第25話 アーノルス様と私
「オルガさんって男みたいですよねー」
「え、そ……そうだろうか……」
「そうですよー。あたし最初見た時男の人だと思いましたもーん。筋肉すごいし女の人じゃないみたい。髪とか全然手入れしてないんでしょ? お風呂入っても石鹸で髪洗ってましたよねー」
「あ、ああ、私の髪は短いし……姫や君のように長くないから石鹸で十分かと……」
「まあ、本人がそれでいいならいいですけどー……でも正直見てて不愉快なんですよねー」
「…………、それは、なんというか、すまない……」
「ふん」
――彼女が……ナナリーがパーティーに加入してからしばらく経った時だった。
ナナリーにそう、きつく言われた事がある。
あの時は、可愛らしく着飾る彼女にとって私の無頓着ぶりが相当に不愉快なのだろうな……と思うに留まり、改善しようとまで思わなかった。
けれど、クリス様やリリス様に化粧のやり方や髪の手入れの仕方を指導されていくうちにそれが自分の中で習慣となり、当たり前になってきた。
お二人に言われなくとも自分で髪を梳かし、化粧を最低限施す。
髪はきちんとシャンプーやリンスで洗い整える。
身嗜みに気を配るようになって初めて、時折町で見かける冒険者の立ち居振る舞いが気になるようになった。
髭の男には「ちゃんと髭を剃ればいいのに」。
尻をボリボリかく男には「ちゃんと風呂で体を洗っているのか?」。
泥のついた体で酒を飲む男には「風呂に入れ」。
みっともない。…………と。
ああ、そうか。
つまり、ナナリーの言いたかった事はこういう事だったのだ。
最低限身嗜みに気を遣うのは当たり前。
一緒に歩くのに、あんなみっともない格好の同行者は恥ずかしい。
私はそんな事にも気付かず、彼女の忠告を無視してしまっていたのだ。
些細な事かもしれないけれど……身嗜みに気を遣うと一緒にいる人たちにもほんの少し誇ってもらえる。
クリス様が楽しそうに私を着飾ろうとするのも、自分が楽しいだけ……ではないと思いたい。
いや、そこは私がもっと気を付けなければならないところだろう。
少なくともアレク様とクリス様は王族。
隠している事とはいえ、そんなお二人の周りにはさぞ美しく清潔な使用人しか良いなかったはずだ。
だから私も、お二人の側に立って大丈夫な格好をしなければならない。
身嗜みに気を遣うのは、必要な事だ。
ナナリーに言われた時にもっとしっかり考えていれば…………。
「…………ルガ、オルガ、起きてくれ! しっかりしろ!」
「…………っ」
揺さぶられ、頭を抱えながら目を開ける。
私は、どうしたんだったか……。
それに今の声は…………?
「あ、アーノルス様」
「大丈夫かい?」
「は、はいなんとか……。…………ここは」
辺りを見回す。
ここは、三階?
壊れた石像の破片以外にも、中央の床が真っ二つになっている。
天井を見れば、同じように真っ二つ……。
キニスンの技で塔の真ん中に穴が空いたのか。
なんという威力……!
「ああ、私たち以外のみんなもあの穴から落ちたと思う。……三階に落ちたのは私たちだけのようだ」
「そ、そうなんですね…………」
「立てるかい?」
「はい」
手を差し出され、迷わず取る。
引っ張られて立ち上がり、体に付いた埃を払う。
まだ埃っぽい……。
いや、粉塵か。
「すさまじい威力の技ですね」
「ああ、ここがダンジョン内でなければ危険だったかもしれない」
「…………」
ダンジョンは基本、最奥のボス魔物を倒さなければ消える事はない。
この床の穴も危険ではあるが不思議な事に階段は全くの無事。
これ程の力を持つ……あの少女……。
魔人――と己をそう名乗ったが……魔物とどう違うのか。
確かにナナリーよりは人寄りの容姿だったけれど。
「さて、これからどうしたものか」
「皆さんが落ちたのなら、我々も降りた方がいいのでは――」
『あ〜、あ〜、マイクテス、マイクテス。オルガ〜聴こえる〜?』
「! クリス様⁉︎」
突然脳に響くような声。
これは『
そ、そうかこの手があった!
「クリス君か! 無事か⁉︎」
『うん、でもバラバラになっちゃったみた〜い。ボクは包帯元勇者と脳筋わんこと一緒〜』
……カルセドニーとリガル様か……。
見事に前衛と……カルセドニーは意識を取り戻したのだろうか?
