第4話 新たなスキル





「空腹です」

「お腹すいたぁ〜」

「だろうねー」


 翌朝、我々は酒場の片隅から起きるなり腹を鳴らした。

『コホセの町』の宿屋は、どこも難民受け入れにて部屋は満室。

 仕方なく我々は酒場の片隅に毛布を借りて泊まる事となったのだ。

 しかし、それは大した問題ではない。

 町の人たちは一軒につき数人の難民を受け入れて泊めている。

 ……固い床だが雨風をしのげるだけましなのだろう。

 だが、これまで王都で暮らしていた人々からすれば床で寝るなんて考えた事もなかったはず。

 小さな子どもや年老いた者には、こんな生活は続けられるはずもない。

 一刻も早く彼らを安心して寝泊まり出来るところへ導かねばならないだろう。

 ……でも、どうしたら……。


 ぐうううううううぅ……。


「あははは! なかなか良い腹の音だな! ほら、飯だ。あんたたちが昨日獲ってきてくれたボアの肉だ! たらふく食ってくれ!」

「わーい! ごはんー!」

「お肉〜!」

「あ、ありがとうございます、ご主人」


 起き抜けに香ばしい肉の香り。

 腹の音が治まる気配もない我々にはありがたい。

 すぐに毛布を畳み、皿とフォークを受け取った。

 身支度はこれを食べてからでも、いいよな……。


「いや、本当に助かったよ! 難民が押し寄せて俺たちの今日食べる食糧ももう尽きかけていたところだったんだ」

「そうでしたか! ……お力になれたなら、良かったです」

「冒険者たちはみんなメディレディアの王都ステンドに旅立ってしまって……食糧の調達もままならなかったところだからなぁ」

「……やはり、王都は魔物の群れに……?」

「そう聞いているよ。率いていたのは魔王軍四災の一人、コードブラックだったらしい……」

「四災が……!」

「なにそれ?」


 もぐもぐと咀嚼しながら話に入ってきたのはアレク様。

 そ、そうか……異世界から来られたのでは知らないのも無理ない。


「魔王直属の幹部です。コードブラック、コードノワール、コードダーク、コードファントム……皆狡猾で残忍……多少知恵のある魔物の比ではない程の知略を持ち、南西の大陸『ベルチェレーシカ王国』を落したのもこの四人だと言われています」

「ふーん」

「おかわり〜」


 …………ちなみに、クリス様は一切興味なしで食べ進めておられる。

 本当にマイペースなお方だ……。


「次はこの町か……バオテンルカ王国テンバルだろうなぁ……。どうしたものか……バオテンルカ王国はまだ勇者が見付かっていないのに……」

「そうなのー?」

「はい。他にも勇者が見付かっていない国はあるんですが、バオテンルカ王国は早く見付けないと……」

「噂じゃ、何人かの勇者がステンド城に籠城してるとか、王都奪還の為に他国の勇者同士がパーティーを組んでステンドに向かってるとか……そういう話は聞くけどな……。本当のところは分からんよ。勇者たちが力を合わせてくれればステンドを取り返せるのか……。なにせ相手は四災だしなぁ」

「勇者の聖剣は魔物に対して絶対的な力を持ちます。勇者同士がパーティーを組めば、ベルチェレーシカ王国の二の舞にはならないはずです!」

「? あんた、勇者を見た事があるのかい?」

「はい、一応……。私は勇者のパーティーにいた事があるのです」

「なんだって⁉︎ そうだったのか! そりゃあ頼もしい! どうだい? しばらくこの町を護衛してくれないか⁉︎ バオテンルカに向かう魔物がこの町を素通りするとは思えねぇ……! みんな不安がっているんだ!」

「! ……それは……」

「おかわり〜」


 ……確かに『コホセの町』は大きい。

 国境にある為、交易が盛んで人通りも多く、商業の町として発展してきたそうだ。

 メディレディア王国の首都を落としたとなれば、確かに次に狙われる可能性が高いのはバオテンルカ王国。

 この町も、危険だ。


「申し訳ないけど、他にも食糧難に陥っている町とか村を援助しに行きたいんだよねー」

「‼︎ ……アレク様……」

「だってこの町にだけ王都の人たちが逃げてきたわけじゃないでしょー? これだけ大きな町で食糧難って事はー、小さい町とか村はとっくに食糧難だよー。難民もそれ程多くないだろうけどー……命からがら逃げてきた人たちは大きい町とか小さい町とか関係なく逃げ込んでると思うー」

「…………それは……確かにそうだろうなぁ……。……いや、そいつぁそうだ。すまん、我が身可愛さに……」

「と、とんでもない。ご主人のおっしゃる事はもっともだ」

「まあ、拠点としては申し分ないしー、行って帰ってきて、その間はいいんじゃなーい? それでも良いー?」

「本当かい⁉︎ もちろんさ! ああ! 是非この町を拠点にしてくれ! サービスするよ!」


 それでも良い?

