい』


 真っ暗な世界。

 右手の聖剣だけが熱をもって私に伝えてくる。

 暗いのは『命中率低下』中だからではないのか?

 ここは――――。


『あなたの放つ光はなんですか? あなたの光はなにを指し示していますか? ……あなたの光は、どこへ向かっているのですか?』

『私の、光?』

『キニスンの光はあなたより強いです。アーノルス様の光は眩しくて自分は直視出来ません。あの人は王となる兄君をずっと支える夢がある。それがあの人の光。あなたのゆめはなんですか?』

『…………私の……』


 夢?

 私、そんな事考えた事も……。

 ただ強くなりたい。

 父や母のように強くて立派な人間になりたい。


 手を伸ばした。

 子どもの頃に、村の子どもたちに除け者にされていた子どもへ。

 幼い頃から両親に稽古を付けてもらっていた私は、村の男の子たちからも恐れられる存在。

 突き飛ばされて尻餅を付いていた子ども。

 ただ、なぜ彼を突き飛ばしたのか聞こうと近付いただけだ。

 でも男子たちは怯えて逃げていき、私が手を伸ばした子どもは泣きながら私の手を振り払う。

 自分で立てる、と。

 後日その泣きながら自分で立った少年は、父に剣の稽古を付けて欲しいと申し出てきた。

 我が家に剣の稽古を付けてもらうべく、通い始めた子どもはすぐに私に手を差し伸べて…………。


「お前いつも一人だから、俺が友達になってやるよ!」



 その手に。

 笑顔に。

 救われた。

 私もこんな人間になりたい。

 カルセドニーのように、手を差し伸べられる人間になりたい。


 ――――私は…………。




「オルガ!」

「!」


 ハッと、顔を上げる。

 暗闇は消え、ぼんやりとした人の影がいくつも見えた。

 これは?

 今、なにが……?


「オルガ、大丈夫⁉︎ 幻術にかかっていたよ!」

「げ、幻術⁉︎ い、今のが?」

「隣を見なよ」

「?」


 これはアレク様とクリス様の声かな?

 同じ声で、どちらがどちらかよく分からない。

 ただ、隣を見ろと言われたので隣の塊を見る。


「うーん、むにゃむにゃ……こんな断崖絶壁、はじめてぇ……しゅ、しゅごぉいぃ」

「………………」

「こっちは平和そうだから放置しよう」

「回復する魔力が無駄」


 リガル様の幸せそうな声。

 を、あっさり切り捨てるお二人。

 う、ううん?

 ど、どんな夢だ? 断崖絶壁? 登ってるのだろうか?


「あの青髪勇者厄介だね。完全に魔法特化型だよ。聖剣で魔法使う奴がいるなんて」

「ええ、そう考えますとレベルが低くても侮れませんわね。オルガ、『鑑定眼』は命中率が下がっていても使えますわよね? アキレス様を『鑑定』してレベルと得意魔法属性の確認をお願いしますわ」

「あ、は、はい」


 この声はエリナ姫だな。

 戦っている音はするので、恐らく前線はアーノルス様たちか。

 私とリガル様が下がってしまったからお一人であの大剣を使うキニスンと戦っているのか⁉︎

 早く戻りたいが、『砂かけダッシュ』の付加威力は相当なものだ。

 今前に出ても役に立てないだろう。

 ならば今、私に出来るサポートは……。


 スキル『鑑定眼』レベル1発動!



【アキレス】レベル60《+400》

 属性『風』



「…………」


 ステータスロックが強固、だが……なんだ?

 聞いていたよりは少し、お強くなっているようだが……アキレス様のレベルの横の『《+400》』って……⁉︎


「オルガ、どうしたの?」

「へ、変です。アキレス様のレベル表記の横にプラス400、とあります」

「なにそれ〜?」

「プラス400⁉︎ そ、それではまるでレベルが400を超えているようではありませんの⁉︎」

「強化魔法かなにかの影響かなー? ……でも、レベルを上げる強化魔法なんて聞いた事ないよ」


 ドカン!

 と、大きな音。

 魔法の爆発のようだ。


「ああもう! アキレスってあんなに強かったの⁉︎ なによあの魔法連発⁉︎ 魔力無尽蔵⁉︎ アレクちゃんやクリスちゃんみたいじゃない⁉︎」

「確かに……! ローグス、本当にアキレスのレベルは60なのか⁉︎」

「我輩の『鑑定眼』にはそう出ているのだよ! ……その横のプラス400というのが気になるが……」

「MP数値だとしてもとっくに切れてるはずよ、400なんて!」

「あっちの大剣メイドもきついです!」


 ん⁉︎

 今の、最後の声は⁉︎


「え? エリナ姫⁉︎ 今カルセドニーの声がしたのですが⁉︎」

「え? あ、はい。気が付いたので前線でアーノルス様のサポートをしていますわ」

「あいつが⁉︎」


 あいつ確かレベル37とか、その辺ではなかったですか⁉︎

 足手まといになるのでは⁉︎


「ボクの強化魔法で明日は筋肉痛だよ」

「あ、ああ……なるほど……」


 そ、それならカルセドニーのレベルでも多少は……?

