第6話 私の行き先



「はああ!」


 グレートボア、これで三頭!


「次!」

「次は暴走草ぼうそうそうが増えすぎて困っています。二十五体ほどやっつけて欲しいって〜」


 暴走草!

 二十五体!


「次は!」

「ボンボリーの頭の実が美味しいという噂を聞きました。食べてみたいので三個ほど取ってきてください」


 ボンボリー!

 ……う、意外とドロップしない!


「っ!」

「あ、ほんとだ甘くておいし〜い!」

「せっかくドロップしたのに食べないでください⁉︎」



 …………――――。


 私は本日、ミスリルの剣で魔物討伐などのクエストをこなしに来ている。

 食糧にもなる魔物を中心に、ミスリルの剣に慣れるのが目標だ。

 アレク様はステンド奪還作戦でパーティー編成などがある為、私とクリス様だけで近くの森にやってきた。

 かつては魔物のいない穏やかな森だっただろうに……今ではすっかり魔物の住処だな。


「へ〜、暴走草って茹でれば食べられるんだ? ……ボク野菜よりお肉がいい〜」

「野菜も食べないといけませんよ。……ではなく、ボンボリーの実をドロップする度に食べないでください! いつまでも終わりません!」

「だって、意外と甘くて美味しいから〜。オルガも食べてみなよ〜」

「その手には乗りません」

「ちっ」


 共犯にするつもりだな。

 ……仕方ない。

 ボンボリーの実はドロップしたら自分の道具袋にいれておこう。

 クリス様の『空間保管庫』に預けると食べられる。


「あと、他のクエストは……」

「もうないよ〜。『コホセの町』にあったクエストはこれで全部だね〜。もう少しこの森で狩って行こうか〜?」

「そうですね、食糧になりそうな魔物は何体いても良いはずです。グレートボアといわずハイパーボアくらい出てきてくれても良いですね」

「……最終的にスペシャルボアまで行きそうなネーミングだね」

「? アメージングボアまでいきますよ?」

「それ誰が名前付けたの〜? だっさ〜い!」


 なんでもボアはやたらと種類が現れ、グレートの次にはハイパーボア、キングボア、エンペラーボア、更に大型が現れ、なにかが吹っ切れたのかスペシャルボア、ビッグビックビックボア、アメージングボアまでいった。

 ビックビックビックボアは私もさすがにないと思ったが、滅多に現れるものではない。

 残念ながら私も見た事はないし。

 正直、グレートボアより大型のボア……中でも最大と言われるアメージングボアの大きさは想像出来ない。

 なので、興味本位で少し見てみたくはある。


「……あ〜あ、ボクお腹空いたよ〜。……最近ボアの肉にも飽きたし……もう少し美味しいお肉ウロついてないの〜?」


 ……言葉がおかしい気がするのは私だけだろうか?


「美味しいお肉……魔物に限定するならシモフリボアでしょうか」

「え、結局ボア……? でも名前は美味しそう……」

「通常のボアと同じ大きさで、見た目からは全く分からないのですが……何千頭かに一頭、超極ウマ霜降り肉のボアが混ざっているそうです」

「見た目じゃ分かんないの……⁉︎」

「そう聞いています。私も噂でしか聞いた事がないので……」

「狩ろう」

「分かりました」



 ボアを。


『プギャー!』


 徹底的に。


『プギャー!』


 狩る。


『プギャアアァ!』



「あれ、なにあれ小さい」

「あれはウリボアですね。子どものボアです」

「……見逃してあげよう。たくさん食べて大きくおなり……」

「………………」


 我が世界はボアと共生していける気がするな……。


「……って、いうか、ボア全然見付からなくなったね〜」

「狩りすぎたのだろうか。……移動しますか?」

「ん?」


 ズドスン。

 ズドスン。

 ……なんとなく、足音のような怪音が近付いてくるような?


「森の主的なヤツかな〜?」

「多分」


 森……いや、ボアを狩りすぎて森の主的な魔物を怒らせたのだろうか?

 少し広くなった場所で足音が止まったので、近付いてみる。


「うっ」

「げっ、不味そう……」


 ……クリス様の基準については突っ込まない。

 『鑑定眼レベル1』でステータスを鑑定する。

 あれは……


 【サラマンダー】レベル62

 属性『火』

 火蜥蜴ひとかげ上位種。

 巨大な体に反して素早く、牙や爪には毒があり特に注意が必要。

 口から吐き出すファイヤーブレスは強力。


「……レベル62……」


 レベルはかろうじて私の方が高い。

 だが、クリス様は回復、補助系。

 ……前衛が私一人であのレベルのサラマンダーは……!


