第13話 愛を囁かれたい
黒崎加恋視点
ある日の昼休憩。
いつもの【ゲーマー美少年捜索隊】の面々との教室での食事中のこと。
「そういえばネットゲームって主人公喋らないよね」
「言われてみればそうだね。予算とか容量の都合とかかな?」
会話に聞き耳を立てながら、パンの包装を開けた。
力を込め過ぎたせいでちょっとだけソースが手についたのでティッシュで拭う。
私はイメージの問題だと思うな。
自キャラの個性が強すぎると自己投影できないから、世界観に入り込みたいって人には不向きなんだと思う。
普通のストーリー重視のRPGと世界観が強い傾向の大人数用のMMORPGはやっぱり別物だし。
そんなことを話している時だった。
唐突に篠原百合が立ち上がる。
「閃いた」
それを聞いて心なしか何人かはちょっと呆れた様子。
またか……という心境なのだろう。
優良が野菜ジュースを飲んでいたストローから口を離し、皆を代表してそのまま聞き返した。
「何を閃いたの?」
百合はオープンな変態さんだ。
彼女がこう言う時は決まってそっち方面のろくでもない話題だったりする。
とはいえ私自身もエロエロな妄想をするムッツリなので興味はある。
「カナデさんの声でエロいことできないかな?」
百合はチャットHで味を占めたのか、それとも告白失敗で開き直ったのか、最近はそんな感じのことばっかりだ。
現実ではカナデさんと何とかあれなことをしたい、下ネタを言い合いたいと言っている。
ちょっとだけ羨ましい。
百合以外のメンバーは私も含めてまだそこまで堂々とできないから。
そういう意味ではまだぎこちなさはあってもカナデさんと素のチャットができる百合が一歩リードというところなのだろうか。
まあ【DOF】内では今ほど大胆な発言はできてないようだけど。
「ボイスチャットってこと?」
私たちも年頃の女子高生だ。
性欲旺盛で年中頭の中がピンク色という自覚はある。
だけど百合はレベルが違う。
私たちですら知らない下ネタ知識をいくつも持っている。
前にも言ったけどチャットHについて私に教えてくれたのも実は百合だったりするのだ。
「音声合成! だよ!」
どどん!
そんな効果音が付きそうなドヤ顔で百合は言い放ったけど私たちの頭にはクエスチョンだ。
「私が色んな画像を組み合わせてエロコラを作ったり、イラストソフトで成年漫画に登場する男の人の股間のもっこりを自分好みに調整してるのは知ってると思うけど」
……うん、それはちょっと知らなかったかな。
百合は一体どこへ向かおうとしているのだろうか?
だけど話の腰を折るのも藪蛇になるので、私はスルーした。
皆も同じ気持ちだったのだろう。
ひとまず百合の閃いたらしい話を聞くことに。
「画像だけじゃなくて音声とかも最近は結構簡単にできるらしくてね? そこで! カナデさんの声を録音したのを編集したり繋ぎ合わせたりして色んな台詞を言ってもらおうってわけ!」
要約するとつまりカナデさんが言った言葉を繋げて意味のある台詞として再生しようということだろうか?
