元々勇者で元魔王の従者と没落貴族の女主人

高巻 柚宇

1章 入学編

第0話 そして魔王は悟る

 「はぁ、はぁ……」


 眼前でボロボロになった鎧を身に纏い剣を杖代わりにしながら、今にも倒れそう足取りでこちらを睨む少年を見て、俺はつくづく呆れる。


 ああ、こいつも俺と同じ口か、と。


 満身創痍のその少年は巷で勇者テオと呼ばれており、この世界を魔王であるこの俺から守るために立ち上がった。そして俺が向けた刺客を全て破り、ついに俺の暮らす魔王城までやってきた次第だ。


 だが、ここまで来るために多くの仲間を犠牲にしてきた。それは俺の部下たちが優秀であったことを裏付けている。そして今まさに、仲間の死を乗り越えて勇者テオはこの魔王ルベンの前へとたどり着いた。


 度重なる死闘の末に魔王城の玉座に辿り着いた勇者テオの疲労は計り知れないものだった。事実、俺との戦いで勇者テオの聖剣は輝きを失いかけていたし、彼の動きはとても調子のいいものではなかった。


 しかし勇者テオは諦めていない。


 その眼差しは俺のことを睨みつけている。絶対に魔王である俺のことを討ち、すべてを終えて仲間を弔おうという確固たる意志が感じられる。宿敵である魔王を前にして、勇者は自らの身体の状態は顧みない。どうやらそれは全世界共通らしい。


 だから俺は思う。哀れだと。


 「勇者テオ。なぜお前はそこまでしてこの私を倒そうとする?」

 「なぜ……だと……? そんなの、魔王が勇者の敵だからに決まっている」


 今にも倒れそうな身体で必死に俺のことを睨む勇者テオに諦める様子はない。まあ、魔王を前に諦める人間なんて、そもそも勇者なんかになれないか。俺は自分の記憶を思い出しながら失笑する。


 「なら問おう。勇者の敵が魔王だと誰が決めた?」

 「なに……?」

 「いや、この質問は少々誤解を生むな」


 勇者の敵が魔王で、魔王を倒すのは勇者。この真理を決めたのは紛れもない教会だ。現に俺の眼も前にいる勇者テオも元々は農村に暮らす一人の少年だったが、教会から聖剣の使い手として選ばれて今に至る。


 つまり彼の人生に多大な影響を与えたのは神を司る教会であり、その教会の司祭だ。


 だが考えてみればおかしな話だ。そもそも聖剣とは何なのか。勇者にだけ使用が許された強力な武器? 勇者だけが扱うことのできる神器? 魔王を倒すために生み出された人類の希望?


 違うな。聖剣とは教会が民衆の支持を確固たるものにするために生み出した装置でしかない。そもそも魔王も勇者も教会が勝手に定義づけた役割でしかない。


 その役割を押し付けられた俺たちがこうして戦いを演じ、勇者が勝利を収めることで教会は民衆からの信仰を確固たるものにしてきた。言ってしまえば、こんなのはただの茶番でしかない。


 「なぜお前は聖剣を手にした? なぜお前は魔王を討つ?」

 「そんなの決まっている。聖剣が僕を勇者だと決めたから。僕が聖剣の使い手で、僕しかお前を、魔王ルベンを討てないからだ」


 今にも倒れそうな身体とは裏腹に力強い声で答える勇者テオ。


 聞けば聞くほど呆れてしまう。そして彼に同情してしまう。仮にここで俺を討ち取ったところで、待っているのは栄光でもなければ、平和でもないのだから。


 「聖剣が勇者を決める、か」


 その言葉に昔の俺はどれだけ勇気づけられただろうか。自分にしか使えない聖剣。このフレーズは男なら誰しもが期待してしまう。けど、それは泡沫の幻想でしかない。


 俺は懐に忍ばせていた剣に手をかけると、ゆっくりと金属製のケースから抜き出した。その剣は魔王が持つには似つかわしくないほど白く輝いた白金の剣。むしろ勇者が持つにふさわしいほどの代物だ。


 「なら問おう。なぜこの私、魔王ルベンの手に聖剣がある?」

 「な、なんだと……」


 俺の手に握られた聖剣を見て勇者テオは言葉を失う。しかし彼が言葉を失うのも仕方のないことだ。まさか魔王が聖剣を持っているなんて考えもしないし、もし俺が勇者だった時に同じ展開に遭遇したら彼と同じような反応をするだろう。


