第35話透明幼女と後悔する楓奈




 カチャ カチャ


「………………」


 不思議な光景だ。


 カチャ カチャ


 目の前には次から次へと湯気の立つ料理が運ばれる。


「………………」


 ただそれだけでは、全然不思議でも珍しくもない。

 至って普通の光景だろう。


 ただし、その運ばれる食事が、



 『宙を浮いてくる』のだとしたら?



 それはもう普通とは呼べない。


 きっと超常現象や超能力なんて、非科学的なものを信じてしまう。

 それか自分の精神が異常をきたし、それが見せた幻惑だとも。


 そんな現象が、今、目の前で起きている。


 私はこれをどう受け取ればいいのだろう?


 たった今、目の前で起きている、この怪奇現象を……



「ん、シーラ。ありがと」

「シーラ、ありがとなっ! がうっ!」

「シーラ、ご苦労さま」


「って、普通にお礼言うのか~~~~いっ!!」


 何事もなく食事に手を付けようとした3人に、両手を挙げて突っ込む。



「ん、またうるさいフーナさま。食事は静かに」


 するとすかさず、メドから注意される。


「いや、いや、メドはここのお屋敷の元主だからいいけど、なんでアドとエンドは驚かないのっ!? 見えない何者かが料理を運んでいるんだよっ! 変だと思わないのっ!」


「がう? モシャモシャ」

「は?」


 キョトンとした顔で、意外そうに私を見る2人。

 ってか、アドはもう食べ始まってるし。いただきますしてないのに。



「はぁ、フーナにはわからないの? もしかして」


 エンドがやれやれと言った様子で聞き返す。


「え? その言い方って事はエンドには見えるの?」


「俺もわかるぞっ! ムシャムシャ」

「こら、アド。まだ挨拶していない メッ!」


「はぁ? アドにも見えるって事は…………」


 見えないのは私だけ? なんで?

 さっきは可愛いお尻が見えたのに?



「ん、フーナさま」

「な、なに? メド」

「シーラは姿を隠してる」

「う、うん、それはわかるんだけど、なんで?」

「恥ずかしがり屋。あと、臆病、もの凄く」

 

 首を傾げる私にメドがそう教えてくれる。


「じゃ、じゃあさ、なんでメド以外にも見えるの?」


 メドは元々見えてるみたいだった。

 けど、後から来たアドとエンドが見えるのはなんで?


「ん、それは同じドラゴンとしての波長が合うから」

「え? そうなのっ!?」


 そ、それじゃ私は、私だけはあの艶めかしいエプロン姿が見れないって事?

 ドラゴンでもないから?


『く~~っ!』


 だったら、死ぬ直前のお願いに、


 なんで「ドラゴンになりたい」って願わなかったんだろう。

 そう願っていたら、女神のメルウちゃんが叶えてくれた筈なのに……


『ぐうっ! 悔しいっ!』


 そうしていたら、今頃私は――――



「がう、俺は匂いでわかるぞ」

「我は気配でわかるわ」


「え?」


 見えない私に見かねて、アドとエンドが教えてくれる。


 ん、だけど、


 それ波長とかドラゴンとかも、全然関係ないじゃんっ! 

 メドのさっきの説明は何だったの?


 ま、まぁ、確かに二人は「わかる」って言ってただけで、

 「見える」とは言ってないけど。



『う~~っ!』

 でも微妙に納得できないっ!


 見えなくたって二人には、あの幼女の存在がわかるって事だよね?

 あの可愛いお尻の持ち主の、裸エプロン幼女を感じられるって事だよね?


「ん、フーナさま。集中して」

「え?」

「フーナさまなら見える。強い想いがあるなら」

「は、はぁ……」


 グッと拳を握り力説するメド。


『ん~~』

 なんだかどんどんオカルトな話になってきたなぁ。

 もう匂いも気配も関係ないじゃん。


 でもメドが私を信じてそう言ってくれたのは伝わった。

 ジト目がちょっと開いたもん。


 なら、私はその期待に応えるだけだ。


「うん、わかったメドっ! わたし頑張ってみるよっ!」

「ん」


 カチャ カチャ


 ちょうど、私とメドの間に、湯気の立つ料理が運ばれてきた。


「よ、よしっ!」


 ここだっ!


 カッ!


 人差し指と親指を使って、目一杯に両目を見開く。


「んん~~っ!」


 今まさに、裸エプロン幼女が目の前にいる事を信じて。

 手の届く範囲に、あのプリ尻がある事を切望して。


「むむ~~~~ ………… あっ!」


 み、見えたっ! 本当に見えたっ!

 私にも裸エプロン幼女がっ!


