Sequel 〜アリソン・C・シュリュズベリーの受難〜

逢坂 新

E1:アリソン・C・シュリュズベリーの受難

E1-1:本の呪い - Book curse

本の呪い(1)

「冗談でしょ」と、アリソンがつぶやいたとき、彼女は冷めた紅茶の水面を睨みつけていた。できるだけ部屋の主と目を合わせたくなかったからだ。


 呼び出された部屋は薬学部棟四階の一室で、ひどく煙たく、そして散らかっていた。

 部屋の中を濃密に漂う煙は、腐ったりんごと動物のを一緒くたに混ぜたような匂いがして鼻が曲がりそうだったし、書類や専門書がぐしゃぐしゃに積み上げられた床や机は、戦列艦の砲撃を受けたあとの甲板を思わせた。

 優雅に紅茶を楽しむための場所としては、最悪の部類に入ると言っていい。


 部屋にいるだけで、アリソンは自分の身体がどんどん薄汚れていく気がした。太陽に透かしたはちみつ瓶のような金色の髪の毛や、おろしたての真っ白なブラウスが、一秒ごとに損なわれてゆく。

 けれどでも、アリソンが最も気に入らないものは、部屋の汚さだとか、雑に淹れられて香りの死んでしまった紅茶ではなかった。


 アリソンの発した言葉に、部屋の主は答えなかった。下を向いたまま喋ったせいで、独り言と受け取られてしまったのかもしれない。

 だからアリソンは、問いかけるかたちでもう一度言った。


「冗談ですよね?」


 視線は下を向いたままだ。

 向かい側に座る奇怪で邪悪な生物と、一瞬でも目を合わせたくなかった。


「僕はいつだって真面目だよ、ミス・シュリュズベリー。冗談は苦手なんだ」


 部屋の主はそう言って眼鏡を外し、柔らかな布で拭き、それからまた元通りにかけた。一連の動作の間じゅう、彼の口にくわえられた煙草からはひどい匂いの煙が立ちのぼっていた。

 煙の魔術師、魔法薬学部教務主任、。〈烟霧〉のクラーク・コーシャーソルトは、かぶりを振って付け加える。


「冗談なんて、産まれてこのかた一度も言ったことがない。だからまあ、真面目な話さ」


 発せられた言葉とともに吐き出された煙がアリソンのところまで流れてきて、彼女の顔をしかめさせる。

 ミスター・コーシャーソルトはそのことについてあまり気にしていないようだった。

 彼の面の皮は、自然界で最も分厚く強固なのだ。


 煙の魔術師は煙草を灰皿でねじり消し、ポケットから新しい煙草を取り出して、火をつけ、煙を吸い、それから、と吐く。

 宙に吐き出された紫煙が意志を持ったようにぐねぐねと動いて、何かの象形をかたち作った。

 アリソンの魔女の。夜にしか咲かないカラスウリの花。

 ぼんやりと眺めながら、ミスター・コーシャーソルトは明日の天気でも占うように言う。


「アリソン・セラエノ・シュリュズベリー。端的に言えば、きみは三日後に死ぬ」

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