第33話 ピアニスト・クライシス
いつも通りの昼休み。
意地の悪い笑みを浮かべながら、目を細めて見つめてくるのは、俺の友人ふたり。
ホストとセブンがなにも言わずに俺の机の近くに立ち、なにかを言いたそうにしている。気味が悪いし、居心地も悪い。
「なんだよ。言いたいことがあるなら、なにか言えよ」
我慢できなくなった俺が言った。
「いーや? べっつにー? 朝から特進クラスで喧嘩するなんて、さすが時雨ちゃんっておもってさ。けど、安心した。時雨ちゃんなら、黙ってはいないだろうなとは思ってたよ、オレ」
ホストが白い歯をみせて、さわやかに笑う。いちいち様になると思った。
「あの綺麗な転校生のお嬢さん、うまくいきそうでよかったぜ。あとよー、シグレ。今回みたいに、結果がどっちに転ぶかわからない賭けするなら言えよなー。人が集まるとどう転ぶのかなんて、だれも予想なんてつかないんだから。うまい転び方で納めることぐらい、俺でもできらぁ」
拗ねたようなセブンがそう言ってくる。すぐ後に「けど、よかったなー」と子供のような笑顔を浮かべる。
俺の行動は一体どんな風に吹聴されているのか、聞いてみたい。けれど、こういう話は絶対当事者には回ってこないんだよなあ。尾ひれのついた話がどこまでいくんだか。
「今朝の出来事が、なんで昼休みには、もうお前らに伝わってるんだよ」
「転校生をクラスに溶け込ませようとする努力。しかも、結果だけ見ても美談だから、そりゃあ、目立つし話題になるよね。美月ちゃん、さっきクラスで楽しそうに話してたし。友達のためになにかしてやりたいって思うのはみんなだけどさ、実際やれるやつって少ないじゃんね。しかも、イジメを受けた転校生のためにひと肌ぬぐって、それだけで恰好いいしさー。美味しいし、ちょっぴり、うらやましいよん。ひとりで男上げて抜け駆けしやがって。やーい、時雨ちゃんの男前ー」
わざとらしく大げさにホストが俺の肩を叩く。
「そうだぜ、シグレ。お嬢ちゃんのためとはいえ、勝手に突っ走りやがってよ。そりゃ話だけ聞いてるとよ、まったく悪くないのにクラスで浮いちまう転校生なんて、可哀そうすぎてどうしていいのかわかんねーよ。けど、そこでよ、イジメの主犯に謝罪させて、クラスの仲を取り持たせようとするとか主人公かよ」
空いている肩を、セブンが叩いた。
「わかった。わるかった、わるかったよ。声かけなかったの悪かったから、やめてくれ。お前らが露骨にほめてくると正直言うと気持ち悪い」
「相変わらず、素直じゃねえシグレだぜ」
そういうとセブンはビニル袋から昼飯を取り出す。チェーンの牛丼屋で、牛丼をテイクアウトし、持ってきているらしい。牛丼の容器はプラスチックの蓋がしてあるけれど、おいしそうな匂いを放っていた。
ホストはリュックから、パンとパックのジュースを取り出している。
「あれ、時雨ちゃん、今日はランチのお誘いこないの?」
バターの香りがするメロンパンをかじりながら、ホストが言った。
「たしかに。いつもこのぐらいになると、転校生のお嬢ちゃんが呼びに来るのに、しぐれー、ランチいこー。今日はフランス料理よーって」
甲高い声を出して精一杯美月の真似をしてくるセブン、ぜんぜん似てない。
「学校の食堂にフランス料理なんか、あるかよ」
「時雨ちゃんと美月ちゃん、そのうち学園にケータリングで料理頼んでパーティーしそうよね。正直、このふたりだけはなにやらかすか想像つかねーから面白いじゃん」
「それよ。面白いにおいがプンプンしてるぜ。おかげで最近、オレの日常が常に設定6で確定してる」
「どういう例えだよ、それ」
パチンコ屋の台の設定について、セブンが熱く語った。あまりの熱心さに牛丼の割りばしを落としてしまって、ショックを受けていた。
「セブン、なーにやってんのよ」
ホストがリュックから割りばしを取り出した。
すごい、あのリュック。なんでも出てきそうだ。
「サンキュー、ホスト」
上機嫌になったセブンが、牛丼をかきこんで食べる。牛丼の一番おいしい食べ方だ。
「腹減った。だめだ、やっぱ食堂いくわ」
「いってらっしゃいー」
「んぐ、んぐっ」
ジュースを飲みながら手を振るホストと、牛丼にがっつきながら頭を振るセブン。
その様子を見て空腹を我慢できなくなった俺は、食堂へ行こうとした。
このクラスに女子が入って来る。
女子のいない、この男子クラスでは、それはとても異様な光景だった。
まともな女子ならば、この男だらけの巣窟に入って来るときにはためらう。そんな空気を無視してズカズカ入ってくるのなんて、美月や雷堂ぐらいだ。
見慣れない女子生徒にクラスの男は「だれ、だれっ?」と聞こえるような声で言っている。
教室から出ようとする俺と、教室に入ってきたそいつは目が合った。
今にも消え入りそうな、儚い雰囲気をした女子。
雪姫だった。
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