「クリス様は攻撃系の魔法は……?」

「いくつかは使えるけど……あんまり使いたくな〜い」

「え、なぜですか」

「親を思い出すから。……あの人たちは攻撃こそ最大の防御。やられる前にやれ。やるからには徹底的に。……弱い奴の気持ちなんて……サポートの才能しかないボクの気持ちなんて分からない。分かろうともしてくれない……。……ああもうほら〜、思い出しちゃったじゃ〜ん……。だからやなの〜」

「…………」


 ……アレク様は中身がとてもしっかりとしてらっしゃる。

 クリス様は外見の美しい青年だが、中身がとにかく子どもっぽい。

 甘えたがりなところが目立つのは……もしかして、ご両親に甘えられないから……?


「……とにかく出てきたものは倒しておかなければ危険ですよね」

「ふっふ〜ん、属性は『火』か。ボク一番の得意属性『水』だから『火』の相手は得意だよ」

「では、よろしく頼みます」


 不安はあるが、クリス様のレベルは900超え!

 得意分野が回復、補助だとしてもレベルの差がありすぎる。

 私が囮になってサラマンダーを引き付けている間にクリス様に攻撃魔法で…………。


自動回復オートヒール!」

「は?」

魔法無効化レジスト!」

「へ⁉︎」

全身強化オールヒートアップ!」

「え……」

「オルガがんばれ〜」

「………………」


 ……戦う気ないな、この人……。


「あ、ありがとうございます……」


 諦めて剣を構える。

 毒の爪や牙を注意しながら、出来るだけ後ろ足を狙う。

 スピードが速良いのは後ろ足の脚力が強いからだと聞いた事がある。

 前足と牙は、ウィークポイントの後ろ足を守る為。

 ならば!


「大地よ! 汝の力を我に貸し与えよ!」


『瞬歩』で尾の横に跳ぶ!

 一閃、右の後ろ足を斬り付けてすぐに離れたところへと『瞬歩』で跳んだ。

 やはり慌てて尾で攻撃してきたようだが、そこにもう私はいない。


「お〜! オルガが『瞬歩』をめっちゃ使いこなせてる〜」


 まずは右足。

 左足の動きも止めたいところだが、尾が左足を覆うようにしなる。

 警戒しているな……。

 それに、正直思ったほど深く切れなかった。

 なんて硬い皮膚なんだ。

 鋼鉄の剣では防がれていたかもしれない。

 ミスリルの剣だったから切れた……そうプラスに考えよう。


「!」


 ぐっとサラマンダーが閉じた口を天に向ける。

 喉が赤く腫れ上がっている……あれは!


「オルガ! 動かないで!」

「っ」


 サラマンダーの……ファイヤーブレス!


防御壁バリア!」


 これはクリス様のバリア!

 ……だが熱気までは防げない。

 熱い……!

 それに、なんという広範囲攻撃!


「くっ」


 私の後ろの木々が左右に割れたファイヤーブレスで燃え落ちる。

 思っていた以上の高温。

 クリス様のバリアでなければ、私も危なかったかもしれない。

 しかし炎が収まったところで私は信じられないものを目にする。

 サラマンダーがまた閉じた口を天へと向けていた。

 喉元が赤く腫れて膨らんでいる。


 連続で……⁉︎


「生意気な! オルガそのまま! 水防御壁ウォーターバリア!」


 今度は私の全身を球体の水のバリアが覆い尽くす。

 サラマンダーのファイヤーブレスが再び襲ってきても、バリアの中は涼しく、外の炎の熱も通さない。

 ……こんな魔法もあるのか……。


「……………」


 ファイヤーブレス、厄介な技だ。

 二回連続で使えるなんて……。

 この攻撃が終わったらクリス様のいる場所と反対方向に移動しないと……。

 さすがにクリス様の存在にサラマンダーも気付くはず。

 ……あの人、レベル高いからなのかあんな場所からも私を守る防御壁を魔法で作れるようだが……普通の魔法使いならとっくにファイヤーブレスの餌食だな……。


「はあ!」


 ファイヤーブレスがゆっくり消えていく。

 その間際に水のバリアから飛び出して、まだ口から炎をチョロチョロと吐いていたサラマンダーの額へ剣を振り下ろす。

 私の剣に気が付いたサラマンダーが、後ろへと素早く下がる。

 しかし足の怪我のせいか、左に傾いた。

 振り下ろした剣は空振りに終わったが、地面に剣が着いた瞬間サラマンダー目かけてスキル技を放つ!


