第15話 とりとめのない平和な掃き溜めで

「君たちは、本当に勝てると思っているのか?あの帝国に?」


「ある」とマルコはそう断言する。ここに集った者たちは負けるつもりなど毛頭ない。たとえ計画の一部がバレていても彼らは自らの勝利を信じている。マルコ達は常に勝利を見据えて動いてきたからだ。それは盲信ではない。覚悟の表れである。


 レヴィは全員の表情を見て確信する。ここには、誰一人として敗北主義者など居ない。いるのは、自らの国を、部族を、信念を、何者にもくれてやるかという覚悟をその腹の奥に宿している。


 同じだ。かつて東国の野で、血で血を洗い、血で地を染めてきた、古兵達の魂と同じなのだ。彼らも、自らの血族の天下栄光を信じ戦ってきた。眼の前の者共に対し、レヴィは歓喜の笑みを浮かべる。「ほう……面白い。どうやって斃す?教えて頂けないかね?


「良いでしょう」


 一方で、マルコも確信していた。眼の前に居るこの小男は、私欲に動く人間ではないと。東国に生まれた身でありながら帝国軍に入り、大隊長にまで登った。通常ならば、そのまま中央で仕官している方が、よほど良い生活ができるだろうに。しかし彼は辺境の故国に戻った。そこで裏方として東の国を守ってきたのだ。騎士団長殺しの一件における対応の迅速さからして、元帝国軍という肩書は伊達ではない。


 そのような男だからここで策を打ち明ける。彼ならすぐに理解するだろう。ことの重大さ。そして、何をすべきか。

 マルコはルカを呼び、コトの説明をするように頼んだ。彼女はそれを気怠げに了承する。


「……魔法ってなんだと思う?アンタ」そう言ってルカはミシェルを指差す。いきなり自分を指名された彼は、少し驚きながら無愛想な女を睨む。「なぁにアンタ?馬鹿にしてるの?」


「してないわよ。答えて」


 ミシェルは舌打ちをし、言葉を返そうとするが、出てこない。いつも使っているはずの魔法という力について、いざ「何か」と問われると浮かんでこない。騎士訓練で習った覚えはあるのだが、そういった基礎的な概念は、実践を積み重ねていく内に記憶の底で潰されてしまった。「小娘が……アレでしょ、あの……」


「『魔力は生命の内に宿る力。故にその者の生命力とも言えよう。また、それは真なる形を持つ。此れをイデアと呼ぶ。魔法とはイデアを、想像と智慧とを用い、言葉を媒介に現に創造する方法のことである』」ミシェルが唸っていると、レヴィが助け舟を出した。ここで止まっていても話が進まないと思ったのだろう。「どの魔法学入門書にも書かれている句だ。もう一度学び直すか?ミシェル」


「おあいにくさま。アタシは実践派でして……で、それが何?」


「ご明答」薄ら笑みを浮かべてルカは人差し指を立てその先に炎を灯す。その炎を横目に見ながら説明を続ける。「魔力が生命力だと言うなら、魔法を使えば生命力は減る。そうよね?」


「当たり前でしょ。使いすぎればへばる。それが原因で死ぬ奴もいる」ムスっとした顔で、ミシェルは腕を組んでいる。このくらいは言ったとおり当たり前のことで、実際にミシェルも身をもって経験している。連続で何度も魔法を使えば、剣を千回素振りした時と同じくらいの疲労感が頭にドッとのしかかるのだ。


「そ。皆そう思っているし、そう教えられる。それは間違いじゃない。じゃ、減った『生命力』とやらは回復するのか」そこまで言って、ルカは指先の灯火を消す。「答えはNO。生命力は減るだけで『回復はしない』」


 ミシェルは彼女の言っている意味が理解できなかった。そんなこと、学んだ覚えは無かった。もしくは先程のように、忘れてしまっているだけなのだろうか。しかし、魔法をどれだけ使おうが、数日療養すれば再び気力は湧いてくるじゃないか。これは、彼が実践で学んでいることだ。

 ちらと自分の前に座るレヴィの顔を伺ってみる。彼は理解できているのだろうか、眼の前の魔女の言葉を。


 彼は額に汗を垂らし、眉間に皺を寄せていた。


「アンタが言うように、体力は減っても回復する。でも生命力は体力とは違う。言っとくけど、魔法は頭をフル回転させて無から有を生み出す超高等技術。連続で使えばそりゃあ疲れる」


「……寿命、か?」レヴィがボソリと呟く。


 ルカは白い歯を見せる。こうも察しの良い男と話すのはやりやすくて助かる。「厳密には少し違うけど、その認識で問題ない」


 しかしレヴィには疑問が残っていた。今でこそ頻度は少ないが、軍隊長の時代など、魔法は行軍・戦闘に必須のものであった。多種多様な魔法を駆使し、彼は泥沼の南方戦線を生き抜いた。

 しかし、生命力がもし、寿命のように減っていくだけものだとしたら、何故自分は「まだ生きていられるのだろうか」。とっくに底をついても良いだろう。そんなに生命力というものは、膨大にあるものなのか?

