私のパーティーメンバーが勇者よりも強い件。
第21話 その国、名をミュオール
「えー、皆様にお知らせがあります。この船は漂流しました」
「なんで事後報告」
メディレディアの港町、ゴドバを発ってから五日目の早朝。
真顔のアレク様が目に光のない船長へ即座に切り返した。
いや、本当に。
おかしいだろう、どうしてそうなった⁉︎
「冷静に言ってるけど普通に大ピンチじゃない?」
「なのだね」
「お二人も十分冷静ですね⁉︎」
「まぁ、慌てても事態が好転するわけじゃないしね〜」
「ク、クリス様……」
この状態で慌てているのは私だけ⁉︎
「とりあえず状況をもう少し詳しく説明してくれないか?」
「は、はい……」
アーノルス様も冷静に船長へ状況の説明を求める。
す、すごい、さすが勇者……!
私も見習わなければ!
「ふご! ふごぶごぶー!」
「落ち着けカルセドニー、慌てても仕方ない」
……あ……慌てふためくカルセドニーを見ていたら一気に心が冷静になった。
そうか、慌てる人間がいると逆に冷静になるのか。
「……マスキレア王国の港『サカザス』までは船でおよそ三週間かかります。ここはミュオール海域に入る手前の海ですね……」
「漂流理由は?」
「舵が壊れました。直す手立てがありません」
「なんで壊れたのー?」
「乗組員が上から落ちてきた鳥のフンに驚いて飛び上がった際、ぶつかって壊れました」
「脆すぎでしょ……」
こ、壊れた理由が酷いな……。
「手立てがないと言っていたが、どうして直せないんだい?」
「普段は船大工が常駐してるんですが……下痢でゴドバに置いて来ちまったんです」
「……………………」
真顔でなにを言ってるんだこの船長は…………。
「……どっちも理由がもう◯ち……」
「下品よ、リガル」
「ごめんなさーい」
「……………………」
「で、ではどうしますの?」
リリス様にポカリと殴られるリガル様。
そして、私の横で不安そうなエリナ姫。
顔は包帯で分からないがカルセドニーからも不安げな雰囲気が漂ってくる。
確かに……我々の中に船の構造に詳しい者はいないしな……。
さすがのアレク様たちにもこれはどうする事も出来ないだろうし……。
「クリスー、修繕魔法よろー」
「オケ〜」
「直せるの、クリスちゃん⁉︎」
「壊れて間もない簡単な破損ならね〜」
「ミュオール? って王国の海域が近いんだよね? じゃあその国の港で降ろしてよー。……そこでちゃんと直してもらうのがいいと思いまーす。修繕魔法は一度壊れたものを元に戻す事は出来るけどー……」
「壊れたという事実は残るの〜。イコール同じ壊れ方をしやすくなるんだよね〜。しかも壊れてから時間が経つと効果も薄いし〜。壊れたのいつ〜?」
「昨日の夜です」
「マジ万死〜」
「……………………」
と、言う事のようなので、修繕魔法は「応急処置〜」……らしい。
「昨日の夜から乗客に情報を開示しなかったのか。クリスではないが万死に値するのだよ」
「ホントよねぇ……。……でもミュオールかぁ……ワタシあの国苦手なのよね〜」
「え、どうしてですか?」
ミュオール……私たちも通った事のある国だ。
中央大陸と西の大陸を繋ぐ巨大な橋がミュオール王国にはある。
普通の冒険者はそこを通り、西の大陸へと行くのだ。
同じように東北の大陸と中央大陸も巨大な橋がある。
……しかし、橋はシン帝国の管理下で通行料が半端ない。
乗船料より高いのだ。
勇者という事で……エリナ姫がシン帝国にかけ合いなんとか通してもらったけれど……。
どうやら我々の通行料はマティアスティーンが負担するという話になったようなのだ。
……つまり、普通の冒険者や商人のキャラバンも……あの橋は通れない。
東北の大陸から中央大陸へ渡るにはヤン国から港でマスキレア王国の東にあるタハミネ港に渡るのが一般的だ。
ヤン国からの乗船料は、格安らしいので。
…………もっと早く聞いていれば遠回りになってもヤン国からマスキレアに行けたのに……。
はあ……、今思い出しても勿体ない……!
