第5話 悪夢の果てに
「おい、大野! 大丈夫か?」
「うー……大丈夫に決まってるでしょぉ……うー」
少しも大丈夫じゃない。
「立てるか?」
「立てるに決まってるじゃないー」
と立たせようとしたら、足腰にまったく力が入らない。控えめに言って泥酔状態ってところか。
どうしようか。
とりあえず、コイツを置いていくわけにはいかないし、だからってこの状態でどうやって店から出るべきか……。
悩んだ挙げ句
「おい、立つぞ。いいか?」
と声をかけて肩を貸してやった。
お、重い……意識がはっきりしている人間はさほどに重く感じないけど、足腰立たないような酔っ払い方をしている人間はとにかく重く感じる。
「な、なんだよぉー。じ、自分で立てるんだよぉ」
「口から出まかせ言うな。とりあえず店を出るぞ」
「うー……」
右手側でコイツを抱えるようにして立たせて、左手にはコイツの持ってた荷物を全部。
なんでこんな拷問を受けなきゃならないんだよ。
とりあえず、引きずるようにして店から出て、近くにあったベンチに座らせた。
「うー……あー……」
「大丈夫かよ」
「だ、大丈夫に決まってるでしょぉ。誰だと思ってるのよぉ。あたしよー、あ・た・し」
「で、お前どうするつもりだよ、この後。家に帰れるのか?」
「帰るに決まってるでしょぉー。フツーに歩いて帰れるわよぉー」
何を無茶なことを言ってるんだ。
実に困った。
本心は置き去りにしてとっとと帰りたいところだが、さすがに酔っ払った女の子を1人で放置するわけにもいくまい。
感情では放置100%だけど、理性がそれを許してくれない。
「しょうがねぇなぁ……ビルを出てタクシー呼ぶぞ。それでいいな?」
「タクシー? そんなのダメに決まってるでしょおー」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」
「歩いて帰るのよぉ。歩いて」
「お前の家、ここから歩いてどのくらいなんだよ」
「うー……んーと……20分くらいかぁ」
歩いて20分って簡単に言ってくれるなぁ。その間面倒見るのは俺だぞ?
「こんなんで20分も歩けるか! やっぱタクシーしかないな……」
「タクシー、ヤダって言ってるでしょぉー。歩くのよぉ。あたしは歩くのおー」
「わかったよ。歩けばいいんだろ、歩けば」
「わかれば良し。んじゃ、歩くぞー!」
とかけ声だけはいいが、ベンチから立てない。当たり前だ、こんなに酔っ払ってて立てるわけがない。
こっちもヤケクソ気味に腹をくくった。
「おい、おぶってやるから背中に乗っかれ」
「うー……わかったわよぉ……。……こう?」
ズシッと背中に重みが……。
両手を捕まえて、俺の首の前でつながせる。
「いっせーのー……うっ!」
マジで重いっての。
コイツ、美形なだけじゃなくてスタイルもモデル体型だから背が高い。その分細身でも十分重いっての。
ふー……。うし、とりあえず背負うことはできた……。
コイツの荷物を両手に分散して吊すようにして、足を抱えながら歩き始める。
まずはビルから外に出なくては。
普段なら使わないエレベーターを活用させてもらう。
とにかく人間を1人背負って、荷物を両手に持ってって重いの何の。
這々の体で外に出ることができた。
「で、お前の家にはどっちへ歩けばいいんだよ?」
「うー……あっちー……」
あっちー、で指さした方向は確かに昨日、帰っていった方角のようだ。
「わかったよ、あっちな。お前、寝るなよ? お前の家なんか全然知らないんだから、案内してくれないとわからんぞ」
「うー……わかったわよぉ……」
まだ大丈夫そうだ。
とにかく歩き始める。背中にコンクリの塊を乗せたような重さがあって辛いことこの上ないが、放り出すわけにもいかないのがまた辛い。
「そこの角をみぎー……」
「しばらくまっすぐー」
などと、ベロンベロンながら的確に方向を指示している。
「うー……あのさぁ……うー……気持ち悪い……」
「待て、頼むから待ってくれ。今、一旦下ろすからな、ちょっとだけ我慢してくれ!」
と言い終わる前に背中にリバース。
「……」
「うー……気持ち悪いよー……」
気持ち悪いのは俺だ!