 レヴィがそれについて尋ねると、返ってきたのは単純なものだった。


「それは、この国の魔法が『他者の生命力』を使っているから」


 その言葉にいち早く食いついたのはミシェルだった。

「どういうこと!?」彼は未だ納得できないでいた。眼の前の魔女は一体何を支離滅裂なことを言っているのか。第一、自分は他者の生命力など使おうと思ったことなどないと彼は衝動的に口を走らせた。


「そのままの意味だし、それは皆が意識的にやっていることじゃ無い。組み込まれてるのよ、呪文の中に。……知らないよね、魔法を唱える為の呪文、今使われてる物は全て、帝国軍が造ったものだって。教本だって、訓練法だってそう」


 ミシェルは言葉を失った。返すことが出来なかった。自分が使っている魔法がどこから来たかなど、気にしたことも無かったのだから。ただ「そういうもの」だと教えられ、「こういうものだ」と思い込んできたのだ。


 しかし、それも無理のないことだ。ルカの言うように、現在帝国で使われている魔法は全て、帝国軍が開発したものである。それに加え、帝国内で流通している魔法関連本は全て検閲が入っている。それはまるで、「魔法の本質」を使用者に悟らせないようにする為のものであった。


 では、その「他人」というのは、一体「何者」なのか?


「……まさに肥え土よ。南国は」


 ルカが亜人たちを横目に見ながら呟くように言う。


 レヴィは既に気づいていたが、彼女の言葉で革新した。帝国の力の源泉を。その所業の深さを。彼はそうであってほしくないと願いつつ、口を開く。


「450年 南国バルパムワヒダ県、聖ユファ=ナ・ヴァ神官……当時、老衰と発表された。遺体は何故か、密林地帯へ葬られた。


 453年 西国アモルイシャマル県、パトリキ・セナ公爵、列車事故で死亡。遺体は未だ見つかっていない。当時できたばかりの旅客輸送用車両での事故で、イメージを損なうとして大きくは報道されていない。


 今年、 東国アイシャの都ソフィア、騎士団長アンダルス。殺害。……遺体は見つかっていない。


 そして、448年。北国ノヴァの王ジャック・ルフス、及びその妃シャローム。病死。…2人同時にだ。2日前まで、皇帝陛下との会合にお元気な姿で出席なさっていたのにも関わらず。


 これら全て、帝国=属国間の奴隷貿易の中心にいた人物だ。それが近年、次々と亡くなっている。


 ……マルコ・ルフス殿下。あなたは、あなた方は一体、?」


 マルコは不敵な笑みを浮かべる。「流石です。レヴィ殿。私が兄から受けた役目は、彼らの処理。奴隷こそ強大な国力の燃料。それは市場を通して帝国領内各地から帝都へと供給される。私は市場を動かす手足に杭を打った。」


 彼は得意げに説明する。奴隷は通常、奴隷であるという証をその身体に刻まれる。それこそ、生命力を垂れ流しにさせる術式なのだと。自分たちが常使っている魔法は、その生命力を勝手に使うように設定されているのだと。「だから、奴隷を減らせば、魔法に頼った帝国の力は弱まる。その結果が今回の西伐だ。帝国は新たな土壌を手に入れようとしている」


 しかし、レヴィまたも反論する。現在行われている南方の開拓はどうなのかと。開拓の目的は資源の発見。勿論、奴隷も貴重な資源である。それについては、グラスゴゥが口を挟んだ。

「あれも、もう殆どの部族は見つかっちまってるだろうよ。元々、密林地帯の最奥なんて辺境に住むなんてのは、少数部族しかおらんしな。……それよりも、『大戦争』から数十年。帝国は表面上の平和を保ち続け、民衆の不満が溜まってる筈だ。たまには派手なパフォーマンスも必要だと感じてるに違いない」


 小人の言葉を聞いたレヴィは、一旦仏頂面になった顔を隠すように俯く。そして、再び顔を上げる。その顔は、この部屋に入ってきた時のようなねちっこい笑みに変わっていた。


 初めて聞く話ばかりではあり、未だ疑問も多く残っているが、レヴィは大方納得した。いや、納得しなければならないのだ。ここで判断を迷ってしまえば、東国は帝国とともに崩れ落ちてしまう可能性が高くなる。それはダメだ。東国の平和を、自分は守らねばならないのだ。

 自分のペースを取り戻したレヴィに、マルコが話を持ちかける。


「レヴィ殿、私は是非、東国騎士団の助力を願いたい」


 騎士団の団長は、首をゆっくりと左右に振ると、眼鏡を人指し指で眼鏡を持ち上げる。


「……今すぐにはいかんな。確かに私は反帝国と言ったが、部下たちは違う。アンダルス前団長の意志は未だ根付いている。……それに、東国の騎士は我が強い。マタイやミシェルを見れば分かると思うが」そう言って、レヴィは口を開けて笑う。ええ、確かに。とマルコも微笑む。東国の騎士たちは納得がいかないと悪態をつく。

 レヴィは悪い悪いと彼らをなだめると、改まって、マルコの申し出を快諾した。


「しかし、微力ながら援助はさせて頂こう。協力しようじゃないか。君らの闘争に」


 レヴィがマルコに手を差し伸べる。


 マルコはその手を強く握り返した。

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