あ、ではなく……。
「どうしてって……あの国ご飯美味しくないじゃない……」
「あ、ああ…………」
だいたいニガヤシのソースでしたよね……。
確かにナナリーがいなかったら……あの国の滞在はきつかったな。
「食に関心が少ない国のようだからね……」
「そうなのー? ……どこにでもあるんだねー、そういう地域ー」
「アレク様の国にもおありなんですか」
「うーん……っていうかー、種族的な問題?」
「なんですかそれ」
「それに彼らの事言えないしねー、僕ら。味覚は普通だと思うんだけどたまに無性にドラゴンの肉が食べたくなるのー」
「…………そうですね」
普通、ドラゴンの肉は食べませんものね……。
「でもミュオールには中級ダンジョンがあるんだよ!」
「ダンジョン?」
話に突如入ってきたリガル様。
その言葉に首を傾げるアレク様。
……そういえばアレク様たちに話した事はなかったかもしれない。
「魔王軍が侵攻の拠点として打ち立てる塔の事です。中は迷宮になっていて、強力な魔物が最奥で待ち構えています。勇者や冒険者はそういったダンジョンを破壊して、魔王軍の侵攻を防いでいるのですが……」
「世界中に気が付くと似たようなダンジョンが建ってるのよ。かと思えばそれまでなにもなかったところに新しく出来ていたりもするし……」
「放置すれば瘴気の雲が濃くなり、そして広がって行く。魔物のレベルもどんどん上がって強くなる為、放って置かずに見付けたらすぐに潰さなければならんのだよ」
「…………ふぅーん……」
ダンジョンは外から破壊しようとしても傷一つ付かない。
それは剣や魔法は元より聖剣でも、だ。
故に中に入って、最奥に控える強力な魔物を倒す。
そうするとダンジョンは跡形もなく消え去るのだ。
しかし、時間が経つと同じ場所に同じダンジョンが出現してしまう。
とは言え放置すればよりの瘴気が強力になり、中の魔物も強くなる。
自ずと、最奥の魔物もより強い魔物になってしまうので放置は出来ないのだ。
そしてダンジョンは初級から中級、上級と三種類に分かれる。
判別はダンジョンに入る扉の色。
初級は青、中級は黄色、上級は赤。
初級の推奨レベルは10〜20、中級は40〜50、上級は80〜100……とされている。
まあ、上級ダンジョンは南西の大陸にしか存在しないけれど……。
「そうね、そろそろあのダンジョンは潰しておかないと危ないわね……」
「? その国にも勇者がいるんじゃないのー?」
「アキレス様ですね」
「アキレスは比較的レベルが低い勇者なのだよ。レベルは57。……アキレスの仲間はもっと低い」
「マジでー」
「え、わ、私よりもレベルが低いのですか⁉︎」
「そうよー? それに、アキレスのパーティーメンバー……初期からの仲間は一人もいないんじゃなかったかしら? ……あの子、ちょっとアレなのよ……性格が……」
せ、性格が⁉︎
「勇者一人ではさすがにダンジョンの魔物の相手はしきれんのだよ。それなりに入り組んでいるし、魔物の巣窟故に戦闘も連戦になる。ダンジョンへ挑むのなら最低五人はパーティーメンバーが必要だね」
「アーノルスなら一人でもいけそうだけどねぇ〜。……ボスの魔物はダンジョンの平均よりも強い魔物が現れるから、油断は禁物なのよ」
「ミュオールに行ったらみんなでダンジョン行こうよ!」
「「………………」」
冷たい目でリガル様を見るリリス様とローグス様とアレク様。
だが、私はその三人の視線に気付かない。
むしろ、その言葉に盛大な魅力を感じた。
だって、だって中級ダンジョン!
「はい! 行きましょう‼︎」
「え、ええー……? ……オルガなんでテンション上がってるのー?」
「だって中級ダンジョンですよ⁉︎ カルセドニーたちと旅をしていた頃は危なくて入れないと言われた中級ダンジョン……!」
夢にまで見た中級ダンジョン……!
カルセドニーたちの平均レベルが35前後で、入れるダンジョンは初級のみ。
それもカルセドニーが面倒くさがって素通りしたり……ボス部屋の前で引き返したりを繰り返す日々……。
「中級ダンジョンは一度挑んでみたかったのです……!」
「……平均レベル40〜50なんて雑兵もいいところじゃーん……」
「…………」
それは……アレク様のレベルからするとそうでしょうね……。
なにしろ、アレク様のレベルは1000を超えている。
上級ダンジョンすら一人で攻略出来そう……。
「えー、アレクくん! 行こうよ! 絶対楽しいよ⁉︎」
「なにが面白いの?」
「それはもう、強い魔物がたくさん連続で出て来るんだよ!」
「前から思ってたけどわんこ騎士って頭ヤバくない?」
「今気付いたのかね?」
「気付くの遅いわよ」
「え? どこがヤバいのですか?」
「………………」
「……いや、オルガは気にしないでくれたまえ……」
私もすごく楽しそうだと思うのだが……。
体力の限界に挑めるなんて、最高の修行場所ではないか。
初級では物足りないものな!
