第15話 ネトゲではよくあること





 黒崎加恋視点



 休日の昼過ぎ。

 私は自分の部屋で頭を悩ませる。

 中々名案が出てこない私は椅子に座ってゲーム起動画面のところでマウスカーソルを止めていた。

 まずはカナデさんとボイスチャットをする方向に持って行かなくては。

 多少緊張で上手く話せないかもしれないけど2度目なので、他のメンバーがやるよりはまだマシなはずだ。

 だけど問題はそこからだった。


「一番多いワードは……これかな?」


 性器関連の単語が一番多い。

 2番目に多いのが言葉責めに関連するワードだろう。

 できるだけ多くのサンプル収集が望まれる。

 だけど一番難易度が高いのもそれらの言葉だ。

 性器関連は言わずもがな、カナデさんが誰かの悪口を言うところが想像できない。


「なら、多少優先度が低くても言ってもらいやすい言葉を先にクリアするか……んー」

 

 しかし、それでも難易度が高いことには違いない。

 目的よりも先に手段を考えるべきなのかもしれない。

 例えばで考えてみよう。


【この変態がッ!】


 これは一番文字数が少ない。

 だからと言って簡単というわけでもないけど……

 この変態というワードを口に出す状況……例えば、えーと、例えば……

 あれ? 日常ではまず使わなくない?


 ぴろりん! 


 【ゲーマー美少年捜索隊】の一人からLEINが送られてくる。

 優良からだった。


『カナデログインしてきたよ~』


『了解、今行く』


 朝から昼まで考えても結局名案は浮かばなかった。

 それならいっそ流れに身を任せるのもいいかもしれない。

 名案ではないけどまったくの無策って訳でもないしね。


「ふう……」


 ちょっと怖いけど……深く息を吸い込む。

 そのまま【DOF】の世界へと降り立った。

 前回のログアウト場所に自身の半身とも言える【クロロン】が光の粒子のようなエフェクトと共に出現した。

 フレンドから飛んでくる挨拶を軽くやり終えた私は次にギルメンの皆にチャットを送った。


『こんにちは~』


『こんちゃ!』


 うん、挨拶はいつも通り無難にこなせた。

 【ゲーマー美少年捜索隊】の面々も大勢いる。

 いざというときは彼女たちからもフォローしてもらえることになっている。

 私はさっそくカナデさんに話しかけた。


『カナデさん、久しぶりにボイチャしませんか?』


『いいですよ~丁度マイクも専用のやつを買ったんですよね』


 意外なほどあっさりと事が運んだ。

 しかも専用のマイクを買ってくれているらしい。

 自惚れかもしれないけどまた私とボイチャするためにとかだったら……あ、やばいやばい、顔がにやける。

 ゲームを起動したままスケイプを開いた。


 てれれれれん♪


 カナデさんからのコール音。

 1コール、2コールで、何とか気持ちを落ち着ける。

 3コール目が鳴り終わろうとしたところで通話許可をクリックした。


「こんにちは」


『どもども、お久しぶりです……ってわけでもないですけどやっぱりボイチャやると不思議な感じですね』


「ですね~」


 よ、よし!

 自分でも意外なほど落ち着けている。

 やはり一度目と違い心の準備ができていることが大きいのだろう。

 あの時は色々と不意打ち過ぎた。

 聞こえてくるのはやはり男性の声。

 柔らかく優しいトーンのイケメンボイス。

 多少余裕がある今なら分かるけど同い年くらいに聞こえた。

 パソコンにダウンロードしておいたボイスレコーダーのソフトを起動。

 声の録音を開始した。


「と、ところでカナデさん……!」


『はい、なんでしょう?』


 ちょっと言葉に詰まりながらも口を開く。

 ここからが肝心だ。

 私は一息に言葉を伝えた。


「実はイヤホンの調子が悪いんですよね……もしかしたら何度か聞き返すことがあるかもしれません」


 これなら自然な流れで同じ言葉を言わせることができるはずだ。

 我ながらナイスな作戦だと思う。


『そうなんですか? それならボイチャはまたにしたほうがいいですかね?』


「っ!?」


 予想外の言葉。

 私は内心焦りながらなんとか話題の方向性を修正していく。

 

