第49話 大河と山尾の関係


 木枯らしが吹き落ち葉が舞う十一月。三番隊に待望のコートが支給された。


「あったけー!」

「もう外は寒いからな。早く欲しかったよ」


 朝一番の詰め所は、暖かいコートに身を包んでほくほくしている隊士でごった返していたのだが。


「――なんで私だけないんですかぁ……」


 六華はよよよ、と手のひらを瞼のあたりに抑えながら壁にもたれていた。


「残念だったね。まさか総務が女子用のことすっかり忘れてたなんて……」


 玲が自身のコートのボタンを留めながらかわいそうにとつぶやくが、ぬくぬくしている顔はまったくもって六華を憐れむ顔ではない。

 ふふふ、と楽し気に笑っていた。


「くっそー……」


 六華は子供のように唇をかみしめる。

 もしかして男性用を着られないかと玲に借りて羽織ってみたが、隊服にしろコートにしろ、体格に合わせて作ってある。当然ぶかぶかすぎて動けなかった。

 総務を責めても仕方ない。六華は今年入隊したばかりの、三番隊唯一の女性だ。超特急であつらえてくれるというのを信じて、素直にあと二週間、待つしかない。

 六華は深くため息をつきながら、仕方なく手袋をきっちりとはめて背筋を伸ばす。


 警備上の問題で竜宮内では私服が認められていないので、家から着てきたコートを羽織ることもできない。おそろしく寒い竜宮内のことを考えると恐ろしいが、当分は隊服の下に動きが制限されない程度に着込むしか方法はなさそうだった。


(あと、貼るホッカイロだな……背中と腰。うん、そうしよう)


 六華はそんなことを考えながらパソコンを立ち上げて、今日のスケジュールを確認する。


「今日の私のスケジュールはっと……ふむふむ。午前中は宝物庫の警備ね」


 三番隊の警備は、当日ぎりぎりにならないと隊士に伝えられない。それも当然だろう。事前に誰がどこを警備するかよそに漏れてしまったら、警備の意味は半減する。

 では今日一緒に組む相手は誰だろうか。

 いつものように玲だろうかと名簿を視線でたどった六華は、驚愕した。

 なんとパートナーの欄に、久我大河の名前があるではないか。


「えっ……!」


 思わず声が漏れたが、大声で叫ばなかっただけマシだったかもしれない。

 六華は椅子から一瞬腰を上げたが、『いや落ち着け』と自分に言い聞かせながらまたゆっくりと座りなおした。


(久我大河と、ペア……)


 字面を見ているだけで、心臓がドキドキと鼓動を刻む。

 公的にふたりで組むのは晩さん会以来になる。

 やはり嬉しいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。


(仕事中はにやけないようにしよう)


 六華は顔をあげると、大河のデスクに向かって深々と頭を下げた。


「おはようございます。久我隊長。今日はよろしくお願いいたします」

「ああ……矢野目か」


 同じくPCで今日のスケジュールを確認したらしい大河が、六華を見て目を細める。


「よろしく頼む」

「はい。では参りましょうか」


 六華と大河は並んで目的地である宝物庫へと向かうために、詰め所を出た。


「お前と組むとは思わなかった」


 廊下の途中で大河がそうつぶやく。

 どうやら今日のスケジュールは山尾が作成したものらしい。


「私もです。でも隊士は三十人もいるから、そうなるんですよね。決めるのも大変でしょう」


 いつも同じ組み合わせでは緊張感が欠ける。とはいえ、まったくそりがあわない者同士を組ませては連携が成り立たない。

 そのあたりを調整できるのは、隊士の個性を把握した人間だけである。本来なら警備の人員配置は隊長の役目だが、来年の春までは山尾とふたりで話し合って決めていると聞いていた。


「はやく山尾先生のお手を煩わせないようにしたいんだが」


 大河はまじめな顔をして顎のあたりを撫でていた。

 彼は山尾のことを「先生」と読んでいる。六華もそうだ。山尾は父の兄弟子で六華は幼いころ山尾の元で剣を学んだ。


「隊長も、山尾先生に剣を習っていたんですか?」

「ああ……まぁ、そうだな」


 六華の問いに、大河はあいまいにうなずく。


「山尾先生はいくつも道場をもたれていましたよね。隊長はどこの道場だったんですか? 私は正確に言うと、父のついでみたいな感じで正式な弟子というわけではなかったんですけどね。道場のお稽古帰りに買ってもらえる駄菓子が嬉しくてうれしくて……」


 六華はふふっと笑いながら、幼いころの記憶を思い出し懐かしい気分になった。


「ああ……道場な……」


 大河は六華の口から出る単語をぽつぽつと口にするだけで、はっきりとした答えを口にしなかった。

 そこでようやく六華は気が付いた。


(あ……これは私はまた墓穴を掘るやつだ!)


 彼の見舞いに行って怒らせたことを急に思い出した六華は、慌てて大河を見上げた。


「ごめんなさい。私、またあなたのプライベートなことを……すみません」


 我ながら学習能力がなさ過ぎて情けない。

 しょぼんとうなだれると、大河が唐突に立ち止まった。


「いや……言っただろ。俺はお前のことが知りたいって」

「え?」

「知りたいくせに知られたくないなんて、フェアじゃない」


 そういえば――お見舞いに行ったあの日、彼はそう言って六華に口づけた。


『お前のことをもっと知りたい』

 熱を帯びてかすれた声。

『いやなら逃げろよ。追いかけないから』

 そう言いながら彼は六華の逃げ場を奪ったはずだ。


 熱のせいか、少しだけかさついた唇の感触は今でも鮮烈に思い出せる。

 顔に熱が集まるのを知られたくなくて、六華は少しだけ大河から視線をずらす。


「――山尾先生は、子どものころ、俺の面倒を見てくれた人だ」

「子どもの……ころ……?」

「剣だけじゃない。やりたい放題のクソガキだった俺を心身ともに鍛え、成人するまで導いてくれた。だから情けなくて未熟な時代を全部知られてる。頭が上がらない人ってわけだ」


 大河は自嘲するように笑う。

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