「おーい、ローグス! リリス! クリス君が修繕魔法を使うところを見なくていいのかーい!」
「行って来るのだよ!」
「ごめんまた後でね!」
「あ! 俺も俺も! 俺も見て見たーい!」
「おお……」
脱兎の如く……とても魔法使いの素早さとは思えない速さで操舵室へ駆け上がっていくリリス様とローグス様……とリガル様。
姿が見えないと思っていたアーノルス様は船長に進路の相談を受けていたようだ。
……私とした事が……。
進路の事なら私も話に加わらなければならなかったのに……。
仮にも勇者となったのだ、アーノルス様に全てお任せしていいはずがない。
「……はぁ……」
「…………。オルガ、ほんとにあの金髪勇者とデートするの?」
「え? はい」
「はいって……意味分かってる?」
「修行ですよね!」
「うん、違う」
違う⁉︎
「な、なにが違うんですか⁉︎」
「デートの意味が違う。オルガのデートの認識って僕の知ってるデートじゃないと思う」
「そ、そうなんですか? デートってどういう意味なんですか……?」
「デートは……、…………。……いや、合ってるのかな……?」
「え?」
「……デートの定義って……男女が事前に待ち合わせて出かける事だから……」
「……合ってるんですか……?」
「……うん……合ってるね……。ごめんなさーい……」
「え! いえ、そんな!」
アレク様が謝るような事じゃない。
私なんて、デートの定義さえ知らなかった。
「私はデートって、恋人同士が仲良く出かける事だと思っていましたし!」
「………………」
「アレク様?」
すごい無表情になった⁉︎
「いや、まあ、別にオルガがあの金髪勇者と恋人同士になってもいいって思ってるからデートを了承したならそれはそれでいいんだけどね」
「ここここ恋人⁉︎ 私とアーノルス様がですか⁉︎ そんな、恐れ多いですよ!」
「ふーん? ……向こうはその気満々みたいだけど?」
「そ、そ…………そう、なんですか……?」
アーノルス様……確かに私以外、アーノルス様の修行にはついてこれない、みたいな事をあっしゃっていた気がするな?
「…………。アレク様……その、私はこの通り無骨者でして……」
「うん、なに?」
「男女の機微といいますか……恋愛ごとには大変に疎く……」
「うん」
「…………なので、分からないのですが……」
「うん」
「……アーノルス様の言う恋人とは修行仲間の事を指すのでしょうか……?」
「……それは……正直僕に聞かれても……」
「そ、そうですよね……」
でも父さんも母さんも最初は敵同士だったと言うしな……?
幾度となく殺し合い、そして芽生えた認め合う心。
私にもそういう人と結婚をしろ、と言っていた。
うーん、しかし私とアーノルス様は別に敵同士でもないし……。
「オルガは恋愛に興味はあるのー?」
「い、一応年頃というやつですのでない事もないのですが……私はそもそも初見で女に見られないので……」
「え? そうなの? どうして?」
「え? ど、どうしてって……」
私の容姿はごつい。
最近はクリス様に髪を整えられ、化粧を施され、服や装備も選んでもらっているけれど……。
少し前の自分は、髪はボサボサ、化粧などした事もなく、服や装備は防御力重視で見た目のデザインにこだわりはない。
当然装備は男女兼用のものを使い、入るなら男物も使っていた。
そんな私を誰が初見で女と見抜けるだろう。
……自分の事なのだが、今思い返すとひどいな……。
「…………アレク様は私を女だと思いましたか?」
「うーん、というか僕とクリスはあんまり人の性別に興味がないんだよね。……まぁ、クリスは見ての通りだと思うけど」
「あ、はい」
そうですね、そんな感じですね!
むしろクリス様はクリス様という新ジャンルなんですもんね!
性別以前の、別の問題なんでしょう。
はい、その辺りはなんとなく分かっております。
「それにオルガは男の声にしては高いし……」
「こ、声ですか……」
声か……それは盲点だったな。
でも話していても気付かれる事はあまりないぞ?
「だからどっちでもいっかなって。……能力や人柄に男も女もないでしょう?」
「アレク様……!」
さすが王子!
なんて懐の広い!
「でも金髪勇者はオルガが好きみたいだし……」
「す、好き……⁉︎」
「うん、女の子としてね、オルガを好きなんだと思うよ。僕はオルガが金髪勇者と恋人になりた良いなら応援するし、協力するよ。人の時間は有限だから、早めに
「? 色々手を……?」
「いや、こっちの話」
「?」
なんだろう……?
「まぁ、少し真剣に考えてあげたら? ……あっちがふざけてるなら話は別だけど、本気だって言ってたから……」
「……はい……」
……アーノルス様が、私を女として……好き……。
じ、実感が湧かないな……。
これまで女として見られた事どころか認識された事すらない。
こんな私のどこを好いてくださったのだろう……?
「…………」
あ、れ?
思い返すと……かなりはっきり色々言ってもらっている、な?
私の女戦士らしさ。
共に高みを目指せる可能性……。
私の思っていた男女の色恋とは少しだけ違う気がするけれど……アーノルス様は私に「好きだよ」……と…………、…………、っ……。
「……〜っ」
顔がいきなり熱い。
既にアレク様は船内へ戻られた。
甲板には私一人。
それをいい事に、顔を両手で覆う。
あ、ああ、私は……そうか……私…………。
生まれて初めて異性に『告白』されていたのか……!
どうして平気な顔でアーノルス様と話していたのだろう⁉︎
より高みへと向かう為、勝負してほしいなんて返答としておかしいだろう⁉︎
アーノルス様はお優しいから、私の素っ頓狂な返しにも満面の笑顔でお応えくださったけれど…………あれはひどいぞ!
いくら色恋に不慣れだからといって……あの返しはさすがにない……。
なんという事をしてしまったんだ私は〜っ!
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