背中に生暖かい液体をかけられて、異臭までしやがる。帰り、どうしてくれるんだよ、コレ。
「とりあえず、一旦下ろすからな」
と言って、道端に座らせる。
小ぎれいなワンピースだったので、路面に座らせるのはちょっと抵抗があったが、もうリバースした後で、前はめちゃくちゃだったので「いいや」と思って座らせた。
「ちょっと待ってろ。水買ってくるから」
ちょうどいい案配に自販機がある。
そこでペットボトルの水を買って飲ませることにした。
「ほら、とりあえずこれで1回口の中をゆすげ」
というと、弱々しくペットボトルを手に取ってフタを開け、一口口に含むと吐き出した。
「少しはすっきりしただろう?」
「うー……なんとなく……」
「こんなになるまで酒を飲みたかったのか?」
「そ、そぉよぉ……うー」
「お前、俺が一緒だったから良かったようなものの、もっと悪知恵の働くヤツだったら何されてるかわかんねぇぞ、こんなんじゃ」
「だからアンタに一緒に来てもらったんじゃない……うー」
最初から狙い撃ちかよ。なんで俺が狙い撃ちされなきゃいけねーんだ。
しゃべりながら、一口二口水を飲んでいる。まぁ、何とかなるか、コレで。
「あと、家までどのくらいあるんだよ」
「10分くらいよぉ……」
じゃ、もういっちょ頑張るか。
「ほら、じゃあまた背中に乗って」
しゃがんでやると、素直に背中に乗っかり前で手を結んだ。
「ちゃんと捕まってろよ? で、まだ真っ直ぐか?」
「あそこの角を左……」
「左な」
俺はいろいろ考えてみた。
幸か不幸か、こいつの生い立ちをひとしきり聞くハメになったわけだが、自分の責任とは言え、やっぱり寂しかったんだろうなぁ、とか。
男に免疫がなくても、彼氏は欲しいだろうし、一緒に楽しいことをしたくもなるお年頃だしな、とか。
若干の哀れみを感じつつ、家の前に着いた。
ってか、家の前とかって話じゃない。
門があるよ、門が。
なんですか、この大邸宅は。
どうやって中の人呼べばいいのよ?
門の周りを見回すと、一応インターホンらしき物があったので、仕方なしにそれを押してみる。
「はーい、どちら様でしょう?」
「すみません、鈴谷と申します。お嬢さんが酔い潰れてしまって歩けなかったので、ここまで背負ってきました」
「あらあらあら! すぐに参ります。お待ちください」
インターホンが切れると数分後にお手伝いさんと思しき女性がやってくる。
「まぁ、こんなになっちゃって……お嬢様、大丈夫ですか?」
「……」
どうやら家に着いたのを確認してそのまま寝てしまったらしい。
「すみません、ここまで運んでくるので手一杯だったので、この後お願いしていいですか?」
「もちろんです、ありがとうございました、鈴谷様」
いや、俺、様を付けられるほどえらくはないんだけど……。
「じゃ、お願いします」
と言って、ゆっくりしゃがんでお手伝いさんに手伝ってもらって、下ろす。
もう寝ているので、お手伝いさんにこの後をお願いするのも申し訳ないとは思ったが、もう家まで着いたわけだし、ここから先は家の問題だろうと思い
「それじゃあ、大変だと思いますけどよろしくお願いします」
「ありがとうございました。お気を付けて」
その声を背中に受けて大野家を辞去する。
この後、俺はどうやって帰ればいいんだよ。
駅までは問題ないけど、電車乗ったらこの異臭は迷惑極まりないぞ。
と言って、タクシーにも乗れないしなぁ……バスも一緒か……。
どうすればいいんだよ……。
ひたすら帰りのことに頭を悩ませる俺だった……。
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