例えば『好き』と『クロロンさん』の2つを繋げて『クロロンさん好き』とか。
「いくつか質問があります」
そこでそれまで黙っていた薫が手を上げた。
カナデさん信者の薫にとっては許容できないことだったのかもしれない。
「素人にそんなに都合の良い合成ができるんですか? そもそもどうやってピンポイントに狙ったワードを言って頂くんですか? 誰がやるのかも考えないといけませんし……」
違った。
むしろとても乗り気ですらあった。
真面目に質問する薫は心なしか鼻息も荒い気がした。
「勿論問題はいっぱいあるよ? だけど、どれだけ難しくてもやる価値はあると思う。想像してみてよ。カナデさんのイケボで優しく愛を囁かれるところを」
百合の言葉に私は惣菜パンを口に運んでいた手を止める。
少しだけ迷いが生まれた。
そのまま心の中で感じた疑問をぶつける。
「合成音声でそんなこと言われて皆は嬉しいの?」
「「「嬉しくないとでも?」」」
愚問だった。
迷いのないある意味純粋すぎる瞳。
ノータイムでの即答に私は何も言い返せない。
それどころか何を躊躇していたのかとハッとさせられた。
私自身も想像してみる。
『クロロンさん、愛してますよ』
……いいかもしれない。
いや、凄く良い。
この台詞をカナデさんのあのイケメンボイスで囁かれたら私は一体どうなってしまうのか。
皆もいやらしい想像をしているのか頬を赤く染めて鼻を抑えていた。
それはそうだ。
だって今までの人生で男性に愛を囁かれたことなんて一度もないのだから。
興味だってあるし、その言葉に全員が飢えているはずなのだ。
同性の身悶えるところなんて見たくないけど気持ちは十分理解できた。
カナデさんの声がどんな声なのかは私以外には知らないけど、そこは処女の妄想力で補っているのだろう。
私も以前凄く格好良い声だったって言った記憶があるからそこも妄想を捗らせているんだと思う。
「じゃあ、カナデさんとボイスチャットするってことで決定ね。台詞のサンプル収集は加恋に任せるってことでいいかな?」
「え、私?」
突然降りかかった重大任務。
疑問を口にするもみんなはそれでいいと口々に言う。
「晶はボイチャ苦手だし、薫は免疫0だし、優良は天然だし、私はアドリブ利かない変態だし」
「確かに……というか加恋だけが唯一カナデの声知ってるんだよな」
「他のメンバーだと初めて聞くカナデさんの声にテンパってまともに会話できない気がする」
うーん。
確かにそう言われると私が適任なのだろうか。
私は不安半分期待半分で頷いた。
ちょっと心配だけど、私ももう一度カナデさんとボイチャできるのは楽しみだったから。
ただ独占欲の強いカナデさん信者の薫が何も言ってこないのは意外と言えば意外だった。
「それじゃあ皆はそれぞれ言ってほしい台詞をメモして放課後までに加恋に渡すこと。LEINで伝えてもいいけど誤字脱字とか変換ミスには気を付けてね。沢山の音声パターンが欲しいから加恋は同じ単語や台詞でも出来るだけ一杯集めてほしいの」
「全員分のキャラ名もだよね?」
「勿論」
「分かった。やれるだけやってみる」
要はカナデさんとお喋りして目的の言葉を断片的にでも喋ってもらえたらいいんだよね。
ちょっと荷が重い気はするけどそれよりも期待の方が勝った。
あれ以来カナデさんとボイチャできてなかったから心残りがあったのだ。
今回はグループの皆が御膳立てしてくれる。
やらない理由はないだろう。
カナデさんと久しぶりに出来ることになるボイスチャットを想像して私は胸を高鳴らせるのだった。
◇
『これからそのピ―――にたっぷりピ――――!』
『*******!!!』
『ピ―――――! ピ―――――――――――!』
『**************!!*******!!』
『***********!! ピ――――!』
『この変態がッ!』
【ゲーマー美少年捜索隊】の全員から集めてほしいと頼まれた音声サンプル用の台詞メモ。
それらにしっかりと目を通す。
見間違いじゃないことを2度3度読んで確認。
グループ全員分のメモ用紙を自室の机に置いてゆっくり大きく息を吐くと私はそのまま頭を抱えた。
そうだった。
百合が濃すぎるから普段意識しないけど全員変態だった。
そして、理解する。
いくら緊張するからとはいえ……
男性なのに優しいという女の妄想が具現化したようなカナデさんとの楽しい会話をするチャンス。
抜け駆けできる口実が与えられる【ゲーマー美少年捜索隊】グループ全員が公認している機会。
それをなぜ私だけに譲ったのか。
私は自分に背負わされたあまりにも重い超高難度任務に絶望した。
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