第33話

「由羽はなんか乙女の顔してるし」


「あぁ、それはなんかわかるよ」


 白戸さんの言うとおり、なんだか最近の藍原さんは乙女のような感じの時が多い。

 なんか湊斗を見る目が昔の藍原さんそのものだった。


「さっさとより戻せば良いのにね」


「その為にあの作戦を実行するのよ!」


「あぁ……あの分厚い資料のやつね……」


 正直あの資料を見た時は、若干引いた。

 ここまでするか?

 なんてことも思ったのだが、そんな彼女さえも僕は可愛いと思ってしまった。

 

「でも、あの資料通りにはなかなかいかないよ」


「まぁ、確かにそれはそうよね! と言うわけで……新しい資料を用意したわ!」


「えぇ……」


 そう言うと白戸さんは、背後から分厚い資料を取り出して僕に見せてきた。

 なんでも今度の資料はもっと色々なパターンを想定しているらしい。


「さぁ! これを使って次の作戦行くわよ!」


「最初の作戦もあったかな?」


「良いから行くわよ!」


「はいはい」


 一体何をする気だろうか?

 まぁ、でも……こう言うのが楽しかったりするんだよなぁ……。

 僕はそんな事を思いながら、白戸さんの説明を聞いていた。





 俺は学校を終えて、昨日と同様に藍原の家のパン屋に来ていた。


「こんにちわ」


「あら、春山君今日もよろしくね」


「はい」


「由羽、アンタもレジ頼むわよ」


「わかったわ」


 俺は藍原のお母さんに挨拶をして、制服に着替え厨房に向かった。

 厨房には既に藍原のお父さんが居た。


「あ、今日もよろしくお願いします」


「………生地頼む」


「あ、わかりました」


 何となくだが、藍原のお父さんが何を言いたいのかも少し理解出来るようになってきた。 俺は藍原のお父さんの言うとおり、生地を作ったり材料を切ったり、作業をこなしていった。


「えっと……これはどこに置きます?」


「……そこ」


「わかりました」


「………」


「あ、あの……何か?」


 俺が作業をしている間もお父さんは俺をずっと凝視していた。

 あまりにも俺を凝視するものだから、俺はお父さんに尋ねた。


「……働く気はないか?」


「え? い、一応やる気はありますけど……」


「そうじゃない……今後もだ」


「え? 今後も」


 俺は最初、お父さんが俺にやる気があるのかと怒っているのかと思ったのだが、そうでは無かった。

 お父さんは今後も自分の店で働かないかというお誘いだった。


「時給は900円………どうだ?」


「え……あ、いや……ごめんなさい直ぐには……」


「じゃあ……考えて欲しい……」


「わかりました」


 意外だった。

 まさかそんな事を言われるなんて思っても居なかった。

 本当に俺は藍原の父親から気に入られているようだ。

 仕事が終わった後、俺は藍原にその話しをした。


「え? お父さんが?」


「あぁ、そんなに人足りて無いのか?」


「そんな事無いと思うけど……今回は急に休まれて困ってたから湊斗にお願いしたんだけど……」


「そっか……うーん……時給900円かぁ……どうせ放課後はやることないしなぁ……」


「う、うちで働くの?」


「うーん……どうしようかなって……」


「そ、そっか……まぁ、湊斗がしたいようにで良いよ……その……いろいろ有るだろうし……」


「そうだよなぁ………」


 そのいろいろがデカいんだよなぁ……。

 元カノの家でバイトって、気持ち的になんか気まずいよなぁ……。


「いっそ、より戻すか?」


「へ? えっ!?」


 俺が冗談でそう言ったら、藍原は顔を真っ赤にしながら俺の顔を見てきた。


「いや、冗談だって」


「あ、まぁ……そうだよね……」


 今度は一気にテンションが下がった。

 まぁ、急に変な事を言われたらビックリするか……。

 

「悪い、変な事言った。忘れてくれ」


「う、ううん……良いよ、大丈夫」


 なんか気まずい空気になってしまった。

 不用意に変な事を言うもんじゃないな……。 

「さて、今日はもう帰るよ」


「あぁそう……お母さんが今日も家でご飯食べて行かないかって言ってるけど……」


「あぁ、悪い。ちょっとこの後用事があるんだ」


「そ、そう……じゃあ、気を付けてね……」


「おう、じゃあな」


 俺は藍原にそう言って、店の裏口から出て行った。

 今日は清瀬さんと電話すると言う約束をしているし、今日も晩ご飯をご馳走になるのは申し訳ない。

 21時になる少し前に俺は自宅に帰ってきた。

「ただいま」


「ん、おかえり、今日は家で晩飯食べるんでしょ?」


「うん。あぁ、これお土産に貰ったパン」


「うわ、美味しそうね、明日の朝でもいただきましょう。早くご飯食べちゃいなさい」


「あぁ、わかった」


 俺は母さんにパンを渡した後、俺は自室にバックを置いて、用意してあった晩ご飯を食べ、風呂に入った。


「ふースッキリした……」


 俺が風呂から上がって自室に戻ると、清瀬さんからメッセージが何件か来ていた。


【今から電話出来る?】


【何時頃だと良いかな?】


 俺は清瀬さんからのメッセージを見て、返信をする。


【今からなら大丈夫だよ】


 そう送信した数分後、清瀬さんから電話が掛かってきた。

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