「烈翔剣‼︎」

『プオォ!』


 地面から衝撃波が突き上げる『烈翔剣』はサラマンダーの顔面に当たった。

 おののいたところを、畳みかける!


「鶴突剣!」


 突き技、『鶴突剣』でがら空きの喉へミスリルの剣を突き刺す。

 しかし、やはり硬い!

 浅いダメージにしかならず、暴れるサラマンダーから距離を取った。

 だが、喉のダメージは足のものより大きいはず。


『ブルアァァァ‼︎』

「なんだ……⁉︎」

「オルガ! 後ろに距離をとって! 何かやる気だ!」


 クリス様の指示に従い後ろに二歩、跳んだ。

 サラマンダーの喉が紫色に変わる。

 まさか……⁉︎

 なんだ、あの技は⁉︎


聖防御壁ホーリーバリア‼︎」


 真っ白な球体のバリアをクリス様が張ってくれる。

 その上、いや、バリアを全体的に紫色の霧が覆う。


「っ……ポイズンブレス……」


『鑑定眼』で調べるとそれは毒の霧!

 なんという奴だ……ファイヤーブレス以外にもこんな技を……。

 まずい……これではバリアが切れても毒が蔓延していて猛毒を喰らう……。


「生意気! ……範囲状態異常解除エリアディスペル‼︎」


 途端に周辺に蔓延していた毒が消えていく。

 クリス様、なんでも出来るな……⁉︎

 いや……!


「助かります!」


 毒が消えた瞬間を見計らい、バリア内から飛び出して瞬歩で間合いを詰める。

 空中に飛び上がると、やはりまたサラマンダーは喉を赤くしてファイヤーブレスの態勢に入っていた。

 同じ手を何度も喰らうか!


「落墜剣!」


 上から落下の衝撃を利用して突き刺すスキル技。

 ミスリルの剣ならば!


『ブギヤアァ!』



 ***



「うわぁ……不味そう……」


 ご兄弟揃って最初の感想は「不味そう」って……。


「これは、サラマンダー⁉︎ しかも大型じゃないか⁉︎ まさか君達二人だけで倒したのい⁉︎」

「ボクは補助だけ〜。やったのはオルガ〜」

「いえいえ、クリス様の援護あっての事です」

「すっごーい! サラマンダーっていえば高級食材じゃなーい!」

「え〜⁉︎ これ食べられるの〜⁉︎」

「知らずに狩ってきたのかね?」


『コホセの町』に戻り、役場前にサラマンダーを引きずって持っていく。

 アーノルス様たちも役場にいらしていたらしく、サラマンダーを引きずった私に近付いて口々にお褒めの言葉をくださる。

 剣聖に褒めてもらえるのは嬉しいが、私としては……。


「アレク様、ボアのお肉は飽きたのではありませんか?」

「飽きたー。……っていうか、それ食べられるの?」

「皮は防具の強化に使え、爪や牙は武器に毒属性の付加を付けられるので高く取引されます。肉はボアよりも淡白で、柔らかく精が付くと言われているんですよ。中でも尻尾はコリコリしてステーキに向いているそうです」

「ステーキ⁉︎ わーい! じゃあ今日はステーキだね! やったー!」


 ……毎日ステーキのような……?

 まあ、いいか。


「おお! これは素晴らしい!」

「町長様、お願いして良いでしょうか? 私は他のクエストの達成報告に行ってきますので」

「ああ! 町の食堂の店主たちを呼んで早速捌いてもらおう」

「これだけの大型なら、町の冒険者たちにも振る舞えると思うのですが……」

「え、良いのかい?」

「ええ、さすがにアレク様とクリス様の大食らいがいても余ると思いますので……町の方々にも是非」

「おお、それは……! いつもありがとうございます、オルガ様!」


 町長や役場の役人たちも顔を見合わせて喜んでくれる。

 ……皆ボア肉ばかりで飽きていたのだな。

 ノリに乗った町長が「アーノルス様たちの歓迎会と洒落込みますか」と言い出すと、あっという間にサラマンダーは広場に持っていかれて皮を剥がされ爪や牙を取り除いてから丸焼きにされる事となった。

 内臓も上手く調理すれば食べられるらしいので、そこはこの町の料理人たちの腕に任せよう。


「……あれをたった二人で倒すとは……。相当レベルが上がったのではないかね?」

「レベル68になりました」

「え、随分上がったねー」

「森のボスだったようです。エリアボスボーナスとパーティーボーナス合わせて、かなり経験値が入りました」

「すご〜い! もう勇者クラスのレベルじゃない! ……女の子じゃなかったら夜這いしてモノにしてるのに……残念」

「…………」


 リ、リリス様……。


「オルガくん!」

「⁉︎ は、はい、なんでしょうか。リガル様……」

「弟子にしてください!」

「…………」


 ビシッと頭を垂直に下げられる。

 は……は?