 い、いやいや。


「…………。まさか、聖剣のレベル……?」

「え?」

「オルガ、あの女装勇者を鑑定してみてくれる?」

「え? あ、はい」


 アレク様の頼みならば。

 鑑定眼で、もう一度キニスンを視る。



【キニスン】レベル115《+300》

 属性『土』『闇』



「え……?」


 さっきはあんな表記……なかったのに!

 ステータスロックされたから?

 いや、しかし……?


「次は金髪勇者」

「へ? え? えーと、は、はい?」


 なんでアーノルス様も?

 普通仲間を鑑定眼で視るなんて……い、いや、アレク様の事だからなにか理由があるのかもしれない。

 すみません、アーノルス様!

 失礼致します!



【アーノルス・マスキレア】レベル154《+100》

 属性『火』



「⁉︎」

「どう?」

「あ、あります! レベルの横にプラス100と!」

「多分聖剣の力の影響が出てるんじゃないかな……? 僕の『鑑定眼』でも同じように視える」

「え! では聖剣の力がそのプラス、として視る事が出来ますの⁉︎ で、ですがそれではアーノルス様よりもアキレス様の方が……」

「そうなるね。勇者本人のレベルより、聖剣のレベル? が高ければ勇者同士が戦うとそれがそのまま実力差になるんだ。まずいね、向こうの方がどちらにしてもレベルが高い」

「っ! あ、あの、私は……!」

「オルガのレベルの横にもプラス100ってなってるよー。……聖剣の鍔の石の光と同じ数……やはりあの石の光は聖剣の……」

「…………」


 しかし、私たちは聖剣の力を使いこなせて良いない。

 どうして、なぜだ。

 なにが違う? 彼らと、私たちで!



 ――『あなたのゆめはなんですか?』



 …………夢……?

 いや、なにを根拠に……。

 でも……。


「……仕方ない……使うよ」

「え! 本気⁉︎ 暴走したらど〜するの〜⁉︎ ボクまだ上手く黒炎使えないんだけど⁉︎ アレクに暴走されたら止められないんだけど〜⁉︎」

「『能力』は使わないよー」

「な、なにをなさるんですか」


 ようやく少し視界が晴れてきた。

 そんな中での不穏な会話。

 アレク様が暴走?

 ちょ、なにをなさるおつもりか⁉︎


「黒炎とは、先ほどおっしゃっていた生命力で使う魔法ですわよね」

「ちょっと違うけど、まあそう。魔力がほぼ切れてるから、他に選択肢はないよねー。見た感じ、僕らの身体能力でもあの女装勇者はそこそこ厄介っぽいしー」

「ほ、ほんとに『能力』は使わない?」

「僕もこの場の全員皆殺しにはしたくないからねー」

「「…………」」


 ふ、ふ、ふ……不穏すぎる……。


「金髪勇者と愉快な仲間たち! 交代だよー」

「アレク君!」

「大丈夫なの⁉︎ オルガは!」


 リリス様、リガル様も心配してあげてください……。


「うん、幻術解除で僕の魔力はほぼすっからかんでーす」


 あ……私の幻術はアレク様が解いてくださったんですか……!

 も、申し訳ございません!


「正直今回は一階の迷宮から僕らの魔力消費しまくり! こんな事、師匠の修行以来だよー……この世界でこんな状態に追い詰められるなんて思わなかった。……なので青髪勇者のお兄さんには敬意を込めて、僕の本気でお相手しまーす」

「…………。自分、あなた苦手です! 前のご主人様よりも“なんかこわい”です。というわけでキニスン助けてください」

「え? あ、は、はい! わたしが代わりにお相手します!」

「いいよー。でも、女装勇者は相手にならないよ」

「じょ、っ! ……へ、変な呼び名を付けないでください!」


 ……まあ、そう言いたくもなるだろうなぁ。

 キニスンはアキレス様に騙されてあの姿のようだし……。

 が、がんばれ。


「『能力』は使わない……けどね――」


 アレク様の手のひらがキニスンへ向けられる。

 その間に、アーノルス様たちが下がってきてアイテムで回復を始めた。

 私の命中率低下は、エリナ姫が「ここまで回復すればわたくしの治癒魔法で治せますわ」と治してくださった。

 ……それ程強力な付加だったようだ。


「僕の『本気』はクリスに言わせると『たちが悪い』らしいから、死なないように頑張ってねー」

「⁉︎」

「!」


 地面、空中……キニスンの周囲を無数の鎖が囲い込む。

 縦だったり、横だったり斜めだったり……漆黒の鎖が……あれは⁉︎


「クリスちゃん、あれは⁉︎」

「アレクの固有スキル技。……黒炎とちょっぴりの魔力で使う、すんごいエグいやつ」

「エグいの⁉︎」


 エグいんですか⁉︎


「シヴォルトレッドメイデン」



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