「あ、いっ、いえ、聞こえにくいと言っても少しだけなので大丈夫だと思いますよ!」


『了解です。何かあれば遠慮なく言ってください』


 ふう、優しいカナデさんを騙すのは心苦しいがこれも全ては今後のため。

 カナデさんを理解するために必要なことなのだ。

 心の中で言い訳をしながら軽く雑談を交える。

 【DOF】の方では軽くフィールドを移動してレベリングをしながらだ。

 元々スケイプはチャットをしながらのプレイを短縮するためだったし。

 夢見の鍵を使って【夢の境界】と呼ばれるマップへと転移した。


『お、夢イルカの巣は空いてますね。昔と比べて効率は落ちましたけど案外ここ穴場なんですかね?』


「人気の狩場だと中々戦えませんもんね……それならいっそ経験値低くてもこっちの方が効率はいいのかも?」


 このマップはアイテムを消費しないと行くことができない代わりに経験値が美味しいモンスターが多い。

 と言ってもそれは少し前までの話で今では新マップの高経験値モンスターに取って代わられた感じだけど。

 最新とは言えない一昔前のマップなので慣れないボイチャをしながらのプレイには丁度いい難易度のフィールドだった。

 効率そこそこの弱いモンスターを狩りながらカナデさんとスケイプでの会話を試みる。


「りんりんはまだインしてないみたいですね」


『そうですね、りんりんさんとはここ最近は良く遊んでたのでちょっと寂しいですね』


「そういえばラブはいますか?」


『ん? ラブさんですか? えーと、今はインしてないみたいですね』


 私はまずキャラ名を口に出してもらう作戦に出た。

 多少ぎこちないところはあるかもしれないけど、そこまで違和感もないはずだ。

 そうして雑談することしばらく。

 ようやく【ゲーマー美少年捜索隊】のメンバー全員分の名前をカナデさんの口から聞くことに成功する。

 一旦机の上に置いてあったペットボトルに口を付ける。

 落ち着け……ここからだ。

 まずは最初の台詞。



【この変態がッ!】



 これである。

 なんて強烈な言葉だ。

 これをカナデさんの口から言わせるのかと思うと興奮……いや、違う違う。

 緊張で精神状態がおかしくなってきた。


「あ、あー……カナデさん?」

 

 一旦モンスターを一掃する。

 沸くまでのタイミングに予め考えておいた話題を口にした。

 

「実は近所で不審者が出たらしいんですよね」


 スケイプの向こうで不思議そうにするカナデさんの息遣いが聞こえてくる。

 ちょっといきなりすぎただろうか……いや、もう言ってしまったのならこのまま行くしかない。


『そうなんですか? 怖いですね……クロロンさんも気を付けてくださいね?』


「ぐっ」


『ぐ?』


 心配してもらえたことに胸が高鳴った。

 どうしよう、凄く嬉しい。

 何だろうこの気持ちは。

 萌えとか恋とかその類の感情だと思う。

 それと同時に嘘をついていることへの強烈な罪悪感。


「カナデさんは不審者についてどう思います?」


『不審者ですか? んーそうですねぇ、やっぱり怖いですよね。何するか分からない人って感じがしますし』


「そ、そうですよね~しかも露出魔らしいんですよ。それについてはどう思います?」


『? あまり遅くまで出歩かないことが大事だと思いますよ。特にクロロンさん女の子なので気を付けないと』

 

 私が女であることと、気を付けないといけないことがいまいち結びつかなかったけど心配されてることはよく分かった。

 カナデさんこそ男性なので気を付けてくださいね、と言ったところでこの話題は終了。

 駄目だ。

 これ以上は引っ張れない。

 変態という一言はひとまず諦めないと。

 

