第4話清宗先輩と敗北

 人知部は清宗先輩が一年の時にたったひとりで立ち上げた部だ。以降、先輩は今に至るまで部長を務めている。

 部の創設には五人の入部希望者が必要とされるが、先輩は得意の政治的立ち回りでうまくその条件を満たしたそうだ。しかしあくまで先輩以外の部員は頭数合わせの人たちだったので、すぐに幽霊部員化した。その翌年に巡さんが入部して副部長に就任するまで、実質的に人知部は清宗先輩のひとり部活だったのだ。

 その実態が理由で、人知部は常に生徒会からの圧力を受けていた。平たく言えば、生徒会は人知部の廃部を望んでいる。なにしろ、先輩がどのような口八丁で手に入れたのかは知らないけれど、人知部の年間予算は全国大会常連の運動部以上の金額なのだ。しかし人知部の実績はまだ何もないに等しい。生徒会にとってはさくっと人知部を廃部にして、その予算を他の部活に回したいところだろう。他の部活からも当然のように疎まれている。もっとも、そういう周囲の状況を先輩はあまり意に介していないようだけど。

 清宗先輩と巡さんはともに三年生。私は一年生。幽霊部員の先輩たちが何人いるかは知らない。事実上、男子ひとり、女子ふたりの人員が人知部の全メンバーだ。あとは一応、協力者のヨヨは準メンバーと言えるかもしれない。

「これなんの雑誌?」とヨヨが言う。

「『カンベイ』っていう科学雑誌だよー。ちょっとオカルト気味の話題も扱うことで有名だけど、案外、ちゃんとした記事も載っていてねー。私も購読してるのさー」

 ヨヨの質問に、巡さんが答える。巡さんのおっとりした口調も、『ボレロ』とは距離のあるムードだなあ、と私は思った。なんというか、巡さんは不思議系女子みたいな感じで、あと胸がとても大きい。制服の上からでもふくよかな膨らみが人の視線を集める。私とヨヨの胸とは全然違う体形で、本当に私たち三人は同じジェンダーなのだろうか、とたまに疑問に思う。

「『カンベイ』2045年8月号。この号の特集記事こそが、我が部の廃部を招いた決定的な事案なのだよ、ヨヨ君」清宗先輩が言う。「〈クエリ〉。特集記事8pのマーカー済みの文章を読み上げてくれ」

〈了解。該当箇所を読み上げます〉

 先輩の指示に従い、その文章が読み上げられる。


〈特集:人工知能研究の敗北〉


〈わずか三年前に発表された「言語と世界内生体との密接な関係についての言語論」によって、言語はただ論理的な概念操作ではないことが科学的に証明された。この強い影響を受けたのが人工知能研究の分野だ。この研究は、つまりは機械存在が言語を習得することは不可能であることを意味している。〉


〈国際連合は、この研究結果を受けて来年2046年には〈知類憲章〉(※1)の準知類の項目から〈人工知能〉の登録を抹消した。〉


〈1956年のダートマス会議に集まった研究者たちによって始められた「機械が言語を使うことができるようになる方法の探究」という、実に90年に及んだ科学的挑戦は、彼らの実質的敗北によって幕を閉じたこととなる。〉


〈※1:国際連合が知的存在の条件と認定を定めた憲章。主に、知的存在を〈知類〉、知的存在となり得る存在を〈準知類〉と規定している。〉


〈読み上げを完了しました〉

「ありがとう〈チト〉。今の内容はわかったかね、ヨヨ君」

「ごめんだけど、全然わからないんだけど……」

 ヨヨが苦い顔で答える。

「要約するとねー、私たちのやってた人工知能の探究が、根本からぐわわっと価値がなくなっちゃったんだよー。私と清宗部長は、ずっと人工知能の知性の証明を探求してきたからねー。でもその目標の達成がー、そもそも不可能だったていうことが科学的に論理的にきっぱりはっきり実証されちゃったんだよー。つらいねー」

 全然つらくなさそうな笑顔で巡さんが言う。


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