 これが想いなのか、願望なのか、欲望なのかはわからない。

 でもメドの言う通り、想いの強さで見えた事は確かだ。


『グヘヘヘヘヘ――――』


 私はその姿を凝視する。


 ちょうど横向きで料理をテーブルに置くところだ。


 まさか私から視姦されてるとは思ってもいないのだろう。

 安心したようにテキパキとテーブルに並べていく。


 容姿は、深緑色のきれいなボブヘアーで、大きく潤んだ瞳と小さな口が特徴的。

 身長は私と同じくらいで、体型はちょっと瘦せ型。


 それと、


『ぐふふふふふ――――』


 白のフリフリのエプロンに、頭にはドレスヘッド。

 そしてそのエプロンの下は素っ裸。


 横から見るその景色は、絶景を通り越して絶叫しそうだ。


 華奢な色白な細い足から上を辿ると、あのプリッとした可愛いお尻。

 隙間から見える白いお腹に、細い腰つき。


 更に昇ると、そこには遠慮がちに主張する、ほのかな膨らみが――――


『ジュルッ! むふふふふふ………… あっ!』


「じ~~~~~」


 い、いま目が合った?

 

 料理を置いて体を引く時に、こっちを見てた?


「わきゃっ!?」


 そんなシーラは短い悲鳴を上げて涙目になり、その姿がゆっくりと消えていく。


「え?」


 シュタタタタ――――

 ガチャン


 そして扉を閉めた音と共にいなくなってしまった。

 もうどんなに目を凝らしても見えない。



「ちょ、ちょっとなんでぇ~っ!」

 

 あの可愛いお尻を追うように、手を伸ばしたまま固まる私。

 プランプランと寂しげに袖が揺れていた。



「ん、フーナさま。もしかしてずっと見てた?」


 手を伸ばしたままの私を見ているメド。


「え? み、見ちゃダメだったのっ!?」

「ん、それはダメ」

「で、でもさっきは一瞬だけ見えたんだよっ!? なんで消えたのっ!」


 そう、さっきは見えたのだ。

 あの裸エプロン幼女の、ロリエロっぽい半裸が。


「ん、恥ずかしがり屋って説明した。だからフーナさまに見られたのに気付いて、本気で姿を消した。ああなるとワタシでももう見えない」


 フルフルと諦めたように首を振るメド。


「それって、どういう事? なんで消えるの、あの子はっ!」

「消えるのは魔法。それに本気出すと、更に存在が希薄になる。そんな特技」

「き、消える魔法と……」


 特技? なの、それって?


 だって、曲りなりにもドラゴンだよね?

 この世界でも頂点に立つ種族の一つだよね?


 なのに恥ずかしいからって、存在が薄くなるって、一体、――――

 もしかして、恥ずかしいから穴に入りたい、みたいな感じ?


 まぁ、どっちにしても威厳も何もあった物ではない。


 

「あ」


 て、言う事は、今日はもう見れない可能性が?

 半裸の幼女がそこにいても、何もできないんだ……


「うはぁぁ~」


 ガクッ


 私はテーブルに力なく突っ伏す。


『ううう、ひっくっ 最初から知ってれば、凝視しなかったのに…… 気付かれないように、チラ見で我慢したのに…… なんで、私欲張っちゃったんだろう、ううう~』


 そして己の迂闊な行動を後悔して、すすり泣く。


 ポンッ ポンッ


「え? メド?」


 肩を優しく叩き、顔を上げた私を見つめるメド。


「あ」


 も、もしかして、傷心の私の事を慰めてくれるの?


 それかシーラの代わりに裸エプロンに――――


 なんて、ちょっとだけ期待しちゃう。

 何だかんだで、私はメドのご主人さまなわけだし。



「ん、フーナさま、行儀悪い。アドの教育に悪い」

「え?」

「そうよ、フーナ。アドが真似するでしょう? まだ食事中よ」

「は?」

「そうだぞ、フーナ姉ちゃん。俺は真似しないけど、行儀悪いぞっ! がう」

「はぁっ!?」


 慰められると思ったら、3幼女にそれぞれお叱りを受けた。

 しかもアドにまで怒られるなんて。


『う、う、――――』


 プルプル


「「「???」」」


「う、うわあああ~~~~んっ! みんなのバカっ! メドのおたんこなすっ! アドのアホっ! エンドの唐変木っ! わ~~~~っ!」  


 そんなみんなの塩対応に我慢できず、食事も途中で脱兎のごとく走って逃げた。


 ギュムッ


「あっ!」


 コテン


 その際に、長すぎる裾を踏んで、いつものように盛大にコケる。


 スク


「………………」


 それでも何でもないように立ち上がり、トコトコと慎重に部屋を出ていく。

 そして2階の寝室のベッドに飛び込む。



「ううう、みんなが冷たすぎるよぉ~、わたし、メドのご主人さまだよね? アドとも仲良くなってきたよね? エンドだって変なのから解放してあげたよね? なのに、なんでみんな―――― スヤスヤ ――――」


 一人、枕に突っ伏して愚痴るけど、今日は色々あり過ぎてそのまま寝ちゃった。


 明日はシーラちゃんと会えますように。

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