第8話・桜色の髪の乙女はお兄様



 大きな屋外訓練所。敷き詰められた砂地はボコボコと凹み。鉄壁によって囲われた檻のような中で……訓練が行われていた。轟音と共に中で何が行われているかを外の者は知るよしもない。だが、覗き窓は設けられている。


 猛獣を見るために。鍛えられた者たちが暴れる姿を見るために。


 そしてそんな男を手に入れようと待ち構える令嬢たち騎士たちに紛れ込んで見学しに来る。多くの人が待っているのだ……門が空くことを。


「……この中にヒナトちゃんが? 本当に強い強いと聞いたけど」


「魔法も使うから、ここまで強固になるんです。爆発しますから」


「魔法使い本当に嫌い。偉そうだからね」


「人によるとしか……」


「まぁいいわ。衛兵さーん!!」


「母上、先生です」


「先生さーん!!」


 クローディアがトテトテと媚びを売るような甘い声で先生に話をする。エルヴィスはその姿に目を細めて恥ずかしさを我慢。先生と言われた騎士は首を傾げる。


「……どうしましたか? どちら様でしょうか?」


「ヒナトの母親です。息子の訓練を見学しに来ました。よろしいでしょうか?」


「ああ、ヴェニス家の令嬢様ですね!! 出資ありがとうございます」


「そんなに出資してませんわ」


「いえ、していただけるだけでありがたいのです。では、訓練もひとどおり終わったので……あちらの方々と一緒に入りください」


 指差す先には令嬢や騎士が待ち構えていた。おめかしをした令嬢たち。綺麗な明るい色の服を着た彼女たちは美しく。エルヴィスはなるほどと思うのだ。


 婚約者探し、騎士団へのスカウト。いろいろな思惑が交差しているのだ。


(ヴェニス家はそこまで大きい家でもない。1世代の成り上がり。あまりヒナトはモテないかもしれないな)


「まるで、獣ね。いい雄を求める獣。ヒナトもこんなの選びたくはないのでしょうね」


「選ぶ選ばないは個人の自由です。母上も父親を愛しているから政略で勝ったのでしょう」


「もちろん、あの人は私の物よ……変わらないわね。今の子も」


 クローディアはそう呟き、今か今かと待ちわびる令嬢と一緒に並ぶ。そして……そんな令嬢に混じったエルヴィスは興味を持って待った。すると、騎士達が鉄扉を開き。中へと入れる道が出来る。大きな大きな決闘場に令嬢たちがゾロゾロと中へと入った行った。


「行きましょうか母上」


「……私は帰るわ」


「はい!?」


「あんな人だかり嫌よ。ヒナトと何か食べてらっしゃい。はい、おこづかい。お持ち帰りのタルトはいただいてくわ」


 小さな財布を受け取ったエルヴィスは去っていく母上の背中を見つつ……ため息を吐き。仕方ないとゆっくりと訓練所へ行く。すると多くの令嬢が王子様にまとわりついているのが見えた。人気度に差はあれど集まって行く。3年、2年、1年と人気度が違うようだ。


「ヒナト何処?」


 人混みを眺めながら……ふとエルヴィスは思い付くのだった。






 訓練所の中、特殊な訓練が終わる。満身創痍な生徒達の自由時間。放課後が始まり、ここからまた大変な作業が待っているとヒナトはため息を吐く。


 椅子に座りながらボソッと彼は愚痴る。


「ヴェニス家は大きくもないのですけどね。媚びを売っても……いいことはないでしょう」


「ヒナト、お前の家以下なんてもっとあるぜ。おれは楽しいけどな!!」


「ハルト、僕の分も引き受けて欲しい……あと、僕は魔法使い……訓練は本当に厳しいです」


「セシル、よく頑張ったよ。私もセシルの魔法は王国一だと思っているよ……」


「嘘の誉め言葉は聞き飽きました。ヒナト」


「嘘は違う。私は未来の話をしています。私を嘘つきにしたいのなら……努力しませんからね」


「……ハルト。こいつ嫌いだ」


「セシル、顔を赤くして顔を背けない背けない。令嬢たちにそんな姿を見せてもいいのかい?」


「ははは!! ヒナトやめとけやめとけ!!」


「……そう、浮わついた言葉をすらすらと。ヒナト、君は恥ずかしくないのか?」


「令嬢たちも必死に取り繕うのだから大丈夫。顔に出さなければ大丈夫なんだよ」


「敵わないな、僕にはね。ヒナト、変わりに令嬢たちを引き受けて欲しい」


「セシル、自分で切り抜けな……さぁ門が空くよ」


「おっ、かわいこちゃん来るかなぁ!!」


 重々しい鉄の扉が開き、ワッと令嬢たちが顔を出す。婚約者が複数いる者もいない者も会いに来て媚びを売りに。


「さぁ、先輩方に集まっているな。俺達にも数人来るだろう。セシル、ヒナト……綺麗な人ばかりじゃないか」


「ええ、綺麗な人ばかりですね」


「確かに綺麗ですね。華やかで……魔術師のローブよりかは」


「綺麗なローブを買えばいい」


「残念、使い捨てになりますのでね」


 3人は立ち上がり。数人の令嬢に声をかけられ紳士として対応をする。だが、ふとヒナトだけは目線を門の所へと向ける。それにつられセシルとハルトも門の方へと目線を向けた。黒い帽子で深く顔は見れない。