まあ、取り戻してなくてもリガル様が連れてきてくれそうだけど……。
『他のみんなは応答ないんだよね〜……アレクも』
「……なにやら一番狙われていたからな……」
『まあ、命中力低下と落下程度では死なないから大丈夫だと思う〜。それよりボクらは一階にいるんだよね〜』
「では、降りますので合流しましょう」
『え? オルガたちは上にいるの? っていうか金髪勇者の声もしたけどもしかして一緒?』
「ああ、私とオルガは三階のようだ。……という事は、他のみんなは二階だろうか?」
『う〜ん。それならボクらが上がった方がいいかな〜? それとも一度このダンジョンを出て態勢を立て直す?』
「そうだな、それも手だが……」
「で、ですが……! ですがまだアキレス様の手掛かりも掴めていません!」
あのキニスンという少女にも聞きたい事が出来てしまった。
勇者でありながら魔人……。
なぜこのダンジョンにいるのか。
なぜ私たちと敵対するのか。
……ベルチェレーシカの聖剣、そして、勇者。
ならばなぜ、ナナリーやベルチェレーシカの王やお妃を救ってやらなかったのか!
どうして、なぜ……⁉︎
『確かに〜。負けっぱなしはボクも好きじゃないな〜』
「それはもちろん私もだ! ……しかし、他のみんなの状態も分からないしな……」
『じゃあオルガたちはそこにいてよ。上から誰か落ちてくるかもしれないし、ボクたち怪我は治したから、二階に行ってみる! 怪我して動けないならボクの出番だからね〜。まあ、二階に眼鏡とお姫様がいるなら普通に自分たちで治癒してそうだけど〜』
「そうか、それもそうだな。分かった」
な、なるほど……まだ上に誰かいたら階段か、もしくは穴から落ちてくるかもしれないと。
しかし、それならキニスンと対峙しているという事では⁉︎
応援に行った方がいいのでは……。
い、いや、しかし……むむむ。
「アーノルス様、ちょっと四階を覗いて参ります」
「! 分かった。見付からないようにね」
「はい」
床が崩れそうなところを避けながら、階段に近付く。
最上段まで登り、こっそりと四階を見てみると……そこには誰もいない。
はためくレースのカーテン。
その一番奥に見えるのは五階への梯子。
恐らく流れから考えても……この塔の最上階は五階……。
このダンジョンの主の部屋だ。
「キニスンはいませんでした」
「そうか。……という事は五階かな」
「恐らく……」
「……彼女は本気で私たちを殺そうとはしていなかったな」
「はい。……殺気がまるでありませんでしたし……それに……」
三階に散らばる石像の破片。
じゃんけんする石像だなんて、普通に考えても魔物が守るダンジョンに不似合いというか……見た事もない。
思えば一階の迷宮も、二階のパネルの部屋も魔物は一匹も出かなかった。
――――『“わたしたち”魔物を殺して強くなるあなたたちを、どうしてわたしが信じられましょうか!』
あの言葉が引っかかる。
どうして帰ってくれないのだと叫びながら、彼女は殺意もなく殺すと言い襲ってきた。
追い返すのが目的?
我々と戦う意思はない。
ただ、帰らせたい?
しかし、このダンジョンの瘴気はもう放置していい時期をとうに過ぎている。
周辺に影響も出始めているのだ、放っては置けない。
「……ベルチェレーシカの聖剣と言っていたね」
「はい。……ナナリーの国、ですね……」
「まさかこんな形で行方を知る事になろうとは」
「……はい、本当に」
ヴィートリッヒ様もベルチェレーシカの聖剣に関してはご存じなかった。
ただ、ヴィートリッヒ様が言うにはベルチェレーシカは勇者が選定されていたという。
噂で聞いただけだが、隣国の勇者選定はメディレディアにも他人事ではない。
故に調べさせたそうだ。
冒険者の青年で、あまり品位ある感じの者ではなかった。
ヴィートリッヒ様の個人的感想、と付け加えられたが……。
しかし、挨拶をする前に魔王軍によりベルチェレーシカと南西の大陸は陥落。
瘴気が海を越えて押し寄せた為、その勇者や聖剣がどうなったのかは誰も知らない。
メディレディアに逃れてきた冒険者や民の話では立派に戦ったが、子どもを助けようとして魔物と一騎打ちになったまま行方が分からなくなったという。
ナナリー・ベルチェレーシカ姫は攫われ、魔王の妻として『四災コードブラック』にさせられた。
「彼女も魔王に魔物にさせられてしまったのでしょうか……」
「分からない……が、魔物とはなんとなく違うような感じだったな」
「はい」
それは私も同意見だ。
…………。
へたん、と階段に寄りかかるように座る。
ナナリーの国の勇者。
魔人という未知の存在。
彼女がこのダンジョンの主なのか?