『そういえば昨日部屋の大掃除したんですよね。やっぱり部屋が綺麗になると気持ち良いですね』


「そうなんですか……カナデさんは綺麗好きなんですね~」


『クロロンさんは掃除とかどうしてます?』


 私は次の台詞サンプルのメモを手に取った。



【けひひっ、このムチで抵抗する気力がなくなるまで嬲ってやるよ。精々いい声で鳴いてくれよぉ?】



 けひひって笑う人見たことないよ……

 というか台詞が大分マニアックなんだけど。

まさかのSM関連。

 裏面の名前を見る。

 そこには椚木優良の名前が書かれていた。

 友人の性癖に内心ショックを受けながらも何とか任務を遂行するために引き攣った口を開いた。


「そ、掃除ですか~そんなことよりムチの話しませんか?」


『ムチ……?』


「いや……なんというかですね……そ、粗大ゴミってことですよ! 捨てるの大変じゃないですか?」


『ああ、なるほど。確かに大きいゴミってそれだけで面倒ですよね』


 だ、駄目だ。この台詞は無理だ。

 慌てて方向転換。

 友達がSM好きとかショックが大き過ぎて何も言えない。

 そもそも日常でムチの話題なんてどう処理すればいいのか。

 すぐに思考を切り替える。


『粗大ゴミもですけど掃除で大変なのは他のゴミ捨てもですよね。僕つい忘れちゃうんで来週の可燃の日に捨てないとな~って思ってて』


 次の台詞だ。



【君の顔も声も体も、その全てが愛おしいよ】



 裏面を見る。

 不良っぽいボーイッシュ少女の早乙女晶だった。

 意外にもまともすぎる台詞に私は感動した。

 何気にああ見えて純情系なのだろうか?


「えーと、全てが愛おしくなることってありませんか?」


『……? いや、ないですかね? やっぱりごみは捨てないと』


「いや、顔とか声とか体とか」


『? 誰のです?』


 つ、次の台詞!



【薫、君のその全てが欲しいんだ。ほら、薫の大事なところに僕の指が触れようとしているよ? 鳴いてごらん? その可愛い声を僕に聞かせておくれよ。ああ、僕の最愛の人。僕は君に出会うために生まれてきたんだね。一緒になろう? 薫のここももう我慢できないみたいだよ? 僕ももう我慢ができないんだ。薫を見ているだけで僕の欲望ははち切れそうなんだ。さあ、僕のこの醜い情欲を受け入れてくれる唯一の(以下略】



「長いわ!!」


『な、なにがですか?』


「いやっ、あー、えっと、ですね……す、すみません! イヤホンの調子が悪いのでちょっとだけ待っててください!」


 一旦スケイプの通話を中断した。

 【DOF】の方でも安全地帯にキャラクターを動かしてレベリングを中止。

 カナデさんには少しだけ待ってもらいその間にLEINアプリを起動すると【ゲーマー美少年捜索隊】の皆に助言を求めた。


『私なに言ってるの!? 情緒不安定!?』


 自分で自分にツッコミを入れる。

 すぐに既読がついて返信がやってきた。


『お、おう? どうした?』


『加恋が壊れた(;゚Д゚)』


 心配をしてくれるメンバーたちへの返事を後回しにしながらこの計画の立案者の百合の名前を呼んだ。

 しかし、待てども百合からの返事はない。

 そういえば音声を編集するために色々調べると言っていたような……気付いていないのだろうか?


『百合ならさっきりんりんでインしてたけど? 確かスマホの調子が悪いから何かあればそっちでチャットしてくれって』


 む、そうなのか。

 【DOF】のフレンド一覧を見ると確かにそこには【りんりん】の名前が。

 すぐに【DOF】で【りんりん】へのチャットを打ち込んだ。


『りんりん! 変なこと言い過ぎて私おかしい人になってるんだけど!? 絶対変な奴って思われてるよこれ! エロいこと言ってもらうの無理そう!』


 …………


 ………………


 …………………………


『りんりん? 聞いてる?』


 なぜかチャットが返ってこない。

 答えない百合の【りんりん】に焦れて私が二度目のチャットを打ち込んだ時だった。


 ぴろりん!


 ぴろりん!


 ぴろりん!


 LEINがやってきた。

 今までの比じゃないくらいの通知量。

 ちょっとびっくりしながらも何だろうとLEINアプリを起動した。


『違う待って』


『個チャ違う』


『やばい』


『加恋、それギルチャ』


『ギルドチャット』


『加恋ギルチャで言ってる』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る