 と、アレク様がこっそりと私に微笑む。

 もちろん……、もちろんだ!


「はい!」

「オルガはこの町に良い思い出ないから断ると思ったー」

「……! ……とんでもない。そんな事は気にしないでください。人命が優先に決まっています」

「そうー」


 アレク様……なんと寛大な……。

 歳下で、子どもっぽい話し方。

 けれど、やはり王族の方なのだな……。

 私は目の前の事ばかりに囚われて、周りが見えなくなる。

 アレク様がおっしゃる通り、この町以外に逃げたステンドの民も多かろう。

 この町が食糧難なら、この町より小さな町はもっと食糧に困窮しているはずだ。

 その事に思い至らないなんて……。


「まあー、バオテンルカ? の偉い人たちも動いていると思うしー……それまでの間、僕らで助けてあげられるところは助けてあげられればいいよねー」

「そうですね! 今日も頑張りましょう!」

「おかわり〜」

「はいよ!」

「……クリス様、話は聞いていましたか?」

「え? なにか話てた?」

「いいよー、クリスにはあとで僕から話すからー」

「…………」


 同じ王族でも、この差は一体……。



***



「本当にありがとうございます、ありがとうございます……! もうダメかと……っ」

「ありがとうございます、皆さんは命の恩人です……」

「いえ、そんな……!」

「町長の人ー、難民の数と町の状況を教えてくださーい。僕ら『コホセの町』を拠点にしてるからー、この町の状況も『コホセの町』の役人さんに伝えてあげるよー」

「は、はい! ああ、本当にありがとうございます」

「………………」


 アレク様、本当にすごいな。

 町の規模、住人と難民の数、首都ステンドからの距離……。

 様々な要因を鑑みて、置いていく食糧の量を的確に算出してメモしていく。

 それを『コホセの町』の役人に伝えて、バオテンルカ王国の方の支援に役立てるのだそうだ。

 わ、私ではとても思い付かなかった!

 ……こういう支援と、救済の仕方もあるのだな。

 目の前の魔物をただ斬る事しか出来ない私には……本当に全く思いもしなかった事だ。

 素晴らしい事だと思う。

 国の力とは、こういう時にこそ振るわれるものなのだ。

 それをしっかりと理解しておられるからこそ、出来る事だろう。


「なにか難しい事考えてる〜?」

「クリス様。いえ、アレク様は凄い方ですね」

「うふふ、でしょう〜? もう立派に大人の王子様だよね〜」

「はい、そうですね」

「……でも、習わしだから異世界を旅して回らないといけないんだって。めんどくさいよね〜」

「そ、そういえば……そういうお話でしたね……」


 どちらかというとクリス様の方にその修行は必要な気がする……。


「そうだ、新しい装備の調子はどう?」

「はい、とても動きやすいです」


 昨日クリス様に選んで頂いた装備。

 派手なものはお断りしたが、男物ではなく男女兼用のプレートアーマーと鋼鉄虫の糸で織ったズボン。

 ミスリルボアの牙で剣を作ってもらう間の武器として買った鋼鉄の剣も、だいぶ使い慣れた。

 その他にも、ガントレットやアーマードブーツなど、一昨日とは比べ物にならない程しっかりとした装備を整える事が出来たのだ。

 クリス様とアレク様は、この世界の装備はお気に召さないとお断りされてしまったが…………装備を無しにしてもレベル差が激しい為なんの問題もない様子……。


「もっと可愛良いのにすれば良かったのに〜。花柄のスカートとか、ピンクのリボンとか」

「いえ、あんなヒラヒラしたものでは戦いづらくなるだけですので」

「んもぅ。つまんない〜。でも、ボクたちと行動するからには髪は伸ばしてよねぇ〜? 命令〜」

「え、えええええぇ……?」


 な、なんという理不尽な命令だ……。

 髪なんて伸ばしたら戦う時邪魔でしかないんだが……。

 それに、私の髪はごわごわとして固い。

 伸ばしてもエリナ姫のように美しくなびく事はないだろう。


「お待たせー。一度『コホセの町』に戻って役人さんたちに報告しよー」

「は、はい」

「あ、ねぇねぇ、オルガ。アレックスの事好きになったらボクに一番に相談してね〜。協力してあげるから」

「んなっ⁉︎」

「ん?」


 こそりと、歩き出そうとした私の耳元でクリス様はそんな事を囁く。

 そ、そん、っ、す……⁉︎


「そんな事にはなりません‼︎」

「キャハハ〜」

「……?」


 ま、全くなにを言いだされるのか……。

 首を左右に振りながら、『コホセの町』へと移動を始める。

 少し歩くと、クリス様が突然「そ〜だ〜」と手を叩く。


「オルガに『瞬歩』の魔法を教えてあげるよ〜。オルガの得意属性ってなに〜?」

「魔法? 申し訳ありませんが、私に魔法の才能はありません」

「才能がないのは見れば分かるよ〜。心配しなくても、『瞬歩』の魔法は身体強化の魔法だから魔力の少ない魔法の才能がない人間も使えるよ〜。『瞬歩』が覚えられれば移動は速く出来るようになるし〜、練度を上げれば戦いにも使えるから便利だよ〜?」

「た、戦いにも……⁉︎」


 それに魔法の才能がない私にも使える?

