第87話・崔は投げ込まれる


 俺は鎖に繋がれた弟にご飯を持ってくる。片足に鎖をつけられ、手錠で腕を固定された状態で弟は牢に入れられていた。痛々しい傷などは全て癒され、健康そのものだろう。


「ごはんだ……生きてるか?」


 持ってきたのはパンと冷えたシチュー。衛兵用のご飯そのままを持ってきた。


「アルベルト……よくもまぁ。図々しく顔を出すね」


「枷を外す、暴れるな」


「……」


 俺は弟の手錠を外す。逃げる様子はなく、そのまま魔法を唱えてシチューを暖める。破れたドレスから弟の体が見え、男より華奢な体に既に性別が違う事がわかる。


「お前……わざと拐われたな」


「わざと? 薬に耐性あって大丈夫と思った。うそうそ……コイン投げみたいなものした」


 拷問されながらもその目は生き生きしており、背筋が冷える。魔物の毒蛇が睨んでいるような錯覚がし、心臓が跳ねる。


「コイン投げ?」


「私ね、嫌われてるのは知ってた。誰かが私を消そうとする。それがいつかをわからない。だから、表か裏か占い。今は表が出た……」


「表? 悪い意味ではない?」


「ちょっと待って。ごはんだべるから」


 弟は黙って食事をし、水筒で水を飲んで一服した時、にこやかに考えを俺に伝える。


「お待たせ~兄ちゃん。そうそう、悪くない。死んでないし、連れ去った兄ちゃんの優しい行為によって……私はここに居ることは凄くいい」


「……」


 拐う事は多くの家の者が考えて居たことだ。理由は……情報を求むためと、家の裏切り者の処罰するために。優しさなどではない。


「ありがとう。お兄ちゃん。初めてお礼を言えたよ」


「いや、俺は……お前を……」


「結果を知らないからそう感謝を受け取れない。理由はね……ヴェニス家の者だよ。私は今」


「……それはどういう意味だ?」


「エルヴィス・ヴェニスはやってくる。ふふふははははは!! エルヴィス・ヴェニスはここにやってくる!!」


ゾワ!!


 名前を叫びながら弟は嬉しそうにステップを踏む。狂人のような行為に胃袋に荷重を感じ、ベタつく空気に嫌悪感が湧く。ベタつく理由は汗が全身から吹き出ており、嫌な汗だと思いながら額を手の甲で拭う。


「お前……」


「愉快でしょう。お兄ちゃん!! ここに姉ちゃんが来ます!! あの、血の絨毯を渡った姉さまがね」


 噂で聞くエルヴィスは確かに血生臭い噂が多い。だが、本当に血を多く見ているだろう。しかし、俺はそんな事は起きないと感じる。


「ここは城だ。それも王城。そんな事は絶対にない」


「……お兄ちゃん。教えてあげる」


 無邪気な子供のように弟は俺の目の前に立つ。


「お姉ちゃんの見た目に騙されるな。可憐な姿に騙されるな。内に秘める業火の火花を見落とすな。女性であると思うなかれ……誰よりも野蛮で、誰よりも勇敢で、誰よりも勇気があり。姫と思うなかれ……剣を取る騎士と思うなかれ……魔法使いと思うなかれ……彼女はそう。エルヴィス・ヴェニス。エルヴィス・ヴェニスなの」


 童話を語るように弟は歌い上げる。その行為はまるで火に近付く蝶のように可憐で妖艶で……不思議と胸が昂る。そう、変な物に奇異な目を向けるようなものだ。だからこそ、俺は気になった。


「ルビア……お前の見た。全てを俺に教えてくれないか?」


「ふふふ、いいですよ。お兄ちゃん……冥土へ落ちる前の置き土産で」


「……わかった」


 俺は弟の足枷を外し、素足で歩かせるのも悪いなと考えて背を貸し……衛兵に一言伝え、自身の寝室へと連れていく。エルヴィスの事を調べるために俺は弟を連れるだけだと言いながら。







 私は会議室で地図を広げる。城の内部構造図であり、本来は持ち出し禁止の物となる。後宮の図面もあり、王の寝室さえわかる。


「エルヴィス姉貴。どうして城の図面が? それの後宮も。これは機密では?」


「世の中、金でほとんどの物が買える。ほとんどの物がね。売ってるのよ」


「エルヴィス……あなたは本当に何者よ」


「エルヴィス・ヴェニス。『悪役令嬢』よ。ふふ、まぁ~大丈夫大丈夫。それよりもロナは本当にいいの? 指輪返してくれれば無罪放免よ」


「エルヴィス姉さん。今さら降りれないわ。私個人で家に絶縁状を置いてきたわ。個人で参加するの」


「わかった。後悔のないようにね」


 強い覚悟を示すロナに私は折れる。そして二度とロナを外そうとは考えないことにした。


「皆にこの地図を模写する時間を与えます。皆さんは頭に叩き込めるようにね」


「姉貴、決行はいつ?」


「死なれちゃ困るけど。ちょうど拷問されてるようだし……死なないから大丈夫よ。たぶん」


「早く決行するべきでは?」


「癒し手がいるし、今は焦るより爪を研ぐ方が先……武器、鎧もないからね」


「武器、鎧?」


「喜びなさい。アーマーが用意されるわ。もちろん軽装鎧だけど。ないよりまし」


「皆にあるのですか?」


「ふふ、こんなことあろうかと。すでに用意してた……地図の件は以上。ついてきなさい」


 私は会議室から皆を連れてお出かけする。連れると言っても私たちの牙城の隣の倉庫にだが。


「ここもあなたの持ち物?」


「バーディス。そうよ、金庫を開けると言ったわね」


「なるほどね。これが金庫か」


 隣の数階建ての建物を買取、いつか来る日のために武装を隠していた。中へ案内すると展示された鎧達が出迎えてくれる。切れ目のあるスカートに、白い鎧。手甲と足にぴったりとした足甲。儀礼用と言われればそうだが、装飾もされドレスをそのまま鎧にしたようなのが並べられている。


「あら……センスいい鎧」


「あ、姉貴……頭の防具。かわいいがこれ……防御力……」


「見てみて!! メグル!! この頭防具。兎耳みたいな装飾がある!!」


「ご明察。これはね一応儀礼用の鎧で見た目を重視した結果……足とスカートの隙間は生足が見えてるし、頭防具に無意味の動物の耳のような装飾をしてチャーミングにして、その分重く。見たらわかるけど帽子のような物だからその分防御出来る面がすくないわ」


「エルヴィス……」


「ごてごてした鎧……着たくないの。動き安さ、魔法防御力はこの見た目の結果から以上に高いから大丈夫よ」


「防御取るか……見た目を取るか……」


「見た目もステータスよ」


 私が名前がついた鎧のプレートをつく。


「個人で胸の大きさ違うから名前があるのがあなた達の鎧よ」


「……エルヴィス姉貴。これらオーダーメイドなんだな……すご」


「変な所で熱意を……」


「ふふ、ええ。晴れ姿は立派な物を着たいじゃない。なお錆びないようにプラチナ合金よ。あなた達の内職の給金はこれにつぎこんだからね」


「「「ええええええええええええ!?」」」


「盗まれないように」


 3人の驚く姿に満足し、私は倉庫に鍵を閉める。潤沢な資金力に物を言わせ私は……ゆっくりと牙を研ぐ。



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