なら、彼女を倒さなければこのダンジョンを消す事は出来ない……。
けれど、彼女は勇者でもある。
彼女の手から聖剣を取り戻し、勇者選定をやり直せばいい……のだろうか?
けれど……。
「話が出来ないものでしょうか」
「出来るさ」
「!」
思わず見上げた。
返事が返ってくると思って良いなかったのもあるけれど、アーノルス様があっさりと肯定してくれたのが……驚いたと同時に、嬉しかった。
「実際あの子は我々とたくさん言葉を交わしてくれた。君とローグスがステータスロックの事を指摘したら、素直に従っていたじゃないか」
「…………! あ、そ、そうですね」
普通にアレク様とクリス様に混ざってステータスを開いて、操作していた姿が目に浮かんだ。
そういえば生活スキルもとても生活感溢れるものだったな……。
料理や掃除や洗濯なんて……さすがメイドさん?
「我々の旅の目的の一つに、勇者同士協力をしていこうと求めるものがある。世界樹と対話し、世界樹の願いを知らなければならない。その為には聖剣と聖剣に選ばれた勇者の協力が必要不可欠」
「はい!」
「彼女と話そう。彼女は話が出来る人だよ」
「……はい!」
そうだよな……そうだ。
アーノルス様の言う通り、彼女は話し合いがきっと出来る!
……その為にもまずは彼女に我々が戦う意思がないと分かってもらわないと……。
『オルガ!』
「! クリス様!」
『ぶーハズレー。アレクでしたー』
「ア、アレク様⁉︎」
ご無事でしたか!
ではなく今の声アレク様か!
……そうか、双子だから声も同じなのだ……話し方も……。
間延びした話し方だがクリス様の方が若干舌ったらずなのだ。
しかし声だけだと全然分からないな。
「アレク君、無事だったか。さすがだな。大丈夫かい?」
『うんまぁね……まあ、無事かどうかと言われると微妙なんだけど』
「え⁉︎ どこかお怪我を⁉︎」
『いや、僕と魔女のおねーさんは階と階の狭間の空間に落ちちゃったんだ。今空間の修復中なんだけど……僕とおねーさんは魔力ほぼなくなるから魔法に関して戦力外だと思ってー』
「な、なんと」
よく分からないが、床と天井の間に引っかかったという事だろうか。
なんという……。
『はいは〜い、こちらクリス〜』
「あ、今度こそクリス様」
『メガネとお姫様を発見〜。合流したよ〜。今から上に上がるね〜』
「あの、クリス様、アレク様が……」
『聴こえてたよ〜。んもう、アレクにしては派手なドジ〜』
『視力ほぼゼロ状態だったんだもん、無茶言わないでよー。それで、四階で合流すればいいの?』
「はい! 彼女と話をしたいのです」
魔人の彼女と分かり合えるのかは分からない。
でも、聞きたいのだどうしても。
どうして、勇者でありながら魔人となったのか。
どうして、勇者ならナナリーとそのご両親を助けてくれなかったのか……。
教えてくれるかどうかは分からないけれど……。
『オルガらし〜い。いいけど〜。じゃあ後でね〜』
『はーい。後でねー』
「はい! 後程!」
…相変わらず緩いな。
口調は緩いのだが……言ってる事はそこそこハードなような……?
「よし、四階に行ってみよう」
「え? クリス様たちを待ってからの方がいいのでは?」
「五階の様子を見てみたくないかい?」
と、悪戯っ子のように微笑む。
アーノルス様はこんな子どもっぽい一面があったのか……。
ずっと冷静で大人なイメージがあったから、意外……でも……。
「ふふ、はい。私も興味があります」
「だろう? みんなが来る前に見てみよう」
「はい」
二人で階段をこっそり登り、四階へと再び侵入した。
戦闘により綺麗に整えられたテーブルや椅子は端っこへ吹っ飛ばされ、床には巨大な裂け目。
その裂け目を避けながら、梯子へと近付く。
なんでこの部屋だけ階段ではなく梯子なのだろう。
……いや、これまでの階段は三人くらい余裕で隣を歩ける広さだったが……この梯子なら一人ずつしか上がってこれない。
防衛が目的ならば理に適っている、か。
「オルガ、私が先に覗いてもいいかなっ」
「ど、どうぞ」
目がキラキラしてる!