 そ、それは興味深い……。


「どのような魔法なのですか?」

「まず得意属性を教えて〜」

「ええと……得意属性とは……?」

「え〜、魔法って属性があるでしょ〜? 人によって得意な属性があるんだよ〜。ボクが光と土と水を得意としているみたいに〜」

「……得意属性……」


 ステータスを見ればなにか分かるのだろうか?

 少し待って頂いて、ステータスを開いて確認してみる。

 ……特に記載はないな……。


「すみません、分かりません」

「え〜。それじゃあ手のひらを上にしてみて〜」

「こ、こうですか?」


 言われた通り手のひらを上にして差し出す。

 するとクリス様は「は〜い、気合い入れて自分の中の魔力を絞り出して〜」とむちゃくちゃ言い出した。

 え、えええ……⁉︎


「そ、そんな、やり方が分かりません⁉︎」

「技を使う時の感覚だよー。剣を握っている時に、職業スキルって言うんだっけ? それを使う時に、多分無意識に使ってるやつー」

「職業スキルを使う時の……感覚ですか?」


 えーと、こう、ムンッ!

 ……という感じで……え?


「うわ!」

「それそれ〜。やれば出来るじゃ〜ん。えーと、黄色っぽいから『土属性』だね〜。防御や体力の強化が得意な属性。うんうん、オルガって感じ〜」

「『土属性』ですか……」


 手のひらから灯虫のような小さな光がわずかに浮かび上がり、消える。

 これが、魔力?

 私のような者でも自分の魔力を見る事が出来るものなのか……。


「それなら『瞬歩』は『土属性』で使えるね〜」

「つ、使えるのですか」

「まずは短距離から行ってみよ〜う!」

「『瞬歩』は強化系の中でも簡単な部類だからすぐ覚えられるはずだよー。職業スキルを使う時の要領で、でも、それよりも力まない程度……それを意識して、足の裏で大地の力を借りるイメージ」

「ポーンと跳ぶ感じ〜!」

「僕がお手本を見せてあげるね。足元見てて。行くよー」

「は、はい」


 アレク様の言う通り、アレク様の足元を必死に見つめた。

 ほんのりと足の裏側辺りに光が宿る。

 本当に、うっすらとしたものだ。


「大地よ、汝の力を我に貸し与えよ」


 小さな詠唱のあと、アレク様は一瞬で数十メートル離れた場所まで跳んだ!

 は、速い!

 見えなかった!


「戦闘の時に使うと敵の攻撃を回避したりするのにとても役立つんだよ〜」

「! た、確かに……」


 あのスピードなら、素早い攻撃も避けられそうだ。

 遠くで手を振るアレク様に追い付けるよう、先程手本で見せてもらった事を思い出しながら私も足の裏を意識して詠唱を呟いてみる。

 魔法の才能がな良いので、詠唱は少し憧れがあった。

 なので、ほんの少し嬉しい。


「着地する場所もちゃんとイメージするんだよ〜。アレクのいる地点で着地する、って、意識して」

「は、はい、分かりました」

「あんまり力むと転ぶから〜、ふわっと跳ぶ感じね〜」

「は、はい」


 ふわっと跳んで、アレク様の横に……着地する!


「っ!」


 ――――景色が……回る……?


「おー、成功ー」

「! ……出来た……?」

「さっすがオルガ〜、上手な『瞬歩』だったよ〜」

「! クリス様!」


 ……アレク様の隣に、私は来ていた。

 これが『瞬歩』?

 上手く出来たのか?


「ス、ステータスを確認してもいいでしょうか?」

「いいよ〜?」


 ステータスを開く。

 職業スキルのところに、新たに『瞬歩』が加わっている!


「……! ……お、覚えられました!」

「練度はまだレベル1とかでしょ〜? 繰り返し使って練度を上げていこうね〜」

「そうすれば戦闘でも使えるくらいになるよー。使えると便利だよー」

「はい!」

「じゃ、『瞬歩』使いながら『コホセの町』に行こうかー」

「はい!」



 移動時間が短縮されるし、『瞬歩』の練度も上げられる。

 一石二鳥だな。

 いや、良いスキルを教わった!



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