第9話ヨヨとひとめぼれ
「学習によって俺の命令を先読みしたということか。大したものじゃないか。まるで家族を気に掛ける知類のようだ。……これが無知性というのは、納得がいかないが。しかしあの論文に誤りがあるという説得力のある反論も今のところはないわけで……」
先輩はひとりでぶつぶつ呟きながらも、テキパキと〈ナタリエル〉を〈ニースフリル〉に積載し、そのまま〈ニースフリル〉を運転して去って行った。その場には私と倉木さんが残された。
「あ」
しまった。どうせなら先輩と二人で倉木さんに協力を仰げばよかった。口下手な私よりも、先輩のほうがよほどうまく彼女を説得できたことだろう。だけど時すでに遅しだ。
「あなた!」
突然、強い口調で呼びかけられて驚いた。振り向くと、倉木さんは傘を握りしめてこちらを真剣な表情で見つめている。というか、睨んでいる。
「ねえ、あの人は誰? 知り合い? どういう関係?」
「え、あの人は、先輩で、道頓堀清宗っていう名前で」
「それから!? ほかに知っていることはないの? 洗いざらい喋るべきだと思うんだけど!?」
突然の怒涛の質問攻めに私はあたふたとしどろもどろになりながら、清宗先輩についての質問に答え続けた。
「歳は? 出身地は? 個展とか開いていないの? あのジェットエンジンはどこで入手したの? 家族構成は? 趣味は? 好きな食べ物は? 座右の銘は?」
変な質問が多く混ざっていたけれど、私は私に応えられる範囲でそれらの質問に答えた。
「えっと、倉木さん、どうしたの突然?」
「……屋上」
「ん?」
「私は四階から飛び降りた。あの人は屋上から飛び降りた。四階と屋上の間には五階があるから、5メートル以上は差がある。でもそれよりも、自分の技術力を信じて疑わずにあの人は飛び降りた。そんなことできる人そうそういないよ? 初めて見た。私より覚悟が据わっている作家だ……信じられない……すごい……」
「何やら勘違いしているんじゃない?」
「人知部の部長……それで、あなたは私を人知部に入れたいのよね?」
「いや、入部までは求めてないよ。ただ、文化祭の企画の手伝いを頼みたいだけで」
「やる」
「え? 本当?」
「なんでもやるわよ。あの人に近づけるなら」
心なしか、倉木さんの声は少し震えているような気がする。目の色からもさっきまで私に向けられていたトゲみたいなものがなくなっている。
「どうしよう……ねえ、あなた、私、こんなこと初めてかもしれない……」
「うん? なにが?」
「ひとめぼれかもしれない……」
「ええ?」私はうめいた。「ううん。でも、文化祭手伝ってくれるなら、私もうれしいよ。よろしくね、倉木さん」
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