アーノルス様も意外と子どもっぽところがおありなのだな。
大変ワクワクしているのが伝わってくる。
ので、先を譲るとアーノルス様が梯子に手をかけて登り始めた。
二段、三段と登り始めてからふと、振り返られる。
「どうされました?」
「あ、いや……そういえば……ええと、オルガは私にずっと敬語だなと思って」
「え? それはもちろん……」
アーノルス様は歳上ですし、王族の方ですし、戦士や剣士の憧れである剣聖で、更には勇者。
勇者というものに至って先輩にもなる。
……敬語だろう、どう考えても。
「ふむ…………」
「?」
「……いや、えーと……ではせめてアルスと呼んでくれないかな」
「アル、へ?」
「私の愛称だよ。その、気になるようなら二人だけの時だけでもそう呼んで欲しい。敬語も出来れば……」
「え? え? し、しかし……」
言いかけて「はっ」とする。
そ、そういえば私はアーノルス様に…………こ、こ、こ、告白を……!
顔が熱くなるのを感じながらあたふたしていると、アーノルス様がすたっとジャンプして降りてきた。
真っ正面から私を見据えて、照れ臭そうに微笑む。
は、はわわ。
「む、無理だろうか……」
「む、無理といいますか……いえ、ええと……!」
「す、すまない、突然だったね……! では、その考えておいてくれ! 大人数で旅をしている以上、そう簡単に二人きりになれる訳ではないし、この機会にと思ったんだが……嫌がる君に無理強いするのは本意ではない」
「あ、え、あ、い、いえ、あの、い、い、嫌という訳ではですね!」
「え? い、嫌ではない? で、では……」
「ええ、えと、いえあの、嫌ではないのですが、嫌ではないのですが、い、嫌ではないのですが……!」
ア、ア、ア、アーノルス様の愛称を私が呼ぶ⁉︎
しかも二人きりの時に⁉︎
そ、それはまるで……それはまるでアレではないか!
アレというかその私などには永遠に無縁だと思っていたアレというかアレ!
ここここ言葉にする事がアレなやつだ!
どどどどどうしたらいい⁉︎
なんてお返事をすれば⁉︎
アーノルス様の愛称なんてそんな私ごときが畏れ多いどころの話ではないのに、でもしかしアーノルス様にはきちんとお返事もしていない中そんな期待させるような事を了承するのも……ああいやしかし! そもそも私ごときがアーノルス様にそんな上から目線で期待させるようなというのもおかしな話ではないか!
そう! 凄まじく恥ずかしい‼︎
なので!
「ご配慮頂きありがとうございます! で、ではええと、僭越ながら二人だけの時はア…………アルス様と……」
「敬語に磨きがかかってるよ⁉︎ …………、……で、でも……、……」
「?」
口元を覆い、顔を背けられる。
ど、どうされたのだ。
あれ、お顔が――。
「…………お、思っていたよりも…………照れ臭いし、と、とても嬉しいものだ、ね…………」
「っ……」
うわ、うわ、うわわわわぁ……!
アーノルス様はこんな風に笑われるなんて……。
恥ずかしそうなのに、とても嬉しそうで……でも、アーノルス……あ、いや、アルス様をこんな風にしたのが……私……。
それもたった一言……愛称で呼んだだけなのに……。
胸がドキドキする。
全力で町を十周してもこんなに胸が痛く、動悸が激しくなんてならなかったのに!
なんだこれはなんだこれは!
な、なにか……と、とても……!
「アーノルス様、何か今とても素振りといいますか! 勝負したい気持ちになりませんか⁉︎」
「分かる! すごく分かるよ! 三階に戻ってちょっと手合わせがてら体を動かそうか!」
「はい!」
しかし三階に戻るとクリス様たちが到着していた。
そしてなぜか無表情のまま「手合わせしてくれば?」と親指で少し広まったところを指差された。
ではお言葉に甘えて!
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