 聖剣が勇者を選ぶとしたら、この世界でも俺が勇者だ。逆に魔王でも聖剣を使えるなら、勇者テオが真の魔王かもしれない。なーんて小難しい話をしたところで意味がないから俺は話を進める。


 「な、なぜお前が聖剣を持っているんだ、魔王ルベン!」

 「簡単な話だ」


 そう、本当に簡単な話。


 「私がかつて聖剣を持つ勇者だったから」


 それは遠い遠い昔の話。わかりやすく言えば前世の世界。俺は片田舎に生まれたごく普通の農村の少年だった。けれど十三歳の時に教会から勇者に選ばれて、聖剣を託された。


 小さいころから童話で勇者と魔王の話を知っていた俺は自分が勇者になれたことを心の底から喜んだ。そして自分の役目を果たすために必死に努力して、仲間と一緒に魔王城へ乗り込んだ。そして死闘の末に魔王を倒し、その世界を魔王から救った。


 童話のような展開に俺は心酔した。


 でも、そこからは地獄だった。魔王を倒して俺の名声は世界中に広がり、俺に取り入ろうと様々な人間が俺の下に訪れた。片田舎に住んでいた少年も、気づけば首都で貴族になっていて美しい貴族令嬢を妻に貰って順風満帆な生活を送っていた。


 そこまでは幸せだったんだ。けれども更なる権威を求めた妻の家族が勇者である俺を王に据えようと画策し、妻の家族の更なる権威拡大を恐れた他の貴族たちはどうにかして俺の王座即位を妨げようと画策。


 だまし合いあり、暗殺あり、人質あり、俺は休む暇もなく日々の生活で周囲に警戒していた。でも勇者でも何でもなかった俺の妻や子供は政権争いに巻き込まれていくうちに死去。結局俺も最後は教会の手によって殺された。


 俺の死に目に教会の司祭が言った言葉は弔いの言葉でもなければ、魔王討伐のねぎらいでもない。力をつけすぎた勇者は不要。その一言だった。


 あの瞬間、俺は人間というものに絶望した。だから俺はこの世界で魔王となった。勇者として腐った世界を滅ぼすのではなく、魔王として腐った世界を滅ぼすと決意したのだ。


 「勇者レオ。それが俺のかつての名前だ」

 「勇者レオだと……」


 勇者テオが固まる。おそらく俺の昔の名前を聞いて驚きのあまり言葉が出ないのだ。なぜなら勇者レオとはこの世界の童話に出てくる伝説の勇者で、魔王を倒して王様になったとされている勇者だから。おそらく彼の両親もその童話から、つまり俺の名前から息子の名前を決めたに違いない。


 「驚くことはない。それに信じろともいわない。私はただ、この世界を滅ぼすために生まれ変わったのだから」


 実に勇者らしからぬ発言だ。だが、それこそが俺の辿り着いた答えであり、勇者レオの行きついた終わりなのだ。


 「僕は、僕はお前が勇者レオだとは認めない! 勇者が魔王になるはずがない!」

 「どう思おうとお前の勝手だ。それに私が勇者だったのは前世の話。この世界で私は正真正銘の魔王だ」


 俺はそう言って聖剣を元に戻すと、使い慣れた身の丈ほどの黒い杖を手に取る。この聖剣は誰かを守るために握ったものだが、この黒い杖は全てを壊すために握ったものだ。


 やはり勇者の最期は魔王らしくしてあげるのが礼儀だというものだろう。


 「勇者テオ。もし生まれ変わった時に記憶があったなら覚えておくといい。世界はお前が思っているほどきれいではない」


 こうして俺は勇者テオに最後の攻撃をくれてやった。


 この日、勇者テオは魔王ルベンに敗れ、世界は魔王ルベンの前に抗うことができずに蹂躙された。そしてこの決戦から一か月も経たないうちに魔王軍はこの世界のすべてを手に入れ、すべてを滅ぼした。


 すべてを滅ぼし、前世からの悲願を達成した俺だったが、最後に残ったのはなぜかやり場のない虚しさだった。


 結局俺は、この世界でも何も満たされることなく終わるのだろう。もし、もし叶うことならば、来世ではもう少し人間味のある生き方をしたいものだ。

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