 3人は開け放たれた門から、変わった令嬢が現れるのを見る。誰もが訓練所の中で会いに行くのに違う目的で訓練所の真ん中へ向かう令嬢。黒い衣装に桜色の髪が特徴な令嬢はそのまま訓練所の真ん中で静かに周りを見ながら楽しそうに眺めていた。


 騒ぎの外で大人しく。遠くから様子を伺うようにエルヴィスは待つ。


 きらびやかな衣装の中で黒く大人しい衣装の女性にヒナトは驚き。そして……他の令嬢に謝って立ち退く。


「あれは?」


「おい!! ヒナト!! ごめんな、ちょっと俺も……後でな帰ってくる」


「すいません、親友二人についていきます……」


 ヒナトについていき、3人はエルヴィスの元へと行く。エルヴィスは静かにその光景を不思議がって見たまま首を傾げる。


「ん、令嬢はよろしいので? ヒナト」


「えっと、あに……いいえ姉上。どうしてこちらへ? あと……綺麗なドレスですね」


「ヒナト、ドレスではない。ただの外行きの服……来た理由は母上が今さっきいたが俺を置いて帰ってしまった。さんざんもてあそんでな。ふぅ、ご友人も来てる」


「あ、ああ。セシル、ハルト。君達も来たのか……」


「おうおう、ヒナト焦ってなんだよ。まぁいいや。初めまして綺麗なお嬢さん。ハルト・グリーンライトです」


「……セシル・グングニルです。こんにちわ」


「ん? ん? 俺を知らない? エルヴィス・ヴェニスです。こんにちわ。この前は情けない姿。すいませんでした」


「「!?」」


 セシルとハルトは互いに顔を見合い、しっかりと顔を見た後に再度驚く。


 こんな穏やかな表情と紅が非常に紅く小さな口が色気の女性があの鬼のような状態で入ってきた人と思えなかったのだ。その時は二人はヒナトから避けており覚えがなかった。


「ああ、やはり忘れてるだけか。髪を見てなかったのかな? 一度はお会いしているですけど……ヒナトを怒りぶん殴った時でしたね」


「ああ、すいません。こんなに綺麗な人でしたら覚えているもんなんですけど……すいません。もう一度お名前を……心に覚えるためにさ!!」


 スッとヒナトの前にハルトが割り込む。ヒナトはその肩を強く掴み引き剥がそうとするが力は拮抗するがヒナトが尻をツネリ、ハルトが睨み付ける。


「いいじゃないか、紹介しても。お前は兄上にゾッコンだろ」


「目の前のが兄上です。この前、目線を反らしていたでしょう」


「お、おう。そうかこれが噂の……」


「えっと、お兄様ですか?」


「ヒナトの兄です。いつもいつもお世話になっております。この前は何も言わず。すいませんでした」


 セシルにお辞儀をするエルヴィスにセシルは少し鼻を掻きながらボソッと呟き。エルヴィスの眉が歪む。


「お薬、効いたのですね」


「……ヒナト。こいつが?」


「兄上落ち着いてください。教えてくれただけです。後は色々です。親友ですから許してください」


「……ヒナトが言うなら仕方ない。ヒナトの親友ならな……はぁ」


 エルヴィスの睨みにセシルが萎縮しながらも、許された事に少し嬉しい気持ちになる。


「でっ、兄上は何故。こんな中心の場所で?」


「……そうだな。令嬢に人気なのだから邪魔するのも悪いだろう。だから、感傷に浸ってたんだ。もしも俺が男のままならここでヒナトと一緒に訓練出来たのかなって見てたんだ。もう、そんな事も出来ないから眺めるだけで満足しようと」


「……兄上」


「母上は俺に母上の仕事を継がそうとしている。戻る事も許されないだろう。まぁ、安心するといい。仕送りはしっかりとするし……お前は夢の騎士団を目指せばいい。あといいのかい? 向こうで令嬢を待たせている。そろそろ視線が痛い」


 エルヴィスは指を差し、ヒナトは首を振る。


「セシル、ハルト。私は兄上と帰ります。あとは任せました。帰りますよ兄上」


「わかった。そろそろ潮時か、行くぞセシル」


「僕は嫌だが……まぁ、エルヴィスさんに悪い事をした手前。断れませんね」


「ん、いいのか?」


「セシルとハルトが目的の令嬢たちです」


「ヴェニス家は人気ないな~」


 ヒナトはハルトから離し、そのままエルヴィスの手を掴みその場を去る。あまりに力強く引っ張るヒナト。


「ヒナト? どうした?」


「少し焦ったのです。いえ、予想通りだったんですが……生で見ると違うんです」


「なんの話だ?」


「……昔から兄上は綺麗だったんです」


「カッコいいの間違いだろ?」


「ええ、カッコいいですよ兄上」


 ヒナトは視線を集めるエルヴィスに危機感を持つのだった。自分だけのお兄さんであるという独占欲を押し込めながら。

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