 で、弟子に……え?


「……自分より強い相手にはとりあえずこう言うんだ。気にしないでくれたまえ」

「手合わせくらいしてあげて。リガルは筋肉バカなのよ」

「あ、はい。手合わせならばこちらとしても是非お願い致します。 ……それで、奪還作戦に参加予定の“もう一人の勇者”ご一行は……」

「来なかったね。まあ、あと二日ある。待ってみよう。それに奪還作戦参加希望の冒険者パーティーは二組ほど到着した。これでパーティーの数は我々を含めて八組になったね」

「……『スドボの町』の冒険者パーティーの数が分からないけど、あと二十組は欲しいな。ステンドの町の規模と魔物の規模がイマイチ分からないからー」

「……そうねぇ、一つの町を覆うほどの魔物の数……って考えると……三十組くらいのパーティーで挑むのが確実かもしれないわ。町の外は大型の魔物も多いみたいだし、ワタシやローグスみたいな魔法使いが少ないのが痛いわね……」


 ……そうか、やけにパーティーの数が少ないと思ったが魔法使いの数の影響か。

 確かに高レベルの魔法使いはあまり多くない。

 回復系はもっと……。


「……前衛ばかりのパーティーも壁役としては必要なんだけどー……魔法使いの数と使える魔法がねー……」

「エリア系魔法は覚えるのが難しいからって……怠惰だわ〜」

「回復系の魔法使いなど三人しかいなかったしな。はあ、嘆かわしいのだよ」

「………………」


 それは少ないな。

 ……このままでは参加パーティーが少なくなるのか……。

 その場合私たちはどうするのだろう。

 ちらりとアレク様を見る。

 ……そういえば、我々が奪還作戦に参加する場合の基準は聞いていない。


「アレク様……あの……」

「……そうだねー、もう少しバランスが良ければ僕らは参加せずに作戦のサポートに徹しても良かったんだけどー……僕とクリスは後衛だしー、参加してもいいかもねー」

「え〜」

「本当ですか⁉︎」


 不満げなクリス様だが、私は参加したい!

 サポートも大切な役目だけれど……カルセドニーを早く助けてやりたいんだ。


「……でもそうなると全体に指示出すやつがいなくなるんだよねー」

「そうなのだよ。君が前線に出ると、多くのパーティーが好き放題戦う事になる。相手も魔物を戦略的に動かしてくるはずだ。指示を出す軍師や将軍のような立場の者がいなくなるのは好ましくないのだがね」

「う」


 ……しゅ、集合と分散云々って、まさかそういう意味……!

 ……………………。

 そうか……。

 アレク様が全体を見渡して各パーティーへ指示を出し、魔物を誘導してダークブラックの戦略に打ち勝たなければならないのか……。


「防衛戦では全ての冒険者パーティーに指示を出せる立場の者がいなかった。故に、ステンドの町は占拠されたのであろう。同じ轍を踏むわけにはいかんのだよ」

「国の軍ならまだしも、冒険者のパーティーは自由に動くものねぇ」

「……南西の大陸も魔物が軍略的な動きをするとは思わずに、翻弄されて負けたのだ。我々も戦い方を変えねばならん時期なのだろう」

「アレク君が後方で全てのパーティーへ指示を出してくれれば我々は魔物の軍に勝てる。……だが、このままバランスの悪いパーティーばかりが増えても……」

「作戦練り直しかなー……。個々が強くても大群同士のバトルとなると全体の動きで勝敗は変わるものー。まあ、まだ様子は見るけどー……」

「そうだな、まだあと二日ある。今は……待とう」

「………………」


 カルセドニー……、ナナリー、エリナ姫様……。

 今は辛いと思う。

 でも必ず助けに行くので、どうか……。



「それにしても、ほぼ一人でサラマンダーを倒すなんて…………可憐だ……」

「……アーノルス、言葉の使い方を間違えているのだよ……」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る